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今回からしばらく番外編のような話が続きます。


 朝早くからオブリートスに帰る会長をみんなで見送る。


 だが馬車を目の前にして急に娘と離れるのが寂しくなったのか、会長が「帰りたくない」とゴネ出した。


 いい歳したオッサンが子どもみたいに地面に仰向けになって駄々をこねる姿は、それなりに長く生きて大抵のことには驚かなくなったと思っていたあーしにかなりの衝撃を与えた。


 あんなの生まれて初めて見たし、きっとこの先千年生きても見ることはないわね。


 このままティターニア家の玄関前に根を張りそうな勢いだった会長だが、フィオに「はよ帰らんとエルヴィンさんに怒られるで」と言われて渋々乗車した。


「御者さん出して! お父ちゃんの気が変わる前にはよ出して!」


 フィオに急かされ御者のおじさんが慌てて鞭を入れると、馬車は勢いよく走り出した。


「フィオ、元気にしてるんやでー!」


 走り去る馬車の窓から身を乗り出して手を振る会長であったが、肝心の娘は馬車が走り出した瞬間踵を返して屋敷へと入っていた。


 人間の親子はもう少し情に厚いと思っていたけど、どうやらこの親子は少し例外のようね。


 ともあれ、こうして会長はオブリートスに戻り、あーしたちはティターニア家に残ることになった。


 屋敷の居間に戻ると、会長のことなどきれいさっぱり忘れて日常を取り戻す。今ではすっかり自分の体に馴染んだソファに寝そべり、今日をどう過ごそうかと考える。


 ふと部屋の中央にあるテーブルを見ると、エミーがフィオとシャーロットと今後のことを話し合っていた。


 だがさしもの鬼才と謳われたあの子も、昨日の今日で新しいアイデアが湧くはずもなく、下着販売に代わる新しい商売を生み出すのは難航しそうだった。


 下着販売といえば、売り上げが下がるに比例して貴族令嬢向けの筋トレレッスンも受講者が減り、講師のあーしも開店休業状態だ。


 これまでなら時間に空きがあったら肖像画のモデルをしていたのだが、それも今は製造を止めているのでやらなくなった。


 つまり、


「……暇ね」


 今まで隙あらば仕事を詰め込まれていた生活が一変し、急に自分の時間ができたら戸惑うくらいやりたいことが何も思い浮かばなかった。


 こうなる前は、どうやって過ごしていたのだろう。思い出そうとするが、うまくできない。やだ、健忘症かしら。まだ500年も生きてないのに。


 会長を見送るために早起きしたせいでまだ眠かったので、このままお昼ご飯まで二度寝と洒落込もうかしら。


 そう思って雑に頭を乗せていたクッションを寝やすいように整えていると、エミーがこちらを見ていた。


「なによ、チビッ子」


「ごめんね、今まで忙しかったのに急に暇になって」


「別にあんたのせいじゃないわよ。それより新しい商売のアイデアはどうなの?」


 あーしが尋ねると、エミーは「う~ん……」とゴブリンの巣穴の臭いを嗅いだような顔をする。


「全然ダメ。まだ何のとっかかりも見えないって感じ」


「時間がかかりそうね」


「うん。何か決まったら声かけるから、リリアーネさんはしばらくゆっくりしてて」


「そうね。休暇だと思ってのんびりさせてもらうわ」


「有給休暇をあげられたらよかったんだけどねえ」


 ユウキュウキュウカって何だろう? この子、たまによくわからないことを言うのよね。


 ともあれ、正式に休暇ということになったので、これで堂々と寝ていられる。そう思って寝る気満々でソファで横になっていたが、いくら目を閉じて寝ようとしても全然眠れない。どうやら今の会話で眠気がどこかに飛んで行ってしまったようだ。


 眠れないのに横になっているのは苦痛だ。仕方なく縦になり、どうやって昼食まで時間を潰そうか考える。


「久しぶりに冒険者ギルドにでも行こうかしら」


 王都に来てこの屋敷に居候し始めた頃、昼間からブラブラしてると世間体が気になるので野良猫エッダと一緒によく冒険者ギルドを冷やかしたものだ。


 あそこなら同じ冒険者《無職》ばかりだから居心地も悪くないし、運が良ければ美味しい仕事にありつけるかもしれない。そうでなくても、受け付けと駄弁っていれば時間が潰せる。よし、決まり。


 そうと決まればさっさと着替えて外に出る。


 貴人街をエルフが歩いていると衛兵に通報されかねないので、外套を被って正体を隠す。


 足早に貴人街から工業区を抜けて商業区に入る。ここまで来ればあーしがエルフだろうが誰も気にしないので、外套を取って歩を緩める。


 露店で野菜を売る獣人や工業区の工房からできたばかりの鍋や包丁を卸しに来たドワーフを横目に見ながら歩くと、冒険者ギルドの看板が見えてきた。


 さすが王都の冒険者ギルド。オブリートスのと比べると建物も大きいし外観もきれいだ。おまけに中の食堂のメニューも豊富だし味も良い。まあ、その分ちょっとお高めだけど。


 大きな木の扉を開けて中に入ると、多くの冒険者で賑わっていた。仕事の貼り紙がしてある掲示板の前でめぼしいものがないか探している者。すでに仕事を受注したのか、それともろくなものがなくて今日はもう早々と店じまいしたのか、テーブル席で食事をしている者。いつ見ても飽きないわね、ここは。


 それとなく周囲を観察しながら、ギルドの中を悠々と歩く。掲示板をチェックするか、それとも食堂に新メニューが入ってないかチェックするかどちらにしようか迷っていると、何やら受け付けが賑やかになっているのに気付いた。


 長い耳をそちらに向けると、どうやら冒険者が依頼を受けようとしているのだが、受付がそれを渋っているようだ。


 見れば、受付にいるのは初心者丸出しの三人組だった。


 一人は男。鉄の兜を被り、革の鎧で身を固めている。手には樽の蓋みたいな円盾と片手持ちの剣。剣士で間違いないだろう。


 もう一人は恐らく盗賊の男。革の胸当てをして、腰にはショートソードを佩いている。肩に弓をかけてはいるが、たぶんメインではないわね。


 最後は魔法使いの女。黒いローブを着て手には木製の杖を持っているのでわかりやすい。


 三人ともまだ装備が新しく、実戦経験が乏しいのは一目瞭然だ。だが受け付けが難色を示しているのは、彼らが皆子どもだからだろう。人間の見分けは自信がないが、たぶんフィオとどっこいどっこいだと思う。


 あーしが彼らを観察していると、受付と目が合った。何度か会話して顔見知りの男性職員だった。


 彼はあーしを見ると、何か良からぬことを思いついたような顔をしてにんまりと笑った。


 厭な予感がするわね。来た早々だけど帰ろうかしら……。


次回更新は活動報告にて告知します。

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