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「これがうちの絵の複製か~」


 フィオは自分が描いた原画と、今刷り上がったばかりの複製を手に持ち見比べる。


「複製の方がちょっと線が荒いな」


「そこは追々調整して、もっときれいになりますよ」


 インクの量や粘度、そして革の厚みや紙質などまだまだ改善できることは山ほどある。そして試行錯誤を続ければもっと原画に近づけられるはずだ。


「せやけど苦労したわりにはえらい時間がかかったな。これやったらうちが描いた方が早いんとちゃう?」


 確かに原版を作るのに約六時間。それから印刷まで小一時間。フィオが一枚二十分ほどで描けるのに比べると、ずいぶんと時間がかかる。


「原版が一枚だとそうかもしれません。けど何枚も作って一度に印刷できる枚数を増やせば、フィオさんが描くよりも早く多くできますよ」


「物量作戦か」と会長。


「けど印刷の凄いところはそこじゃないんです」


「どげなことと?」


「原画はフィオさんしか描けませんし、原版はゾーイさんしか作れませんが、印刷は手順と機械の使い方を知っていれば誰でもできるんですよ」


 なのでフィオは原画、ゾーイは原版を担当し、それ以外の人が印刷すれば無駄なく量産体制が確立するのだ。


「せやったら印刷用に人を雇おうか。いや、それやったらいっそのこと新たに倉庫を借りるか……」


 さっそく会長が事業拡大の計画を練り始める。これで脱コル計画は下着販売とブロマイドの二本柱になりそうだ。これはビッグビジネスのチャンスですよ!




 事業拡大のための人員補充や新たな倉庫の手配は、例によって会長に丸投げする。会長、いつもありがとうございます。


 そうこうしているうちに、今度は会長に丸投げできない案件がやってきた。


 そうです、第二回リリアーネ講師による脱コルセット講習会です。


 今回ティターニア家にやって来たのは、前回来た五人娘の一人アリシアと、彼女が勧誘した四人の貴族令嬢であった。


「いらっしゃい。また来てくれたのね、嬉しいわ」


「は、はい! 何度でも来ます!」


 リリアーネによそ行きの顔で微笑まれ、アリシアは顔を真っ赤にして気をつけの姿勢になる。


 前回のレッスンからひと月近く経った。その間も努力していたのか、アリシアの体型が目に見えて変わっていた。


 まず色白で血色が悪かった肌が、見違えるほど健康的に。続いて猫背だった姿勢が、背骨に鉄芯を入れたのかと思うほど真っすぐになっている。


 そして何より努力の跡が見えるのは、いま彼女がコルセットを着けていないことだ。


 その状態で以前と変わらぬ姿勢を維持できているということは、レッスンが終わっても努力をし続け、必要な筋肉を手に入れたということに他ならない。


 頑張る姿は美しい……。わたしはアリシアの努力に報いるべく、一枚の紙を渡す。


「アリシア様、どうぞこちらをお納めください」


「これは?」


「いつもご贔屓にしていただき、誠にありがとうございます。この度は日頃のご愛顧に感謝し、このような品をご用意いたしました」


 わたしが手渡した紙を裏返した瞬間、アリシアの両目が見開かれる。


「こ、これは……」


 それは、つい先日量産化に成功したリリアーネのブロマイドだった。


「これをいただけるのですか!?」


「どうぞどうぞ」


「ありがとうございます、家宝にいたします!」


 いや、そこまでしなくてもいいんですよ……。それよりも、


「実はアリシア様、これはまだ第一弾で、今後続々と新作がリリースされる予定でございます」


「続々と……」


 ごくり、とアリシアの喉が鳴る。


「はい。取り急ぎ第一弾は十パターンを予定しており、今後当商会の商品をご購入いただいた方でご希望されれば同梱するという形にしたいと存じます」


「ちなみに上限は?」


「お一人様商品一点購入につき一枚。それに条件が一つ」


「条件?」


「当講師リリアーネについては他言無用。特に男性には決して話さないでください」


「どうしてですか?」


 良いものは広めたい。その心理はわからなくもない。だが、本人がそれを望まないのであれば、広報は有難迷惑ということになる。


「リリアーネはその容姿で過去に少々厭な思いをして、それ以来目立つことを好みません。それがたとえ社交界であっても、彼女は表に出ることを望みはしないでしょう」


「それではどうやって他の方にお勧めしたらよろしいのでしょう?」


「ただ単に、コルセットを外したいお嬢様たちにお声をかけていただければ、それでよろしいかと。その上で、レッスンを受けた方が当講師をお気に召せば何よりですので」


「わかりました。リリアーネ様がお望みとあらば、わたくし決して口外いたしません」


「お心遣い感謝します」


 というやり取りを、アリシア以外の貴族令嬢五人娘の残りブリジット、キャロライン、ダイアナ、エレオノーラにもやった。


 みなそれぞれ自分たちが勧誘したお嬢様を連れてきたので、特典としてブロマイドを進呈すると泣いて喜んだ。


 その間に会長が手配してくれた新たな作業場と人員補充により、ブロマイドの量産は着々と進行した。


「十種類もあると、どれを誰に送ったか記録するだけでも大変やな」


「会長、なに寝言を言ってるんですか。そんなことしたら十着買ったらコンプリートされてしまうじゃないですか。ランダムに決まってます。こういうのは蒐集欲を刺激しないと」


「お前は悪魔か……?」


 失礼な。わたしの世界では常識です。


 ともあれ、リリアーネの目立ちたくないという希望は、ああやって釘を刺しておけば何とかなるだろう。いくら広めたくても、推し本人がやめてと言っているのならそれを守るのが正しいファンというものだ。性善説を信じるわたしではないが、好きなものを守りたいという気持ちは信じてみてもいいと思う。


 だがこの時のわたしは知らなかった。


 人の口に戸は立てられぬと言うが、噂は立てた戸の隙間をぬるりとすり抜けていくことがあるということを。


 それを知るのはまた別の機会で。


次回更新は活動報告にて告知します。

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