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シャーロットを城に呼びつけてから十日ほど経った。
クリティアナは翌日からすぐにでもティターニア家にちょっかいをかけたかったが、残念ながらできなかった。如何に王位を継承する可能性が無いに等しい王女でも、公務があるので普通に忙しいのだ。
仕事がようやくひと段落したのは、さらに十日が過ぎた頃だった。
「ようやく暇ができた……。これで心置きなくティターニア家の娘に目に物見せてやれる」
物騒なことを呟きながら、クリティアナはお付きのメイドを従えて城内を歩く。目指すはもちろん父親の――つまり国王の所だ。
「父上は今どこにおる?」
メイドに尋ねると、「この時間なら執務室では」と答えた。なるほど、と納得して足早に向かう。
王様と言えば謁見の間で豪華な玉座に座っているイメージだが、それは間違った認識だ。あれは文字通り謁見する、つまり特別な訪問者が来た時のための部屋で、普段使われることはない。
では王様はいつもどこで何をしているのかと言うと、夢も希望もない言い方をすればオフィスでデスクワークである。簡素な小部屋で机にかじりついて書類仕事をするのも、王様の大事な仕事なのだ。というか、会議と併せてそれがメインである。まるでサラリーマンのようだ。
「そういえば、父上はここ最近執務室に篭もりっきりであったな。何か聞いておるか?」
「いいえ、わたくしは何も」
「そうか。まあ行けばわかるか」
そう言ってクリティアナはさらに足を速める。
二人分の靴音が響く廊下には、塵一つ落ちていない。常に数十人ものメイドが掃除をしているのもあるが、単純に人があまり通らないせいでもある。王の執務室への道は、通る者が限定されるからだ。
途中何人もの衛兵とすれ違い、ようやく小さな扉の前にたどり着く。扉は何の変哲もないただの扉だが、両脇に完全武装の衛兵が立っているので何となくここが重要な部屋だというのがわかる。
一目で中に重要人物がいるとわかるのは警備的にどうなのかと思いながら、クリティアナは衛兵に尋ねる。
「父上は中か?」
「現在執務中ですので、用件はこちらで伺います」
「構わん。わらわが直接話す」
「あ、姫様っ……!」
衛兵の制止も聞かず扉を開けるクリティアナ。
室内は狭く、執務のための机以外に何もない。王が使う部屋なのだからもっと贅沢にすれば良いのにとクリティアナは常々思うが、その話をすると父はいつも「これでいい、いや、これがいいんだ」と疲れた顔で言う。
幼い頃は意味がわからなかったクリティアナだが、どうやら常に豪奢な調度品に囲まれていると、一人でいる時くらいは簡素な部屋にいたくなるのだと気づいたのは最近のことだ。自分も父の気持ちを理解するような大人になったと嬉しく思う反面、こうやって年老いていくのかと残念でもある。
相変わらず簡素を通り越して質素な室内に、目当ての人物はいた。
「父上」
クリティアナが声をかけても王は気づかない。机の上には山と積まれた手紙があり、その一つを読むのに夢中になっているようだ。
「父上!」
強めに声を出してようやく気付いたのか、王は大袈裟に肩を震わせる。そして声の主が娘だと気づき、読んでいた手紙と娘の顔を交互に見る。
「父上、お話が――」
クリティアナが言うより早く、今度は王が大声を上げた。
「クリスティアナ!」
これまでの人生で、父親に怒鳴られたことなどなかった。たとえ執務中にいきなり入室しても、父親は少し驚いた顔をした後すぐに笑顔で迎えてくれた。だが今の血相を変えた父親の顔とこの怒声の衝撃に、クリスティアナは執務室に来た目的を一瞬忘れた。
「あ、あの……」
「お前は何をしでかしたのだ!」
「…………え?」
意味がわからず、クリスティアナはしどろもどろになる。その間に王は読んでいた手紙を手に持ったまま彼女に向かって床を踏み鳴らすようにして歩く。
