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工業区は文字通り工業地帯なので、食品店や商店などが無い。現代なら工業地帯だってコンビニぐらいはあるのだが、この世界では住み分けが厳しいらしい。なので工業区から出て商業区に入り、適当な食堂に入る。
王都の食堂と言えば高級レストランというイメージだが、工業区に近い場所にある店は工房の職人を当てにした店が多いので値段も庶民向けだ。
適当に注文をし、テーブルの上に料理がずらりと並べられると、ドワーフの女性はもの凄い勢いで料理を食べ始めた。
「さすがドワーフ。すげえ食欲だな」
「よっぽどお腹が空いてたんだね」
言いながら、わたしはこっそりとテーブルの下で財布の中身を確認する。一応会長からお給料はいただいているが、そもそも働いている期間が短いのでぶっちゃけ子どものお小遣い程度しか入っていない。
わたしがちらりとエッダの顔を見ると、彼女は『え、マジで?』という顔をする。
わたしは『うん、マジで』という目で見ると、エッダは少しの間渋い顔をした後『ったくしょうがねえなあ』という顔をしながら、やはりわたしと同じようにこっそりとテーブルの下で財布の中身を確認した。
「ふう、食べた食べた。ごっそさん」
テーブルの上に山のように積まれた空を、給仕のお姉さんが片付けていく。
「ったく、人の金だと思って遠慮なく食いやがって」
「いや~それほどでも」
「褒めてねえよ」
「すまんねえ。最後に飯を食べたのが、たしか三日ぐらい前だったからなあ」
「そん、なに」
飢饉を経験したわたしでも、さすがに三日も断食した経験は無い。あの時でさえ、具が雑草の根しかないスープとか何かお腹に入れることができたのだから。
「けど、どうしてそんなにお金が無いんですか?」
「それは――」
食後のお茶を飲みつつ、ドワーフの女性は語り出した。
彼女の名はゾーイ。出身はキュウシュ大国だ。
キュウシュ大国とは、わたしたちが今いる王都オリエルバスがあるカント王国の遥か西にある大陸で、ドワーフの王が治める国だ。
王様がドワーフなのは、国民のほとんどがドワーフだからだ。彼らは皆何らかの職人でありながら戦士でもあるから、有事の際は全国民が戦場に出るという戦闘国家だ。
かつて古代兵器が発掘されたという話を聞いたことがあるが、噂の域を出ない。まあ仮に噂が本当だとしたら、国家間のパワーバランスが崩れて何らかの動きがあるだろう。それが無いということは、つまりはそういうことである。
話を戻そう。ゾーイはキュウシュ大国で彫刻家をしていたが、師匠が亡くなったのを機に他国に修行に出ることにした。
そうして流れ流れてカント王国の王都オリエルバスに来たのだが、外の世界はそう甘くはなかった。
「どこもかしこも頭の固い男だらけでね。工房に女はいらないの一点張りよ」
ドワーフの国ではどうかは知らないが、わたしが知る限り人間の国では男尊女卑が根強い。わたしも昔父親に、『女の子が文字を習ってどうする。そんな暇があるなら料理や裁縫を覚えなさい』と言われたものだ。一般家庭でそうなのだから、古色蒼然とした職人の世界だとその傾向は顕著だろう。
「まあ男は偉そうにする生き物だから仕方がなか。けどね、オラが一番頭に来たのは、下手糞のくせに自尊心だけ強い輩が多いことさ」
弟子に年功序列は存在するが、職人同士にはない。モノを言うのは腕だけだ。
「やけんね、オラ言ってやったんよ。『女がどうとかよりウデを見ろ』ってね。それで腕前を見せてやったら」
「やったら?」
「みんないきなり怒り出した。やれ『お前は伝統を馬鹿にしている』とか『そんな我流じゃこの世界では通用しない』とか」
「え……何やったの?」というわたしの問いに、ゾーイは「別に大したこっちゃなか」と軽く言う。
「なんか古臭いやり方でやっとるから、ちょっと手を加えてやっただけなのに、えらい剣幕で怒り出しよった」
「はあ……」
聞けば、ゾーイの本職は彫刻でありながら、これまで刀鍛冶や冶金板金と目についた工房の門を手あたり次第叩き、片っ端から技術を目で盗みまくっていた。盗むどころか独自に改良し、改善して効率化してしまった。そして彼女が『やらせてみろ』と言うからやらせてみたら、何と本当にできてしまったから、兄弟子たちは気分が悪い。こいつにこのまま居座られては、自分たちの立つ瀬がなくなると思った彼らは、難癖をつけてゾーイを工房から追い出したのだ。当然給金など出ない。
そんなことを幾度となく続けた結果が、今日のこの出会いである。
「出る杭は打たれるってやつですね」
「別にオラは出とらんよ。ただ周囲が低すぎるっちゃね」
これが〝俺なにかやっちゃいました?〟系か……。フィオといいゾーイといい、どうして天才は凡人の気持ちを理解してくれないのだろう。
しかし、これはまたとないチャンスだ。犬も歩けば棒に当たると言うが、路地裏を歩いていたら野良職人にぶち当たった。藁にも縋る思いで探し回った人材だ。絶対逃すわけにはいかない。
「ところでゾーイさん」
「なんね?」
「行くところが無いんだったら、ウチに来ませんか?」
「お嬢ちゃん、どこかの工房の子け?」
「いいえ。わたしは商人の見習いですが、あなたにうってつけの仕事があるんです」
「オラに?」
仕事と聞いて興味を持ったのか、ゾーイが僅かに前のめりになる。
さて、相手が話を聞く気になったのは良いが、どこまで話せば良いのやら。
イチから話すと無駄に長い上に、相手に『コイツら何でこんなことしてるんだ』という不信感を与えてしまいかねない。与える情報の取捨選択は、慎重にしないと。
けどわたしが思うに、このタイプに過度な情報は必要ない。それよりも、相手が欲しがっているものを与えてやるだけで、簡単に食いついてくるはずだ。
「ちょっとこれを見てください」
そう言ってわたしはA4サイズの紙を一枚取り出し、テーブルに広げる。
それは、フィオが描いたリリアーネのデッサンだった。
「ほう、上手やね。細かいとこまでよう描けとる。けど無駄な線が多か。もっと勉強したほうがよかよ」
わたしたち素人が見たら超絶すごい絵でも、職人が見たらこの程度なのか……。いや、これは目が肥えていると見るべきだろう。これは期待できる。
「実は、この絵を複製するために版画職人を探しているんですが、納得できる完成度に達する人が見つからなくて」
嘘です。本当は職人そのものに出会えていません。貴女が最初の一人です、だから逃がしません。
「これだけ細かい線があるとしゃあないね。そこらの職人じゃ無理とよ」
「ですよね。わたしたちもあちこち手を尽くして探しているのですが、なにぶん腕の良い職人となるとなかなか……」
「つまり、オラにこれができるかって訊きたいんやね?」
「話が早くて助かります」
ゾーイはふーんと軽い感じでテーブルからデッサンを拾い上げると、斜めにしたり逆さにしたりして精査する。
「大きさはこのままでよか? 拡大したり縮小したりはせんと?」
「ええ、サイズはこのままのものを複製しようと考えております」
「ほーん。だったら一日あれば充分やね」
「い、……!?」
一日? この写真みたいな精巧なデッサンを一日で彫れる?
これは絶対逃すわけにはいかない。
今度はわたしが前のめりになる。
「ゾーイさん、本日これからお時間よろしいですか?」
次回更新は活動報告にて告知します。




