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 手紙を書く作業は、七日で終了した。


 さすがにあれほど分厚かった顧客リストも、シャーロットが手首が壊れるのも厭わず毎日手紙を書きまくれば十日とかからずに終わる。


 だが本当の勝負はここからだ。


 手紙が無事相手に届き、そして動いてくれなければ何も始まらないのだ。


 それなのに、わたしたちにできることはもう何も無い。


 祈るような気持ちで過ごす一日は、まるで一年のように感じた。


 シャーロットも作業に忙殺されていた頃は何も考えずにいられたようだが、終わってしまうとわたしたちと同様に落ち着かない様子だった。


 いつもなら会話の途絶えぬ夕食も、今は誰もがただ口の中に食べ物を運ぶだけの機械と化している。


 まるで早く食べればそれだけ時間が早く過ぎるとでも思っているかのようだ。だが実際は早く済んだ分、余計なことを考える時間が増えるだけだというのに。


 一日が終わる時、明日こそは王女が爵位を取り上げに来るかもしれないとストレスがかかる。そして朝目を覚ますたびに、今日こそはと覚悟を決める。そんなことの繰り返しに、会長がハゲそうになる。


 唯一良かったことと言えばシャーロットの腱鞘炎が治り、手首の包帯が取れたことだけだ。


 こうして悶々としたまま、さらに二週間の時が過ぎた。


 ティターニア家の居間は、まるで病院の待合室のように暗鬱としていた。どんよりという擬音が聞こえそうで、居るだけで病気になる。


 誰も会話をせず、ただ時間が過ぎるのを待っている。とてもそんな気分ではないのだろう。フィオとゾーイもあれほど楽しんでいたトランプもせずテーブルに突っ伏していた。


 刑の執行を待つ死刑囚のような気分のわたしたちに、ついにこの時が来た。


 居間の扉がノックされたかと思うと、セバスチャン(わたし命名)こと老執事が顔を出した。


「お嬢様、先ほど王城からの使いと申される方がこれを」


 そう言ってセバスが手に持った手紙を見せると、それまでお通夜だった室内が一気にざわついた。


 来た。


 ついに来た。


 王城からの手紙。クリティアナ王女からのもので間違いない。ということは、ついに彼女が動いたのだ。


 わたしたちが見守る中、シャーロットが手紙を受け取る。が、すぐには開封せず気持ちを落ち着かせるように何度も深呼吸をする。


「開けます……」


 まるで自分に言い聞かせるように宣言すると、シャーロットは封筒を開けた。


 中には以前来たのと同じ、金で縁取られた便箋が入っていた。


 皆の視線が手紙を読むシャーロットに集まる。早く内容を知りたい気持ちと、最悪の展開になりそうで知りたくない気持ちがせめぎ合う。


 そうしているうちにシャーロットの目が止まる。


 手紙の内容は? 彼女が言葉を発するまでの時間が、無限のように感じられる。


 だがシャーロットの口から出て来たのは、是でも非でもないものであった。


「……明日、クリティアナ王女が我が家に来られるそうです」


「え?」と皆の声が揃った。


「それだけですか?」


 代表でわたしが問うと、シャーロットは大きな目をぱちくりさせながら頷く。


「はい、これだけです」


「なんや、拍子抜けやな」


 会長が全身の力が抜けたような声を出す。


「こっちに来て何ばするつもりなんやろう?」


「そんなもんあたしが知るかよ」


「もしかして爵位剥奪を直接言い渡しに来るんかな?」


「それならシャーロットをお城に呼び出すんじゃない? 知らないけど」


「知らねえんだったら黙ってろよバカ」


「バカとはなによ。あんたケンカ売ってんの?」


「コラコラ、ケンカすんなお前ら」


 みんなこれまで沈黙していたのが嘘のように侃侃諤諤思ったことを言うが、結局クリティアナ王女の真意はわからなかった。


 結局、会長の作戦は成功したのか。


 それとも無駄だったのか。


 それも今ここで考えたところでわかるはずはなかった。


 ただ一つ言えるのは、明日になればすべてがわかるということだけだ。


「とにかく、明日に向けておもてなしの準備をしなければ」


 シャーロットが慌てて屋敷中の使用人――とはいっても全部で五人だが――を集め、王女を迎える準備をさせる。


 話がどっちに転ぶにしろ、王族が訪ねて来るのだ。失礼があってはならない。たとえ相手が明らかに敵であろうとも。


「オラたちはどうすりゃよかっちゃろうか」


「余計なことをして面倒を増やすわけにもいかんしな。ワイらは王女が帰るまで部屋に篭もってようか」


「やっぱりあーしも同席したら駄目かしら?」


「やめろ。これ以上話がややこしくなったらどうするつもりなんだ」


「だって、王女はあーしに会わせろって言ったんでしょ? 会えば怒りを治めてくれるかもしれないじゃない」


「リリアーネ……」


 切実な声に、エッダは言葉が継げなくなる。代わりに諫めたのはシャーロットだった。


「前にも言いましたが、わたくし、いえ、ティターニア家はリリアーネさんを差し出してまで爵位を守ろうとは思っておりません。ですのでどうか皆さんと別室にいてください」


 再度ゆるぎない覚悟を見せられてしまっては、これ以上何も言えなくなる。


「明日はどうかわたくしに任せてください」


 口調は穏やかだが、その奥に燃えるような決意がこもっている。


 さすがティターニア家を守るため、エクスウルマの貴族と政略結婚をした人だ。面構えが違う。


「……わかった」


 リリアーネもシャーロットの穏やかな気迫に圧され、ただ頷くしかなかった。


 こうして夜が更けていき、とうとう王女が来る朝がやって来た。


次回更新は活動報告にて告知します。

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