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 職人には、様々な人種がいる。


 その多くはわたしと同じ人間だが、中には獣人でありながら工房に入る変わり者もいる。彼らは手先の器用さではわたしたち人間には到底敵わないが、素材の僅かな色の違いや匂い、鉄を打つ時などの音の変化に敏感だ。彼らの五感の鋭さは、熟練の職人でも舌を巻くほどである。


 だが亜人の中で最も工房で重宝されるのは、やはりドワーフだ。


 樽のような頑健な肉体と、丸太の如き強靭な手足。太く短い指からは想像もできない美しい芸術品や工芸品を彼らは生み出す。


 しかも彼らは皆揃いも揃って生まれながらの職人だ。わたしたち人間と違い、立って歩くよりも先に鎚を手にし、言葉を覚えるよりも先に鉄を打ち始める。そんなステータスを生産職に全振りしてるような存在、工房が欲しがらないわけがない。


 なので、わたしたちが覗いたどの工房にも彼らがいた。


「いいな~ドワーフ。ファンタジーでモノづくりと言ったら定番だよね~」


 工房の扉の隙間から中を覗くわたしに、エッダは昔を思い出したように言う。


「あいつら根っからの職人だからな。昔砦の防衛で大量に傭兵が雇われた時、その中にドワーフが何人かいたんだが、あいつらあっという間に砦の中の作業場を自分たちのものにしてたからな。おかげで武器や防具の修理が早くて助かったぜ」


 現代でも、軍隊には武器や装備の制作や開発をする部門がある。工廠というやつだ。ドワーフは謂わば存在そのものが工廠のようなもので、平時有事を問わずなくてはならないものだろう。なので当然、彼らは軒並み職人ギルドに加入しており、その日は野良どころか見習いすら見つけられなかった。




 わたしとエッダが野良職人を探して工業区をうろうろしている間に、ティターニア家に再び手紙が舞い込んでいた。


 中身はなんと、新たな脱コルセットレッスン受講希望者の斡旋である。


「アリシアさん、頑張ってるなあ……」


 どうもこのアリシア嬢、自分がもう一度リリアーネのレッスンを受けたいがために、友人知人を片っ端から誘っているらしい。


 それならまた五人娘でやって来ればいいのにと思わなくもないが、自分一人でたくさん勧誘してリリアーネに良いところを見せたいのだろう。自分だけ抜け駆けしてライバルに差をつけたい、といったところか。まあなんにせよ、いっぱい宣伝してくれるのはありがたい。今度ブロマイドをおまけしておこう。


 職人街からティターニア家の屋敷に戻った時には、陽はすっかり暮れていた。


 苦労したわりに成果がまったくなかったせいか、わたしもエッダも心身ともに疲れていた。それでも諦めるわけにはいかない。また明日も、いや、職人が見つかるまで何日でも通うつもりだ。


 そのためにはよく食べ、よく眠ることが大事である。人間、寝ない食べないが一番心と体に悪い。わたしはそれを、ブラック企業に勤めていた前世のおかげでよく知っている。


「あ~腹減った」


「わたしも」


「早く食堂に行こうぜ」


 エッダと一緒に食堂へと向かうわたしに、誰かが声をかけた。


「エミー」


「誰?」


 振り向けば、そこにフィオが立っていた。なんだかいつもと雰囲気が違う。虚ろな目の周りには濃いくまができて、足に力が入らないのか体がふらついている。


「遅かったやん。待ってたんやで」


「すみません、ちょっと用事があって……。それより、体調はもういいんですか?」


「うん、それはどうでもええねん。それより職人を探しに工業区に行ってたんやろ? けど、もう行かんでええで」


「どうしてですか?」


「ほら、これ見て」


 そう言ってフィオがわたしに差し出したのは、分厚い紙の束だった。


「これは……」


 それは、リリアーネをデッサンしたものだった。ただ、量が尋常ではない。百枚はあるだろうか。


 だがおかしい。わたしはあの時、十枚ぐらいでいいと言ったはずだ。なのにこの枚数は、いったいどうしたことか。


 そこでわたしは気づく。


 ようやく気づいてしまった。


「……まさか、今までずっと描いてたんですか?」


 昨日の夕食、彼女は食堂に姿を見せなかった。今朝の朝食もだ。お腹の具合が悪かったわけではない。彼女はその間ずっと、絵を描いていたのだ。恐らく、不眠不休で。そうでないと、この枚数は説明がつかない。


「ブロマイド、職人がおらな量産できへんのやろ? けど大丈夫。うちが頑張って全部描くから。これからもずっと」


 力なく笑うフィオは、まるで何かに取り憑かれているかのように目だけが異様に爛々と輝いていた。


 これはまずい。


 わたしはこの状態の人を良く知っている。


 知りたくもないのに、たくさん見て来たので知っている。


 そして、こうなった人がいずれどうなるのかも知っている。


「フィオさん……いっぱい頑張ってくれてありがとうございます。けど、もう大丈夫ですから休んでください」


「うちは無理なんかしてへん。それに、うちが描かへんかったらエミーが困るんやろ。言うたやん、うちだけが頼りって」


 そう。言ったのはわたしだ。わたしは今さらになって、自分の言葉が彼女にどれだけの影響を与えるかをまったく考えていなかった自分の浅はかさを呪った。


「うちはエミーみたいに商才もいろんな知識もない。これまでうちは役立たずのお荷物やった。けど今はそうやない。うちにも、いや、うちにしかやれんことがある。だからそれを奪わんとって! うちをまた役立たずに戻さんとって!」


「フィオさんは決して役立たずでも、ましてやお荷物なんかじゃありません。そんな悲しいことを言わないでください」


「けど、うちは……」


「フィオさんがブロマイドを描いてくれて、わたしは本当に助かりました。けれどわたしは、フィオさんがそんなになってまで描いてほしくはありません。だからお願いします、休んでください」


「あかん、うちは休まへん。休んだら量産が追い付かなくなる」


 まだ何か言いたそうにするフィオを、わたしはそっと抱きしめる。


「フィオさん、憶えておいてください。この世の中に、食事や睡眠より大事な仕事なんてありません。あってはならないんです。量産はわたしが必ず何とかします。だから安心して休んでください」


「今日一日職人街を探し回ったのに見つからんかったやん」


「それでもわたしが何とかします。今はそれがわたしの役目です。そしてフィオさんの今の役目は、食事をとってゆっくり休むことです」


「うちの役目……」


「はい。お願いします」


「わかった、うち休む……」


 そう言うとフィオは、電池が切れたようにわたしに抱かれながらぐったりと全身の力を抜いた。


「おい」


 突然意識を失ったフィオを見て、エッダが慌ててわたしに声をかける。


「大丈夫、眠っただけ」


「そうか……」


「部屋まで運ぶのを手伝って」


「おうよ、任せろ」


 こうしてエッダの助けを借り、わたしはフィオを彼女の部屋まで運んだ。


次回更新は活動報告にて告知します。

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