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「それだけですか?」
わたしの問いに、シャーロットは沈痛な顔で首を横に振る。
「肖像画の件で訊きたいことがある、だそうです」
登城せよ、つまり王城に来いという呼び出しである。
問題は、その用件だ。
肖像画の件――間違いなくブロマイドのことだろう。
ということは話の内容はリリアーネのことについてだ。
彼女の素性の話だけで済めばいいが、きっとそうはなるまい。王族といえば、権力にものを言わせて欲しい物を手に入れ、それを何とも思っていない連中が多い。(偏見)
そうなるとリリアーネは側室か寵姫に……。何ということだ。
わたしと同じことを考えていたのか、会長が神妙な顔で呟く。
「ついにこの日が来てもうたか」
「ま、いつかはこうなると思ってたけど。それでもよくもった方ね」
いつのまにソファからこっちに来ていたのか、リリアーネが自嘲するように微笑む。
彼女も会長と同じで、口止めなど大した効果が無いことくらい重々承知だったのだろう。それでもアイドルやブロマイドのモデルになってくれたのは、きっとわたしが子どもで、大人が子どものやることを温かく見守るように、彼女もそうしてくれていただけに違いない。
いくら口では偉そうなことを言っても、結局のところわたしは子どもなのだ。
「でも、まだそうと決まったわけじゃ……」
不穏な空気を振り払うようにシャーロットが言うが、語尾が尻すぼみなのが彼女自身それが楽観的な考えだと理解している証拠だ。
「しかし、よりによって王族とはな」
暖炉の前で丸まっていたはずのエッダまで加わり、空気がさらに不穏さを増したように感じた。
「たしかカント王国の王家って――」
会長の言葉を、シャーロットが引き継ぐ。
「王子が二人と、王女が一人いますわ」
「とすると、王子のどちらかか……」
リリアーネに会わせろ、とか言って来る輩がいるとするなら、恐らく貴族の男性だろうと思っていた。だがまさか王族とは……。
貴族が相手なら、こちらもティターニア家を後ろ盾にできれば何とかなるが、王族となると非常に厄介だ。何しろ相手は国で一番の権力者。トランプで言えば文字通りキング。ジョーカーでもないと勝ち目はないが、生憎こちらには無い。
「それにしても、まさかあーしが後宮入りとはね。笑っちゃうわ」
「笑いごとじゃねえよ!」
「どうしてあなたが怒るのよ。関係ないでしょ」
「関係なくねえよ! どうしてこうエルフって奴はどいつもこいつも薄情なんだ!」
まるで泣いているようなエッダの叫びに、飄々としていたリリアーネの態度がゆっくりと硬くなる。
「……ごめんなさい。あーしたちエルフは寿命が長いから、どうしても他の種族の友人と死に別れることが多いの。だからある程度長く生きると、自然に相手と深く関わることを避けるような生き方が身についてしまうのよ。いつか別れの日が来ても悲しくならないように」
リリアーネが現在何歳なのか、誰も知らない。けどその言葉や態度から、数えきれないくらい親しい人たちとの別れを経験してきたのだろうと察せられた。
そして今は自分のためだけじゃなく、これから別れるわたしたちを悲しませないように、あえてつき合いが浅いふりをしているのだ。
わたしは、こんな優しい人を知らない。
なのにわたしは、彼女を利用して――
「ごめんなさい。ごめんなさい、リリアーネさん」
泣きながら謝っても、今さらだ。
「なに泣いてんのよチビッ子」
「わたしのせいで、わたしがリリアーネさんをアイドルなんかにしたから」
「馬鹿ね。あんたのせいじゃないわよ。断らなかったあーしも悪いんだから」
そう言ってリリアーネは、服が涙や洟で濡れるのも構わずわたしを抱きしめる。その優しさがまた、わたしの胸を痛める。
「正直言うとね、結構楽しかったのよ。普段はエルフだ亜人だと疎まれるあーしが、貴族のお嬢ちゃんたちにチヤホヤされるのが。でも正体隠して騙してたんだから、バチが当たったみたいね。悪いことはできないもんだわ」
「詐欺や言うんやったら、コンスタンチン商会も同罪や。もし誰かが訴えるて言うんやったら、遠慮せんとワイの名前を出したらええ」
「けど会長、そんなことをしたら商会に迷惑が……。捕まえるならわたし一人だけにしてください」
元はと言えば、わたしが原因なのだ。裁かれるのはわたし一人だけでいい。
「アホ。これだけの商売をお前みたいなガキが考えたなんて、誰が信じるねん。むしろ子どもに罪を被せる外道やって商会のイメージが悪なるわ」
それにな、と会長は続ける。
「お前はワイの部下で、部下のやらかしはワイの責任や。責任者っちゅうのは責任を取るのが仕事やからな」
そう言ってにやりと笑う会長の姿を、全世界の責任を取らない責任者に見せてやりたい。特に前世の上司。お前にだ!
「明日の登城、ワイも同行させてもらえへんやろか?」
「わ、わたしも行きます!」
会長がシャーロットに同行を申し入れたので、すかさずわたしも手を挙げる。自分で蒔いた種だ。どんなことをしても、自分で刈り取りたい。
だがシャーロットは残念そうに首を横に振る。
「いいえ。この手紙にはティターニア家の名前しか書かれておりませんので、それ以外の者がお城に入ることはできないでしょう」
「そんな……」
がっかりするわたしと会長にシャーロットは優しく、だが力強く言う。
「このシャーロット、ティターニア家の名にかけて、恩人である皆様をお守りいたします。なので明日はどうか、わたくしに任せてください」
そこまで言われてしまうと、これ以上駄々をこねるわけにはいかない。わたしたちはシャーロットを信じ、任せることにした。
「わかりました。よろしくお願いします」
「はい。安心してお待ちください」
こうして一日が終わり、とうとう運命の朝が来た。
次回更新は活動報告にて告知します。




