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 翌朝。


 朝食を終えると、シャーロットは自室で身支度を整える。


 もうすっかりコルセットを着けないことが日常になり、今では侍女もつい癖で着けようとすることもなくなった。


 化粧台にある大きな鏡に映る自分の姿を見て、シャーロットはふと思う。


 髪も盛らずコルセットも着けていない今の姿を、数か月前の自分が見たらどう思うだろうか。


 きっと貴族の嗜みがどうのこうのと、大して中身の無い上っ面だけの言葉を並べ立てるだろう。そうしてそのまま歳を取り、産まれた子どもにも同じ格好をさせるのだ。


 自分の住む世界に何の疑問も持たずに。


 それではまるで、籠の中の鳥と同じではないか。


 自分がいる所が籠の中だということにすら気づかず、一生を終える。少し外に目を向ければ、広い世界があるというのに。


 因習によって停止した思考では、それに気づかないままであっただろう。


 彼らと出会わなければ。


 シャーロットは、いつの間にか家族のようにひとつ屋根の下で暮らしている連中の顔を思い出す。


 オブリートスの大店商会の会長とその娘。


 猫系獣人の冒険者。


 ドワーフの彫刻家。


 そして一際異彩を放つ少女の顔。


 僅か八歳とは思えぬ知識量と、この世界のどこにもなかった発想を泉の如く湧き出させる才女。


 鬼才とは、彼女のことを言うのだろう。


 彼女のアイデアで始めたインフルエンサー。始めた当初は自分でも半信半疑で、せいぜい小銭が入って日々の暮らしの足しになれば良いだろうぐらいにしか思っていなかった。


 だがあれよあれよという間に評判は他の貴族に広まり、今では決して少なくない金額がコンスタンチン商会からティターニア家に払われている。


 おかげで底が見えていた貯えが見る見る増え、両親もこれで娘を無理に嫁がせなくて済むと喜んでいる。彼女を含めコンスタンチン商会の関係者には感謝してもしきれない。


 感謝すると言えばもう一人。


 貴族女性の心を惹きつけ、商品にさらなる価値を与えて売り上げに貢献したあの人。


 あの人が協力してくれなければ、シャーロットがインフルエンサーとして実績を上げるのは難しかったであろうし、もっと時間がかかったに違いない。


 聞けば、最初は拒否していたが『結果的にティターニア家のためになる』と言われて承諾したという。


 彼女が講師を引き受けてくれたおかげで、シャーロット一人では到底無理だった人数の貴族令嬢が興味を持ってくれた。


 そしてそこから熱心な顧客が自ら宣伝をしてくれたおかげで、評判は信じられない速度で広まったのだ。


 そういえば、あの少女が言っていたではないか。


『特に商品は宣伝が大事なんです。誰にも知られていない商品など、この世に存在しないのと同じですから』


 あれはこういうことだったのか。


 だから彼女は何よりも宣伝を重んじた。


 まずは世間に知られること。


 知ってもらわなければ、商品の良し悪しはわからないのだから。


 やはり末恐ろしい。


 あの子が大人になったら、いったいどんなことを成し遂げるのだろう。


 楽しみだし、少し怖い。


 きっと自分などでは想像もつかないような人物になるだろう。


 しかし今、その恩人二人が窮地に立たされている。


 しかも相手は王族だ。庶民では抗うことすらできないだろう。


 だから貴族の自分が護らねばならない。


 これまでの恩を返すため、二人を護る盾となろう。


 シャーロットはそう固く決意し、馬車に乗り込んだ。




 王城は、シャーロットたち貴族が住む貴人街よりさらに上の階層に建っている。


 街の門から最も離れているのは、万が一敵軍に侵入されても王族が逃げる時間を稼ぐためだ。当然、門から一番近い商業区や工業区が敵に荒らされる時間も考慮されている。


 王城までの道が迷路のようになっているのは、敵が一直線に王城に攻め込めないようにするためで、道順は王都に住む一般人にも秘匿されるほど徹底している。


 そんな複雑怪奇な道を、シャーロットの乗る馬車は迷うことなく進む。貴族の中でも地位の高いティターニア家ともなれば、王城には何度も行ったことがある。当然御者も道を憶えている。


 曲がりくねった道をゆっくりと進み、半刻ほどかけてようやく城門にたどり着く。


 御者が門番に手紙を見せて登城の旨を伝えると、門番の一人が報告のため城内へと駆け出した。その間に馬車はシャーロットを降ろし、門番に指示された待機場所へと移動する。


 衛兵の視線に晒されながら一人で門前で待つこと十分。ようやく戻って来た門番に城内に入ることを許可される。監視を兼ねた案内役に先導されて歩いていると、城の中庭が見えて来た。


 綺麗に整えられた植込みや、何種類もの薔薇の蔓が形作るオブジェの中に、ぽつんと建つ四阿あずまやが目に映る。


 シャーロットは小さなテーブルと椅子がある四阿に案内された。


 これではまるでお茶会ではないか。謁見の間とまではいかないが、てっきり室内で話をするものだと思っていたので拍子抜けする。


 ここで待つようにと案内役に促されるままに着席し、さらに待つこと数分。話し相手が欲しくなってきた頃に、ようやく誰かがやって来た。


次回更新は活動報告にて告知します。

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