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※銅版画の行程にある腐蝕などの作業は割愛しています。


 作業が始まり、まずは銅板を取り出すかと思いきや、そうではなかった。


 ゾーイが最初に取り出したのは、二枚の紙きれ。一枚は海苔みたいに真っ黒で、もう一枚は向こうが透けて見えるくらい薄い。


 次にガラス板が一枚と、直角三角形の形をした木材が二枚。彼女はそれらを組み合わせ、天板がガラス板の製図台を作る。この中に蝋燭を灯して明かりにすると立派なトレース台に早変わりした。


 トレース台に原画を貼りつけ、その上に薄い紙を乗せると下からの灯りで原画が透けて見える。これはトレーシングペーパーだ。


 ここまでの作業も早いが、ここからがさらに早い。ゾーイは迷いのない動きでトレーシングペーパーに原画の線を黒鉛で書き写す。


 作業開始からわずか一時間で、フィオの描いた線を忠実になぞり複写してしまった。


「すげぇ……」


 エッダが感嘆の声を漏らしている間に、ゾーイは次の作業へと移る。


 ここでようやく銅板の登場だ。


 銅板とトレーシングペーパーの間に真っ黒な紙を挟む。この紙には黒鉛が塗りつけられていて、カーボン紙の役目をする。


 再び線をなぞり、今度は銅板に絵を複写する。驚くべきことに、ここまでなんと二時間かかっていない。


 銅板に絵を写し終えたらいよいよエッチングだ。


 といっても別にエッチなことをするわけではない。先の尖った道具で銅板を引っかき、凹凸を作る作業のことだ。


 ここでもゾーイの手は機械のように正確に、そして速く動く。まるで映像の早送りみたいな速度で、銅板にリリアーネの姿が浮き上がってくる。


 わたしとエッダが呆気に取られている間に、窓の外は夕焼けになっていた。


 夕日はゆっくりと建物の陰に消えて行き、やがて夜の闇が訪れる。部屋の中央で作業している職人たちが、照明のためにランプを点ける。残業かな? もしかして徹夜だったら、その、なんだ、頑張ってください……。


 だがゾーイは日が暮れたのも気づかないのか、作業に没頭している。


 わたしが代わりにランプを点けようかと思っていると、突然ゾーイの動きがぴたりと止まった。


 あれ、この様子はどこかで見たような……。デジャヴを感じた瞬間、いきなりゾーイが机に突っ伏した。


 そして次の瞬間、ぐうううううと豪快に腹の虫が鳴る。


「なんだまたかよ……」


 エッダが苦笑いしながら頭を掻く。


「なんやなんや、その姉ちゃんどうしたんや?」


 心配してやって来た会長に、エッダがゾーイの肩に腕をまわしながら言う。


「旦那、ちょっと手を貸してくれよ。こいつちっちぇえのにクソ重いんだ」


「そら構へんけど、大丈夫なんか?」


「あ、大丈夫です。たぶんお腹が空いただけですから」


「なんやそれ……。ほなどっかメシ屋にでも運ぼうか」


「ちなみに会長、今ご予算は?」


「は? どういう意味や?」


「いや、この人めちゃくちゃ食べるんですよ……」


「食べる言うてもたかが一人や。大したことないやろ」


「旦那、ドワーフの食欲を甘く見ちゃいけねえぜ。あたしはさっき旦那たちの護衛した料金のほとんどを食い尽くされたところだぜ」


「そないに?」


 ビビる会長の問いに、エッダは神妙な顔で頷く。


 会長をくるりと背を向けて、こっそり財布の中身を確認する。


 しばしの沈黙の後わたしたちに向き直ると、頼りない声で言う。


「……ティターニア家に運ぼうか」




 ティターニア家の食堂に、がつがつと食事をかき込む音が響く。


 音の出処は、もちろんゾーイだ。


 彼女は昼間のものとは比べ物にならない量を食べる。もしこれが外のお店で、会計が自分もちだったらと思うとぞっとする。


 会長も同じことを思ったのか、ワイングラスを持つ手が僅かに震えている。


 しかしゾーイの食欲も凄いが、何より凄いのはティターニア家だ。いきなり見ず知らずのドワーフを連れて来たというのに、何の躊躇もなく食卓に同席させて夕食をご馳走している。


 恐らくそれは、わたしが事前にシャーロットに彼女はブロマイドの量産に不可欠な職人だと説明したからだろう。


 何しろリリアーネを講師にした脱コルセット計画による下着の売り上げは、わたしの予想をはるかに上回った。普通の下着が銅貨十枚から高くて銀貨一枚なのに比べ、わたしたちが売る完全受注生産オーダーメイドの下着は一着金貨十枚は下らない。なのに中には一人で十着以上注文する人もいて工房はパンク状態。今も職人たちは寝る間を惜しんで作業している。


 そのお陰でインフルエンサーであるシャーロットの下に、少なくないマージンが入っている。そしてそのお金は、逼迫しているティターニア家の財政を緩やかではあるが回復させているのだ。


 つまりこれからその一助を担うであろうゾーイは、リリアーネに続いてティターニア家の恩人になる人なのだ。それなら亜人であろうが人の十倍食べようが全然問題ない、ということなのだろう。


 ――というのは世間ずれしたおばさんの穿った見方で、本当はティターニア家の人たちの人間ができているだけなのかもしれない。


「凄い食欲ね。だからそんな樽みたいな体になるのも納得だわ」


 主食がサラダのリリアーネが言うと、お肉を食べているわたしたちにも罪悪感が芽生えるのでやめていただきたい。それにしても、エルフとドワーフは仲が悪いというのはこの世界でもデフォなのか。


「いや、これでもコイツ昼にもめちゃくちゃ食ったんだよ」


「あきれた。ドワーフってホント意地汚いから嫌いよ」


「作業に集中すっと腹が減るとよ。草ばっか食って、なんも創り出せんエルフにはわからんやろうけどな」


 おっと、こっちも言われっ放しではないようだ。言い返されたリリアーネがむっとして、次に何かを言う前に会長が動いた。


「こらこらお前ら、ケンカなんかしても銅貨一枚にもならんぞ」


 それよりエミー、と会長はわたしに話を振る。


「それで、どうなんや? 使えそうか?」


「はい、わたしの想像以上でした。ゾーイさんなら、量産にも充分対応できるかと」


「そら重畳や」


 会長は次にゾーイに向かって言う。


「あんた、コンスタンチン商会に雇われる気はないか?」


「ええよ」


「ずいぶん軽いな……」


「今までろくなことがなかったけんね。期待せんのが癖になってもうたわ」


「ワイらは王都の人間やのうてオブリートスのもんや。だからオブリートスの職人ギルドに入ってもらうことになるが、それでもええんか?」


「構へんよ。職人なんて、どこでなっても同じやからね」


「……まあ、話が早くてええわ。よし、それじゃあとりあえず契約は成立。詳しい話は後で詰めて、書面で渡す。その後の細かい手続きはワイに任せてもらおうか」


「よろしく頼んます」


 なんだか拍子抜けするくらいあっさりと決まってしまった。


 こうして新たにゾーイが仲間に加わった。


次回更新は活動報告にて告知します。

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