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 出来上がったフルカラーブロマイドを、とりあえず上得意先の貴族五人娘に送ったところ、家電の取説かと思うような分厚い感謝の手紙が返って来た。


 手紙の中に、カラーブロマイドは下着を何着買えば付属されるのかという質問があった。そういえば考えてなかったな、ということで会長と相談してみる。


 夕食後。


 ティターニア家の居間は、今やすっかりわたしたちのくつろぎ空間と化していた。


 暖炉の前ではエッダが丸くなっており、ソファはリリアーネが100年前からこれは自分の物だったのよと言わんばかりに我が物顔で寝転び、テーブルではフィオとシャーロットとゾーイがトランプで遊んでいる。


 トランプはわたしが案を出しフィオが絵を描いてゾーイに作ってもらったものだ。すぐさま会長が目をつけて「これは売れる!」と商売にしようとしたが、異世界に現代のゲームを持ち込むと面倒臭そうなのでとりあえず身内でテストプレイをしてから商品にするか判断しようということにした。


 ちなみに絵札の顔はキングが会長、クイーンがリリアーネ、ジャックがエッダの顔になっている。ジョーカーの顔がわたしなのは気になるが、異議を唱えたら会長に「お前ほどジョーカーにぴったりな奴はおらんわ」と言われてしまった。解せぬ。


 そしてわたしと会長は、居間の隅にある休憩所のようなこじんまりとした場所で椅子に座って向かい合っていた。


「会長、どうしましょう?」


「せやな、これは白黒のブロマイドと差別化したいから、五着お買い上げの方に限るっちゅうのはどうや? 特別感あるやろ?」


「それでは生ぬるいですね。十着にしましょう」


「お前、ホンマにえげつないやっちゃな……」


「差別化するんだったら簡単に手が届いちゃダメでしょ。頑張って指がかかるか、かするぐらいが丁度いいんですよ」


 それに相手はお貴族様だ。多少ふっかけたところで痛くも痒くもあるまい。取れるところからは取る。商売の基本である。


「せやけど安い商品やないんやで。それをブロマイドをエサに十着買わせるんはさすがに心が痛むで」


「産まれた時からシルクの産着を着ているような貴族令嬢に売るのだから、素材も縫製も生半可ではありませんよ。一流の生地を一流の職人が手作業で作れば、値段が高いのは当たり前じゃないですか」


「いや、ワイが言いたいのはそういうことやない」


「と言いますと?」


「ええ生地とええ職人を使った下着が高いのは理屈に合ってる。だが紙にインクで刷ったブロマイドにどれだけの価値があるんや? しかもモデルはあのリリアーネやぞ」


「なるほど。その疑問はごもっともです」


「せやろ」


 それでは会長、とわたしはポケットからハンカチを取り出す。


「このハンカチ、いくらすると思います」


「大銅貨一枚ってとこやな」


 さすが会長、ドンピシャである。


「ではこの布、実はとある高名な司祭様の聖骸布だと言われたらどうします?」


「ンなわけあるかい」


「あくまで仮定ですよ」


「そんなモン、値段なんかつけられへんわ」


「そういうことです」


 わたしがきっぱり言い切ると、会長はしばらく唖然とするが、やがて腕を組んで唸り出す。


「……つまり、価値には二種類ある。一つは品質や材質など目に見えるものと、もう一つは目には見えないが買い手がその値で納得するもの。ブロマイドは後者ってことか」


左様さよ


「左様て……」


 目に見えない、物理的に存在しない価値がある。商人の会長には呑み込み難いことだろうが、これが芸術の世界だと腐るほど存在する。素人が描いた綺麗な絵より、有名人が描いた落書きの方が価値があるとかよくある話だ。


 あとアイドルやキャラクターのグッズもそうだ。薄っぺらい生地のシャツにちょこっとロゴが入っているだけで値段に0が一つ増えるやつ。わたしも何度「シャツ一枚が一万円? 布だぜ!?」と思ったことか。結局買うけど。


 ともあれ、十着購入者にはフルカラーブロマイドを進呈! とアナウンスしたところ、大口の注文が殺到した。


 これにより新しいシフトにもようやく慣れ、生活のリズムが安定したところに地獄のデスマーチみたいなスケジュールをブチ込まれた職人たちの阿鼻叫喚が、今日も王都の倉庫にこだまする。酷い。コンスタンチン商会の貴族用下着は職人たちの流す血と汗と涙でできている。


 そんな血腥ちなまぐさい裏事情はさておき、ティターニア家の居間で新しい下着のデザインをフィオたちと打ち合わせしていると、わたしが勝手に心の中でセバスチャンと呼んでいる老執事がやって来た。ちなみに本名は知らない。


「シャーロット様……」


 普段は何事にも動じない老執事の動揺した姿を見て、シャーロットが問う。


「どうかなさいました?」


「先ほど、王城からの使いと名乗る方がこれを……」


 そう言って手渡したのは、一通の手紙であった。


「これは……」


 見れば、封蝋には王家の紋章が記されている。間違いなく王族からの手紙だ。


「と、とにかく中を見てみますね……」


 手紙を開封し、中身を取り出す。一目で上質とわかる紙は、金で縁取られている。おまけにふんわりと良い香りがして、思わずうっとりする。


 だが読んでいるシャーロットの顔は険しい。


「それで、何と書いてあるんですか?」


 わたしが恐る恐る尋ねると、シャーロットは困惑した様子で言う。


「……明日の朝登城せよ、と」


次回更新は活動報告にて告知します。

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