「ここ最近、貴族から借金の返済を催促する手紙が山のように来ておる。一つ二つならまだわかるが、それが示し合わせたように百以上もだ。おかしいと思って調べさせたら、原因はお前だと報告が上がったではないか」
「わ、わたくしは何も……。それより父上、借金とはどういうことですか?」
「む、それは……」
口が滑ったことに王は一瞬たじろぐが、少しの逡巡の後説明を始める。
王曰く、王族ほど金に不自由する者はいない。何故なら毎年国庫から給料のようなものは出るが、その中から人件費や生活費などが天引きされ手元に残るのはそう多くはない。
さらにはそこから税金まで引かれるので、よほど上手くやりくりしないと自分の手元には銅貨一枚も残らない。なので自由になる金が無く、王だというのに欲しい物一つ好きに買えぬ始末。
それでは欲しいものがある時、どうやって現金を調達するのか。
その方法が借金である。
王族が借金するのは恥ではないのか、と思うかもしれないが、彼らは産まれた時から自分たちが雲の上の存在であると勘違いしているので、貸す方も王族に金が貸せるのは名誉だと思っていると信じて疑わない。
だがこれはあながち間違いでもなく、商人や貴族にしてみれば王族に金を貸すことは貸した金額以上のメリットがあるのだ。
これにより王族は借金ができ、商人や貴族は『王族に貸しがある』という優位性を得られる。ただしこの優位性は金が返済されれば消滅するので、これは貸りる側にとっては〝返さなくてもいい借金〟、そして貸す側にとっては〝取り立てない方がいい借金〟なのだ。
――そのはずであった。
なのにここ最近、金を借りた貴族から山のように催促の手紙がやって来た。
一つ一つの金額は大したことではないが――いや、庶民にしてみれば首をくくってもおかしくない金額なのだが――それが一度に百件以上となるととんでもない額になる。
それこそ、国が傾くくらいに。
王は慌てた。
どうして急に。それも一斉に。
不審に思った王が側近に調べさせた結果、
「お前がティターニア家にちょっかいをかけたせいで、名のある貴族たちが結託して一斉に借金返済を要求してきたのだぞ!」
「ええっ!?」
父の口から出たティターニアの名に、クリスティアナは驚愕した。
まさかこれは、ティターニア家の娘が仕組んだことなのか。
爵位を取り上げられる前に、先制攻撃を仕掛けてきたのだ。
おのれティターニア=リュシェ=シャーロット……。
歯噛みするクリスティアナに、王が冷たく告げる。
「お前がしでかしたことだ。早急にこの事態を治めろ」
「え? 治めろと言われましても、どうやって……?」
「そんなもの、自分で考えろ。とにかくティターニア家に謝罪でも何でもして、貴族どもに催促をやめさせるんだ」
「謝罪? わたくしがですか!?」
「そうだ。もし事態を収束できないようなら、お前の王族籍を剥奪するからそのつもりでいるのだな」
「なっ……!」
頭を下げる。しかも貴族ごときに。王、いや父の命令だとしても、これはクリスティアナにとってあまりにも屈辱的なことだ。
しかし逆らえば、父親は必ずクリスティアナから王族の地位を取り上げるだろう。そして二度と王都に帰って来られないように、どこか田舎の修道院にでも放り込むに違いない。
そんなことになったら、残りの人生地獄に堕ちたも同然だ。贅沢な暮らしができなくなるくらいなら、死んだ方がマシである。
考えるまでもなかった。
「……わかりました。明日にでもティターニア家の者を城に呼びつけ、謝罪いたします」
「馬鹿者! 謝罪する側が呼びつけてどうする。お前がティターニア家まで出向くのだ!」
「は、はい!」
父親に怒鳴られ、クリスティアナは慌てて執務室から逃げ出すように退室した。
次回更新は活動報告にて告知します。




