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リリアーネのブロマイドを同梱するようになってから、目に見えて下着の注文が増えた。
おかげで職人の仕事量が殺人的になり、このままでは確実に誰かが倒れるところまできたが、幸い会長がオブリートスに要請していた補充人員が間に合って事無きを得た。今では新たに倉庫を二つ借りて三交代のシフト制を採用。下着製作を始めた当初に比べると労働環境は劇的に改善した。
リリアーネの講習会は、アリシアたち貴族令嬢五人娘の献身的な勧誘により大人気。いつ次を開催してくれるのかと問い合わせが殺到し、リリアーネのスケジュール調整に難儀する始末である。
リリアーネも「あーしは冒険者で、貴族のお嬢様のお守りじゃないんだけど」と口では厭そうにしているが、毎回レッスンはきちんとこなしてくれるし愛想も良くしてくれる。案外自分のファンがいることが嬉しいのかもしれない。
そして新たに参加した貴族令嬢たちも、後日注文した品にブロマイドを添えると約七割の確率でリピーターになってくれた。
ブロマイドの打率恐るべし。
あまりにブロマイドが好調なので、会長が「もうブロマイドだけで売ったらええんちゃうか?」と言うが、わたしはそれに反対する。
会長やシャーロットには悪いが、わたしはあくまでリリアーネをアイドルにしようとしているだけで、これで商売しようとは思っていない。
では金儲けのためではないのなら、どうしてアイドルなんて作ろうとしたのか。
それはたぶん、わたしはこの世界で何かを変えたかったのだろう。
識字率しかり、男尊女卑しかり。この世界はわたしがいた世界に比べると、酷く生き辛い。
もちろんこれはわたしが日本というとても恵まれた国に産まれたから感じるだけで、現実にもこの世界と似たような境遇の国はいくらでもある。
だが、わたしなんかの力では何一つ変えられないあの世界とは違い、この世界は頑張れば何か一つくらい変えられるのではないかという気がする。
わたしはその〝気がする〟を、どうにか本当にしたくて足掻いているのだろう。
だからといってリリアーネを利用して良いということにはならない。そのことだけは今さらながら本当に申し訳ないと思っていたが、文句を言いながらもまんざらでもないような顔で微笑む彼女の姿に、わたしはかなり救われていると思う。
さて、ブロマイドも第二弾三弾と続けていくとさすがにマンネリになってくる。そろそろここらで新しい仕掛けが欲しいところである。
そこでわたしが目を付けたのは、
「次はカラーやりましょう。世界初フルカラーブロマイド」
ブロマイド専用の作業場となった倉庫で、原画担当のフィオと原版担当のゾーイが打ち合わせをしている。
わたしがそこで次回作はフルカラーにしようと提案すると、二人は揃ってコイツまたおかしなことを言い出したという顔をして同じことを言った。
「どうやって?」
奇人変人を見るような目で見られるのはいつものことなので気にしない。
「色ごとに原版を作り、何回も重ねて印刷します」
「面倒臭そうやな」
「なので、今回に限り緻密な絵はやめてデフォルメしてもらいます」
「デフォルメってなんや?」
「簡単にしてってことです」
「簡単にかあ。そういうのはやったことないなあ」
「けど今回は今までの銅板を使った凹版印刷じゃなくて、木の板を使った凸版印刷なのであまり細かい絵はできないんですよ」
「なんや、木ん板にするんか。それなら簡単にしてくれないかんね」
「せやけど簡単って言われたかて、うちわからんで」
困ったな。口頭で簡単にしてくれと言うのは容易だが、実際に描くフィオにきちんとイメージが伝わっていないと意味がない。デザインやイラスト系の打ち合わせは、クライアントとデザイナーのイメージをすり合わせるのが大変なのだ。
「そや、エミーちょっと描いてみてや」
「え~……」
いや、前回見たでしょ。わたしが絵が下手なの。
「下手でもええから。とにかくイメージだけでも掴みたいねん」
難色を示すわたしに、フィオが強引にペンを持たせる。
「わかりました。けど笑わないでくださいよ……」
「笑わへん笑わへん」
そう言われて渋々書いてはみたものの、やはり絵心の無いわたしの描いたものは、どう見てもモンスターのなり損ないだった。
「ぷっ……相変わらずごっつい絵やな……」
「いま笑いましたよね?」
「……いや、全然笑ってへんよ……ぶふっ」
「絶対笑ってるじゃないですか!」
わたしが腹立ちと恥ずかしさで顔を真っ赤にして怒っているその横で、ゾーイは真顔でわたしの描いた絵をじっと見ていた。
「恥ずかしいのであまりまじまじと見ないでくださいよ……」
「いや、変わった絵やなと思うてね」
「そりゃ変わってるやろ。こんなけったいな絵」
おい、失礼だぞ。
「いや、そうじゃなくて」
そう言うとゾーイは言葉を探すように少し考える。
「何て言うか、初めて見る絵柄や。普通は人間ばこげんふうに描いたりせん。骨格や目鼻ん位置ば無視しとーと」
「それは単に、エミーに絵の才能が無いからちゃうん?」
やめろ。本人が自覚していることでも他人にはっきり言われると傷つくんだぞ。
「下手くそでも、ちゃんと見て描いたらこうはならん。たぶん、エミーはオラたちの知らん絵柄ば持っとーとやて思う」
ゾーイの言葉に、わたしは気づいた。
わたしが描いたのは、下手なりにリリアーネを漫画的にデフォルメした絵だ。だがこの世界には漫画は無い。だからゾーイが初めて見たのは当然だ。
思わぬところで前世の知識が出てしまい、わたしが前世の記憶を持っていることを二人に気づかれるのではと戦々恐々とする。
「ばってん面白か。ブロマイドのカラー化、楽しみになってきたばい」
「うちもや。なあエミー、うちの絵をどうしたら簡単になるか教えて」
だが二人とも何も気づかなかったようで安心する。
「いいですよ。わたしのけったいな絵で良かったらいくらでもお教えしますね」
「ちょ、ごめんてエミー。もう笑わへんから許してや」
こうしてブロマイドフルカラー化計画は順当な滑り出しをした、
かに見えた。
次回更新は活動報告にて告知します。




