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フィオをベッドに寝かせて部屋から出ると、扉の前に会長が立っていた。
「どないや?」
フィオの具合は、という意味だろう。休ませれば特に問題が無いことを告げると、会長は「さよか……」と安堵の溜息を吐いた。
「会長」
「なんや?」
「知ってましたよね?」
「何がや?」
「フィオさんが不眠不休で絵を描いていたことですよ」
「知っとったよ」
「どうして止めなかったんですか!」
「止められるかいな」
「どうしてですか。それでも親ですか」
「親やからや」
思わぬ反駁に、わたしは言葉を失くす。
「あいつはこの前の失敗を未だに引きずってた。けどようやく自分にできることを見つけたって、そらあもう嬉しそうに絵を描いてたんや。娘のあんな顔見たら、止められる親なんておらんやろ……」
わたしは親になったことがないので、会長の気持ちは本当の意味ではわからない。だがフィオの悲痛な叫びを聞いた今なら、その何十分の一かは理解できた。
「すみません、責めるようなことを言って。フィオさんがああなった責任は、わたしにあるというのに……」
「謝らんでええ。ワイはむしろ感謝しとるんや」
「え?」
「ワイが商売にかまけてあちこち連れ回してるせいで、あの子は歳の近い子と遊んだことがほとんどあらへん。せやけどエミーが来てから、なんや毎日楽しそうにしとってな。歳相応の顔して笑うあの子を見るのが、ワイは嬉しくてしゃあないんや」
ほんまありがとうな、と言う会長に、わたしは胸が詰まって何も言葉を返せなかった。
「これからもあの子と仲良うしたってや」
会長は、すっかり父親の顔をしていた。
わたしは、子どもの顔で言う。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
翌日から職人探しの合間に、第二回体験トレーニングの準備が始まった。
とはいえ、場所と講師と職人は第一回のをそのまま使うから、準備の多くは商品の材料の確保なのでほぼ会長に丸投げして終わった。
ちなみにオブリートスから呼び寄せた職人たちをティターニア家に居候させるわけにはいかないので、会長が王都に空き倉庫を借りてそこを臨時の工房にしている。
会長が王都とオブリートスとの間であれこれやっている間、わたしとエッダは野良職人を探しに職人街に通う日々が続いた。
だが案に違わず空振りが続き、わたしもエッダも自分がやっていることが無意味ではないかと思い始めていた。
良かったことがあると言えばただ一つ、あれ以来フィオがちゃんと食事と睡眠を取ってくれるようになったことだ。わたしとエッダがいない日中にブロマイドを描いている時も、適度に休憩を取っているとリリアーネから聞いて安心したものだ。
さておき、初めて王都に来た時は、土地勘もなく職人街を無駄にうろうろしたわたしだったが、毎日足繁く通っているとそこそこ地理に明るくなってきた。
なので今日はいつもの表通りではなく、裏口や勝手口が連なる裏通りを攻めてみることにした。
今思えば、これが功を奏したのかもしれない。
つまりわたしは会長の言う、〝持ってる〟商人だったということだ。
それなりに掃除された表通りと違い、職人や関係者しか通らない裏通りははっきり言って王都とは思えないぐらい汚い。ゴミ箱からゴミは溢れ、廃材や不用品があちこちに山を成している。
わたしたちがゴミや廃材を避けて歩いていると、すぐ近くの扉が急に開いて中から巨大な物体が吹っ飛んできた。
「うわっ!」
「危ねえ!」
犬や猫は、ヒトに比べてクロック数が高いとされている。故に獣人の反応速度は、人間の数倍ある。エッダが咄嗟にわたしを後ろに引っ張ってくれなかったら、直撃していただろう。
謎の物体は道端にあったゴミや廃材を派手にぶちまけると、ごろごろと地面を転がって反対の壁にぶち当たる。
わたしとエッダが呆気に取られていると、扉からドワーフの男性が顔を出し、
「おととい来やがれ!」
と江戸っ子みたいな捨て台詞を吐いて勢いよく扉を閉めてしまった。
「なに今の……?」
「それより大丈夫か、エミー?」
「うん。ありがとう、助けてくれて」
いきなり強く引っ張られたので尻もちをついてしまったが、ぶつかるよりはよほどマシだ。わたしは痛むお尻をさすりながら、壁にぶつかった物体を見る。
すると何かの塊だと思った物体が、のそりと動き出した。
「あいたたた……」
塊がしゃべった、と驚いたが、よく見たらそれはドワーフで、しかも女性だった。
女性はわたしより少し高いくらいの身長でありながら、体重は倍以上ありそうだった。さりとて脂肪で太っているわけではない。分厚い筋肉の上にうっすら脂肪を纏っているのが服の上からでも判る。重量級の柔道家みたいな体をしていた。
だが決して厳つくはなく、丸い顔には丸い目鼻とおさげがついていて、全体的に柔らかい印象を受ける。
「あの、大丈夫ですか……?」
わたしが声をかけると、ドワーフの女性はこっちを見てにかりと笑った。
「だ~いじょうぶ大丈夫。オラ人より頑丈にできてっから」
そう言って豪快に笑いながら、服についた埃を手で払う。たしかにゴミに突っ込んだのであちこち汚れてはいるが、ケガ一つ無いようだ。
本人が大丈夫と言うのなら、と安心したのも束の間、ドワーフの女性はいきなり前のめりになって地面に倒れ込んだ。
「おい!」
「た、大変!」
言わんこっちゃない頭でも打ったのか、とわたしたちが慌てて駆け寄ると、女性の腹から地響きのような豪快な音がした。
「これ、腹の虫か……?」
エッダが爪の先で女性を突っついていると、足元で何やら小声でぼそぼそと話しているのが聞こえる。
わたしが屈み込んで女性の顔に耳を近づけると、
「腹減った…………」
と、先ほどとは打って変わって蚊の鳴くような声がした。
わたしは溜息を一つ吐くと、エッダに向かって言う。
「エッダ、手を貸して」
次回更新は活動報告にて告知します。




