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いくら目の前に探していた人材が現れたからといって、すぐに飛びつくようなわたしではない。
ゾーイは話を聞いてる分には凄い能力の人だけど、それが本当だという保証はどこにもない。面接で、面接官に少しでも良い印象を持ってもらおうと話を盛る人はけっこういる。
なので、その話が本当なのか確かめる必要がある。
確認、大事。マジ大事。
以前、わたしが確認を怠ったばかりにこの計画は頓挫しかけた。同じ間違いを二度としないためにも、きっちり見届けよう。
わたしたちはゾーイを連れて、再び工業区に戻って来た。目的地は、とある倉庫。そこは今では臨時の工房で、会長がオブリートスから呼び寄せた職人たちが、今もせっせと貴族の女性向けの下着を作っているところである。
ゾーイを工房に連れて行くのは、下着を作らせるわけではない。
実技試験をするためだ。
わたしは会長にオブリートスから職人を呼び寄せてもらう際、下着作りの道具と一緒にブロマイドを印刷するための道具も取り寄せてもらっていたのだ。
その道具が、この倉庫に保管されているのである。
「こんなとこ連れ込んで、いったいオラになにするつもりだ?」
見知らぬ建物に連れて来られ、ゾーイが不審そうな声を上げる。
「今からここで、貴女の腕前をテストさせていただきます」
よほど自信があるのか、ゾーイは特に驚ろかずに「ほーん」と言った。むしろテストと聞いて安心したのか、若干リラックスしてるようにも見える。
「どうぞ、入ってください」
扉を開けて中に入る。
室内の中央には大きな机があって、職人たちがチクチクギコギコと作業している。壁際には下着の材料が入った木箱がいくつも積まれているが、中の広さに比べて物が少なくがらんとしている。
木箱の他に、下着作りには関係なさそうな用具がいくつかあるのは、恐らくわたしの頼んでおいたものだろう。
職人たちは入って来たわたしたちをちらりと見るが、すぐに作業に集中する。知ってる顔がぶらりと入って来たぐらいじゃ作業の手が止まらないほど忙しいのだろう。実際、注文は山のように来ている。
ただ一人、わたしたちを見て反応した人がいた。
会長だった。
「お前ら、なんでこんなとこにおるねん?」
「会長こそ」
「ワイはオブリートスから取り寄せる材料について職人らと打ち合わせや」
「なるほど」
「で、そちらはどちらさんや?」
目ざとい会長がゾーイを見つけたので、わたしはこれまでの経緯を説明する。
「ほらな。やっぱりお前は持ってる思たで」
「いやいや、喜ぶのはまだ早いと思いますよ」
「せやな。まずはそのウデを見せてもらわな始まらんな」
「それで会長、少しばかり場所を貸してもらえませんか?」
「構へんで。たぶんブロマイド量産もここでやると思てたから、準備はもうしてあるし」
「さすが会長。有能!」
「はっはっは、褒めてもなんも出えへんぞ」
そう言いつつ飴玉を一つくれる会長。
準備ができているのなら、すぐにでも始めよう。わたしは飴玉をポケットにしまう。
「それではゾーイさん、こちらにどうぞ」
職人たちが使っていない机には、わたしが頼んで取り寄せてもらった道具の入った木箱が載っている。
「さっそくですが、貴女の腕前を見せていただきます」
「かまわんよ。それで、オラは何をすればよか?」
わたしは再びフィオの描いたデッサンを取り出す。
「これを原画にした原版を製作してください」
「そう言えば量産したい言うてたね、どうやるかは知らんけど。それで、木材は?」
「あ、木の板じゃなく、銅板でお願いします」
「それやと細かい線は引けるけど、インク載せたら全部潰れると思うよ」
「ご心配は無用です。とにかく銅板でお願います」
「……まあ、そっちがそれでええんやったら、オラは別に構わんけど」
印刷には、凸版と凹版がある。
ざっくり言うと凸版はハンコ、凹版は紙幣を造る時に用いる技術だ。
この世界には手紙に封蝋をするための印――つまり凸版はあるが、凹版印刷の技術はまだない。
凹版は細かい絵柄に加え、グラデーションなどが表現できるため、原版はとても精巧になり偽造がしにくい。だがその分印刷には細かい手順や特殊な機具が必要になる。わたしの世界でも、印が紀元前からあるのに比べ、凹版印刷が発明されたのは15世紀の頃だ。二つの技術の差はそれだけ隔たりがある。
逆に凸版は細かい表現にはあまり向かないが、浮世絵のように版木を複数使うことで何色も色をつけることができる。どちらも一長一短だが、フィオの精緻な絵を再現するためにはどうしても凹版印刷でないといけない。
「それで、どこまでやればええ?」
「もちろん全部です」
「全部? 一日は時間かかるよ」
「貴女の手際を見たいだけなので、完成させる必要はありません。もちろん結果がどうあれ、作業に見合った報酬は払わせていただきます」
「場合によっちゃ、一時間で成否が出るってこともあるんかね」
「それは貴女次第です」
「ほーん、それは腕が鳴るね」
さすがに一時間で判断はできないが、ゾーイの言葉通り一日見張るつもりもない。いくらわたしたちが素人でも、作業の手際や段取りを見れば彼女の言葉が本当かどうか判断できるはずだ。
「それじゃ、とっとと始めますか」
そう言うとゾーイは木箱の中から必要な道具を探して取り出す。
さて、お手並み拝見といきますか。
次回更新は活動報告にて告知します。




