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 無事クリティアナ王女のわからせ……じゃない、和解が成立した。


 王女は大変お疲れになった様子ではあったが、晴れ晴れとした表情でお城へとお帰りになった。


 丁重に馬車を見送り、ティターニア家の屋敷に戻ると、レッスンの間別室に隠れていたみんながぞろぞろと集まって来た。


「どうやら丸く収まったみたいやな」


 会長がそう宣言すると、最大の難局を乗り越えた実感がようやく湧いてきたのか、皆一斉に安堵する。


「お陰様で互いに遺恨を残すことなく、事態を丸く収めることができました。皆様のお陰です、本当にありがとうございました」


 シャーロットがわたしたちに深々と頭を下げる。彼女は当たり前のようにしているが、本来なら貴族が平民、ましてや亜人に向けてやることではない。


 わたしたちはティターニア家で厄介になっている間にすっかり慣れてしまったが、この屋敷から一歩外に出れば、絶対にありえないことなのだ。


 こういったことは、この世界に産まれ育って知っているつもりだったが、結局のところわたしは根っからの日本人で、実はちっとも理解していなかったようだ。


 その結果が、巡り巡って今回の事態を引き起こしたと言っても過言ではないのかもしれない。


「頭を上げてください。お礼を言うのはワイらの方ですわ」


 シャーロットをインフルエンサーに据えてから、コンスタンチン商会の貴族向け下着販売事業は右肩上がりである。王都の商業ギルドに加入していない商会が、王都でこれだけの利益を叩き出すのは実質不可能なので、足がかりとなったシャーロットの貢献はとてつもなく大きい。


 このまま好調が続けば、傾いたティターニア家の再興もそう遠い日ではなくなるだろう。


 そこに来て今回の王女襲来は、ティターニア家にとってもコンスタンチン商会にとっても脅威であった。下手をするとお家取り潰しや業務停止の可能性もあったのだから。


 ともあれ、問題が無事解決し、再び何もない日常が続くであろうと誰もが思っていたことだろう。


 だが予想に反し、嵐が過ぎ去り凪になった水面に一石を投じる人物がいた。


「あのさあ……」


 浮足立つわたしたちと違い、一人暗い面持ちのリリアーネが控え目に発言すると、周囲の視線が一斉に彼女に集まった。


 忘れてはいけないが、彼女もまたシャーロットに継ぐ最大の貢献者なのだ。それがどうしてまた表情が晴れないのだろうか。


 皆が心配そうな顔で見守る中、リリアーネは意を決したように言う。


「あーし、もうやめたいんだけど」


 その一言で、お祝いムードだった室内に電流が走り、皆が同時に息を呑む音が空気を震わせる。


 誰もが話の続きを聞きたがったが、下手に突くととんでもない答えが返って来そうで二の足を踏む。


「やめたいって、何をや?」


 だがそこは人生経験豊富な会長。わたしたちを代表して訊き返してくれた。


「自分がエルフだってことを隠してレッスンすることよ」


「どうしたんや急に」


「急にじゃないわよ。ずっと前から考えてはいたの。けど、あーしのわがままでせっかく軌道に乗った事業がおじゃんになるのは忍びないじゃない」


 そう言うとリリアーネはちらりとシャーロットの方を見る。どうやら忍びないのはコンスタンチン商会にではなく、ティターニア家に対してのようだ。特に長女。


 まあ、元々リリアーネはシャーロットのために貴族令嬢向けの筋トレレッスンの講師などのアイドル活動を始めたのだから、自分が辞めることによって彼女に迷惑がかかることは避けたいだろう。


 だがそれでも皆の前でやめたいと表明するということは、彼女なりに思う所があるのかもしれない。


「せやけど、せっかくここまで受講者を増やしたんや。やめたらもったいないで」


 この〝もったいない〟がこの先期待できる利益のことなのか。それともここまで苦労した仕事量的なものなのか。会長のことだから、恐らく前者だ。


「やめたいわけじゃないの。ただ、みんなを騙しているのが気が引けるの」


 リリアーネは、自身の予想に反して受講者たちに大人気だ。だがそれは彼女がエルフであることを隠しているからだという可能性は否定できない。


「だから、みんなに本当のことを打ち明けたいんだけど、駄目かしら?」


「それは……難しいな」


 リリアーネの提案に、会長は躊躇いを見せる。


「この商売はシャーロットさんだけやったら成立してなかったやろう。だから立役者であるお前の希望は叶えてやりたい」


「だったら――」


 リリアーネの言葉を、会長が「せやけど」と遮る。


「お前がエルフやと知った途端、掌を返して石を投げて来るかもしれんのやぞ。それでもええんか?」


 これまで慕ってくれていた人たちが、ある日突然掌を返して嫌悪してくる。果たしてリリアーネはその衝撃に耐えられるのだろうか。わたしが心配なのはそれだけだった。


 自分を好きだと言ってくれていた人が、急に自分を憎んで攻撃して来る。わたしの世界では炎上という形で日常的に起こっていたことだ。これまで他人事で大変だなあと思っていたことが、自分のすぐ目の前にいる友人に起こったらと思うと、背筋が震えるほど恐ろしくなるし悲しくなる。


 だから本当なら、わたしは反対したかった。


 けれど彼女が望むのなら、叶えてあげたい。


 それが、彼女をこの事態に巻き込んだわたしができる、精一杯の罪滅ぼしなのだから。


「会長、わたしからもお願いします」


「エミー……」


 リリアーネと会長の言葉が重なる。


 会長がわたしの真意を探ろうと、目を真っすぐに見て来る。わたしも会長の視線を真正面から受け止めると、まるで見つめ合っているような状態になった。


 僅かな時間お見合いが続くと、会長はわたしから視線を外し大きな溜息をつく。


「好きにしたらええ。元はと言えば、全部お前がやり出したことやからな」


「ありがとうございます!」


 深々と頭を下げるわたしに、会長は手をひらひらと降る。その仕草が軽薄さよりも哀愁を感じさせるのは、経営者としては絶対に止めるべきなのだが、今回ばかりは感情を優先したせいだろう。わたしはいつも、会長の善意に助けられている。


 ともあれ、責任者の言質は取った。後はリリアーネの希望をどういう形で叶えるかが問題だ。


「チビッ子、ありがとね」


「ううん、いいいの。それよりも、リリアーネさんはどうしたい?」


 わたしの問いに、リリアーネは前もって考えていたのか即答する。


「あーしは、今までレッスンを受けてくれたみんなに謝りたいの」


次回更新は活動報告にて告知します。

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