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 ティターニア家で使われていなかった広間は、わたしのアイデアで貴族令嬢のためのエアロビクススタジオになった。


 そこでは講師に扮したリリアーネがレッスンを行い、長年のコルセット着用で筋肉が衰えた彼女たちに筋トレを指導していた。


 この屋敷を建てた大工も、この屋敷の持ち主も、まさかこの広間がこんな風に使われるとは夢にも思っていなかっただろう。


 そして今、カント王国第一王女クリスティアナ=ヴァン=カントも、まさかこんなことになると想像もしていなかっただろう。


 彼女はティターニア家の侍女によって高価なドレスから運動着に着替えさせられ、髪も盛り髪からポニーテールに整えられている。


 恐らくこんな髪も服も生まれて初めての経験だろう。全身EX装備から布の服にグレードダウンさせられ、心細いことこの上ないに違いない。


 だが最も頼りなく思うのは、今まで着けていたコルセットを没収されたことだろう。


 亀が甲羅を奪われたら、こんな風になるのかもしれない。そう思えるくらい、これまでの貴族令嬢たちは不安そうにしていた。


 それは貴族だろうと王族だろうと変わりはないようで、クリティアナもこれまで体を支えてくれていたものを失った覚束なさを、両腕で体を抱いて必死に紛らわしていた。


 彼女の表情はドレスを失った不安と、コルセットを外した不安と、これから何をやらされるのかという不安の三乗で、見てるだけで可哀想に思えるくらいだった。


 なんかもうこれが罰ゲームだとしても、やり過ぎなんじゃないだろうか。わたしの世界のお笑い番組でもコンプライアンス違反になりそうな少女の痛々しい姿に、わたしのさして大きくない良心がちくりと痛む。


 とはいえ、何もクリティアナをこれからいじめようというわけではない。事がここに至るには、少しばかり時を巻き戻す必要がある。





 わたしたちが息を潜めている部屋の扉が、唐突に開かれた。


 薄暗い室内にいきなり光が差し込み、わたしたちは石の下にいたダンゴムシみたいに縮こまる。


「皆様、お話があります」


 必死に家具の陰やベッドの下に潜り込もうとするわたしたちにそう声をかけたのは、王女とサシで話をしているはずのシャーロットであった。


「シャーロットさん、どうしてここに?」


 疑問を投げかけるわたしの周りにみんなが集まる。


「それに王女はどないしたんですか? まさか一人にして放っておいてるんじゃ……」


「それは大丈夫です。王女は今、侍女に屋敷を案内させております」


 一瞬何やってるんだと考えてしまったが、どうやらトイレに行っているその隙にこっちに来たようだ。


「それで、話というのは?」


 わたしの問いに、シャーロットは一瞬だけ迷うような素振りを見せる。


「……クリティアナ王女をリリアーネさんに会わせてあげられないでしょうか」


「なんやて!?」


 会長とフィオの声が重なる。わたしもその疑問には同意だ。


「どうして権力振りかざしてきたカスの希望を叶えてやらなきゃならねえんだよ」


「それは……少し言い過ぎではないでしょうか」


 意外なことに、当初はあれほど憤慨していたシャーロットが王女の擁護をする。


「確かに王女は横暴でした。ですが、わたくしたちもそれに対抗した結果、彼女はわたくしに謝罪をしに来なければならなくなったのでしょう。恐らく父親である王から厳命を受けて」


「せやからワイらの勝ちでしょう」


 意気揚々と会長が言うと、シャーロットは悲しそうな顔をして首を横に振る。


「それでは駄目なのです」


「どげなことやろうか?」


「力を振りかざしてきた相手に別の力でやり返しても、何の解決にもなりません。むしろ次はもっと大きな力でやり返されて、そしてこちらもさらに……とキリがなくなります」


 シャーロットの言うことはとてもわかりやすく、皆返す言葉が見つからず沈黙する。


「今日王女から謝罪を受けても、きっと遺恨が残ります。それはいずれティターニア家、いえ、もしかしたらカント王国に災厄をもたらすことになるかもしれません」


「それはちょっと……大袈裟やないですか?」


「かもしれません。けれど、そうならないという保証はどこにもありません。だからわたくしは、互いに遺恨の残らない着地点を用意したいのです」


 そのためにはどうしたら良いのでしょうと、シャーロットはわたしたちを見回して問う。


 シャーロットが心変わりをした理由はよくわかった。わたしもざまあ展開は嫌いではないが、遺恨を残すやり方は看過できない。


 だが遺恨を残さない着地点となると、すぐには思いつかないのか皆黙って考え込んでいる。


「リリアーネさんはどうしたいんですか?」


 こういうことはまず本人に確認を取るべきだろう。


「あーしは……」


 リリアーネは迷いと嫌悪の混じった複雑な表情になる。


「あーしは厭よ。だってそいつのせいでシャーロットが困ったことになったんでしょ? 許せないわ」


 はっきりとした否定の言葉に、室内の空気が一気に重たくなる。


 本人に拒絶され、シャーロットは困った顔で、かつて一度は名案を出してくれた会長を見る。


 だが〝本人がアカンのならどうしようもないな〟と腕を組んだまま微動だにしない会長を見て、今回はあてにならないと判断したのか次にわたしを見る。


 前回は会長にまんまと美味しいところを持って行かれたが、今回はわたしの番だ。


「あの……」


 控え目に手を挙げるわたしに、シャーロットのみならず他のみんなの視線が一斉に集まる。


「でしたらこういう方法はどうでしょう」


 わたしが計画を話すと、どんよりと重くなっていた空気が徐々に和らいで、むしろ明るくなっていく。


「なるほど……それやったら理に適ってるな」


「リリアーネさんはどうですか?」


 リリアーネはさっきまで厭そうな顔をしていたとは思えないくらい、にやりと音がしそうな笑顔で言う。


「いいわね。それだったらやってあげてもいいわよ」


 快諾され、わたしも口の端を持ち上げて言う。


「では始めましょう。相手は王女様です、くれぐれも失礼の無いように。ですが心を鬼にして厳しくいきましょう」


次回更新は活動報告にて告知します。

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