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 クリティアナ王女とひと悶着からひと月ほど経ったある日。ここティターニア家の庭では、シャーロット主催でパーティーが開かれていた。


 空は晴天。風もなく穏やかな日差しが心地よく、絶好のガーデンパーティー日和であった。


 名目上は、王女との騒動の際に協力してくれた貴族たちに感謝を告げるとともに、和解が成立してこの件が無事収拾したことを報告するためのパーティーだ。


 なので招待客は、これまでリリアーネのレッスンを受けた貴族のご令嬢ばかりである。当然、例の五人娘の姿もあった。


 いや、ただ一人貴族でない人がいた。


 言うまでもない。


 クリティアナ王女だ。


 王族が貴族の主催するパーティーに出席するとなると何かと面倒が多そうだが、クリスティアナは『わらわは王族ではなく、いち受講者として招待されたのだ』という屁理屈以外の何物でもない理由をゴリラ並みにゴリ押ししてパーティーに出席してしまった。この間へとへとになるまで筋トレさせられたというのに、そうまでしてリリアーネにまた会いたかったのか。あなたのせいで他の貴族たちがビビってるんですけど……。


 ともあれ、シャーロットが一声かけただけで、これまでレッスンを受けた貴族たちが一堂に集まった。これもひとえに人徳というやつか。いや、それにしたって凄すぎるだろ。どんだけだよティターニア家。さすティタ!


 何より驚いたのが、この場では誰一人コルセットを着けていなかったことだ。皆これまで受けたレッスンを生かし、コルセットに頼らない体を見事に創り上げていた。あのクリスティアナ王女もだ。


 コルセットに頼らず己の筋肉だけで堂々と立つ彼女たちの姿を見て、今までわたしたちが脱コルセットを提唱してきたことが報われたような気がして、思わず目頭が熱くなった。


 招待客の歓談に紛れてこっそりはなを啜っていると、壇上の上手かみてからシャーロットが登場した。


 主催者の姿を認めると、招待客の雑談がぴたりと止む。その様子はまるでクラッシックコンサートの会場のようだ。


 よく訓練された客たちの姿に満足したシャーロットは、にこやかな笑顔とともに告げる。


「皆様、本日はようこそお越しいただきました。突然のご招待にもかかわらずご出席いただき、誠に嬉しく存じます」


 シャーロットが招待客に向けてお辞儀をする。


「皆様ご存じの通り、我がティターニア家はある問題に遭遇しました。その解決のために皆様にご協力をいただいたおかげで、この度めでたく解決いたしました。皆様にはこの場をお借りして厚く御礼申し上げるとともに、ささやかではありますが祝宴をご用意させていただきました。どうか皆様、本日は心行くまでお楽しみください」


 そう言ってもう一度お辞儀をするシャーロットに、控えめな拍手が投げかけられた。


「続きまして、当レッスンの講師リリアーネから、皆様に重要なお話があります。皆様、どうかご清聴ください」


 リリアーネの名前が出た瞬間、会場が一気に沸き上がる。おまけに重要な話があると聞いて、シャーロットの時とは比べ物にならないくらいの拍手喝采になる。


 だがシャーロットは僅かも顔色を変えず、むしろ不安そうな顔で壇上の下手しもてを見やる。


 そこからリリアーネが出て来た瞬間、招待客の興奮は最高潮に達した。


 皆手よもげろとばかりに拍手し、喉が張り裂けそうなほど黄色い歓声を送っている。その姿はまさに熱狂的なアイドルファンのもので、五人娘など失神するのではないかと心配になるほどだ。


 本日のリリアーネはシニヨンにヘアバンドといういつものヘアスタイルだが、服装は体にフィットしたドレスを着ていた。そのせいですでにトップだと思われていた招待客の興奮が、さらにギアを上げた。


