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「お嬢様、お見えになりました」


 老執事が短くそう告げると、居間に緊張が走る。


 皆窓に駆け寄って、今しがた玄関前に乗りつけた馬車を見たくて仕方がないのを我慢し、そそくさと別の部屋へと引っ込んでいく。


 自分以外の者が退室したのを見届けると、シャーロットは唇を固く引き結ぶ。


 今日の出で立ちは、散々悩んだ末に派手過ぎないドレスと髪は編んだものを後ろでまとめただけというものになった。当然コルセットは着けていない。


「それでは参ります」


 まるで決戦に向かうかのような気迫で玄関に向かうと、すでに馬車の前には使用人たちが集まっていた。


 シャーロットが到着するのを見計らって、御者が馬車の扉を開ける。


 中から現れたのは、カント王国第一王女クリスティアナ=ヴァン=カントであった。


 派手なドレスに盛りに盛った髪と、相変わらず豪奢な装いだが、心なしか以前王城で会った時と比べると大人しくなったような気がする。


「ようこそクリスティアナ様。お待ちしておりました」


 馬車を降りたクリスティアナに向かってシャーロットが恭しくお辞儀をすると、王女はどこか緊張した面持ちで言った。


「今日はわらわがいきなり無理を言って押し掛けたのだ。もてなしは要らんぞ」


「しかし、王族たるクリティアナ様をお迎えするのです。失礼があっては我が家の恥となります」


 シャーロットがそう主張すると、クリスティアナは持っていた扇子を広げ、顔を半分隠す。


「それよりも、以前も言ったが、わらわのことはクリスと呼ぶがよい」


「それでは、失礼ながらクリス様と呼ばせていただきます」


「うむ、苦しゅうない」


 そう言ってクリティアナは満足そうにするが、どこか態度がよそよそしい。


 以前の傲慢とも言える勝気な様子が鳴りを潜めていることに、シャーロットは言いようのない違和感を覚えた。


 そこで気づく。


 もしかすると、彼女は弱っているのかもしれない。


 婚約破棄以降、シャーロットはインフルエンサーとして数々の貴族が催すパーティーに出席してきた。そこで得た経験値で、今では海千山千の貴族婦人にも引けを取らない嗅覚を手に入れていた。


 対してクリティアナは未だ箱入りの温室育ち。周囲には自分を全肯定してくれるイエスマンしかおらず、腹芸を駆使した駆け引きや権謀術数とは縁遠い生活をしている。彼女に比べたら、平民の子どもの方がよほどずる賢く悪知恵が働くだろう。


 相手が弱っているのなら、上手く攻めればこの戦勝てるかもしれない。


 動物的嗅覚でそう察したシャーロットであったが、ここで気を急いて相手に悟られてはせっかく得た優位性が無に帰してしまう。


「ではクリス様、屋敷の中へどうぞ」


 なので表情はおろか態度には1ミリも出さず、普段とまったく同じ様子でクリティアナを屋敷の中へと招き入れた。





 クリティアナと共に屋敷の応接室に入ると、ほどなくして侍女が茶を持って来た。


「クリス様が普段飲んでいるものと比べたらお口汚しも甚だしいですが、恥ずかしながら我が家ではこれが精一杯のもてなしなので、どうかご容赦を」


「もてなしは要らぬと言ったであろう。だから気にするな」


 そう言って茶を一口啜るが、一瞬動きが止まったかと思うと静かにカップを置き、それ以降一切触れなくなる。


 それでも文句一つ言わず、あまつさえぎこちなく笑顔を見せるクリティアナに、シャーロットは自分の直感が正しいことを確信した。


 間違いない。


 この人は相手に強く出られない状況にいる。


 理由は考えるまでもない。


 会長の作戦が効いているのだ。


 王族に金を貸した貴族たちが一斉に返済請求したせいで、王が仰天したのだろう。そして原因を調べたらさらに驚いたはずだ。


 何故なら貴族たちを動かしたのはシャーロットなのだが、彼女をそうさせたのがクリティアナだからである。つまり原因はクリティアナということになる。


 そして困った王が元凶であるクリティアナに事態の鎮静を命じた。


 となると、クリティアナは貴族たちの借金返済請求を止められないと困ったことになるはずだ。そうでなければ王女自ら貴族の屋敷に訪問などするはずがない。本来ならシャーロットを王城に呼びつける王族が、わざわざ相手の家まで出向いているのが何よりの証拠。


 そうでなければ、爵位の剥奪以外に彼女がのこのこティターニア家に足を運ぶ理由が見当たらない。


 勝った。


 思わず口元がほころびかけるのを、シャーロットは口の中を噛んで食い止める。


 ここで気を緩め、相手に隙を突かれて逆転負けなんてことになったら目も当てられない。勝負は相手が負けを認めるまで気を抜いてはいけない。


 そしてエミー曰く、相手が泣くまで殴り続け、二度と歯向かおうなんて気さえ起きないようにするのが大人のケンカだ。


 とはいえ、クリティアナは茶を一口啜ってから動きがない。すっかり紅茶が冷めてしまったが、淹れ直したところで口はつけまい。さりとてこちらも下手に動くと足元をすくわれるかもしれない。


 膠着状態になっている間に、シャーロットはもう一歩踏み込んで考える。


 もし仮にシャーロットがクリティアナの立場だったら、この場でどうやって話を切り出すだろう。


 王族が貴族に対して下手に出るのは、きっととてつもなく恥ずかしく、そして情けなくなることであろう。


 だがそうしないと自分の立場が危うくなるから、やらないわけにはいかない。自尊心と保身の板挟み。それが今のクリティアナだ。


 そこに思い至った時、シャーロットの肩からすっと力が抜けた。


 自分は何をやっているのだろう。


 思えば、王女といっても自分とさほど変わらぬ歳の女の子を相手に、なんと大人げないことか。


 売り言葉に買い言葉で始まった今回の件だが、もしかするともっと穏便に済ませられた未来があったかもしれない。


 いや、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。大事なのはこれからのことだ。


 なので今考えるべきことは、如何に王女を負かすことではなく、どうすればこの諍いを治め、互いに不利益のないようにするかだ。


「クリス様」


「な、なんじゃ?」


 突然呼ばれ、クリティアナは激しく体を震わせる。


「この後、少々お時間いただいてもよろしいでしょうか?」


次回更新は活動報告にて告知します。

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