 ちなみにそのドレスはかつてフィオがシャーロットのためにオブリートスから持って来たが、派手過ぎるのでボツになったものを手直ししたものだ。


 ロックコンサート会場も顔負けの熱狂が、リリアーネが壇上の中央に立った瞬間にぴたりと止まる。その光景はわたしに共産圏の軍隊を思い起こさせた。


 会場の誰もが、これから彼女が何を言うのか息をするのも忘れて見守る。わたしも思わず息を止める。


「今日は、みんなに謝らなければならないことがあります」


 重大発表が謝罪表明に変わり、会場がざわつく。


 これまで統制が取れていたのが嘘のように、会場は騒乱に包まれた。次に何を言うのか憶測が動揺を呼び、一人の動揺が周囲に波のように伝播していく。そして波は次第に大きくなり、怒涛となって会場を埋め尽くす。


 これではリリアーネが何を言っても、喧騒にかき消されてしまう。


 言葉ではもう届かないと判断したのか、リリアーネはゆっくりとヘアバンドを取る。


 そしてシニヨンを解いて編んでいた金髪がほどけると、隠されていた長い耳が露わになった。


 その瞬間、再び会場が静寂に包まれる。


「ご覧の通りわたしは……あーしはエルフです。今までそのことを隠して、皆さんを欺いていました。ごめんなさい」


 そう言うとリリアーネは額が膝につくくらい体を折り曲げた。


「本当にごめんなさい」


 しん、と音がしそうなほど、会場は静寂に包まれる。皆リリアーネがエルフだったことがショックで、言葉を失っているようだ。


 痛いほどの沈黙の中、リリアーネは痛々しいほど頭を下げ続けている。今は皆が混乱しているので誰も何も言わないが、やがて冷静さを取り戻した時果たして彼女たちはいったいどんな態度でどのような言葉を投げかけるのだろう。


 このまま刻が止まってしまえば誰も傷つかないのに。


 わたしがそんなくだらない現実逃避をしていると、


「リリアーネ様、どうかお顔を上げてください」


 いつの間にかリリアーネの前に立っていたのは、五人娘のリーダーことアリシアだった。


「リリアーネ様はリリアーネ様です。エルフであろうと何であろうと関係ありません」


 リリアーネはその声にゆっくりと顔を上げる。やがて正面に立つアリシアと目が合うと、彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「……許してくれるの?」


「もちろんです。皆さんもそれでよろしいですね!?」


 そう言ってアリシアが勢いよく振り返ると、他の招待客はその迫力に圧されたのか黙って頷いた。


 後に聞いた話では、アリシアの家はティターニア家よりも爵位が上で、シャーロットが王族に借金返済を請求するように要望した時に真っ先に動き、他の貴族たちにも賛同するように働きかけた影の功労者である。


 だが如何にアリシアが爵位の高い貴族と言えど、周囲もまた貴族である。いきなり場を仕切るように現れたアリシアに、『何よコイツ、いきなり出て来て勝手なこと言ってんじゃねーよ』みたいな顔をする者は少なくはなかった。


 しかしそこでダメ押しの一手が打たれる。


「わらわも許すぞ!」


 クリスティアナ王女が勢いよく扇子を広げてそう宣言すると、アリシアを疎ましく思っていた連中は何も言えなくなってしまった。


「ではせっかくのパーティーです。この話はここでおしまいにしましょう」


 アリシアが両手をぱちんと合わせると、ぱらぱらと拍手がした。


「ありがとう、みんな」


「リリアーネ様、これからはありのままの姿でいてくださいね」


 そう言うとアリシアは顔を近づけ、リリアーネにだけ聞こえるような小声になる。


「それで、今後は髪をほどいたお姿の肖像画もお願いできないでしょうか……」


 そういえば、今までは衣装やポーズは変えても耳を隠すために髪型はずっと固定だった。その必要がなくなったのだから、今後はそれもアリかな。前向きに検討しましょう。


 リリアーネはただ、目尻に涙を浮かべて笑っていた。


次回更新は活動報告にて告知します。

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