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「そうです、アイドルです」
「……って、アイドルってなに?」
「簡単に言うと、世間で人気者になることです」
わたしの元いた世界でもアイドル――つまり推しの歴史は意外と古い。日本でも、平安時代には若い女性がイケメンやイケボのお坊さんを推していたという記録があるのだから、異世界でやってやれないことはないだろう。
「わたしが? 人気者? あんたソレ本気で言ってんの?」
「もちろん。わたしはいつだって本気ですよ」
ふんす、とわたしが両の拳を握って鼻息荒く熱弁を振るうと、リリアーネはじとっとした目でこちらを見る。
「人気者なんて厭よ、あーしは。それにあんた、もう忘れたの? あーしがエルフだってばれたらどうすんのよ? 貴族のお嬢さん数人相手にするのとはワケが違うんでしょ? そんなのいつか絶対ばれるわよ」
「そこは大丈夫です、何とかします。だからお願いします。ちょっとだけでいいんです。先っちょ、先っちょだけでいいから」
「どこの先っちょよ。しつっこいわねアンタ……」
足にすがりつくわたしの顔を、リリアーネはすごい力で押し返してくる。だがわたしも負けてはいられない。これはビッグビジネスのチャンス。大きなシノギの臭いがするのだ。
この手だけは使いたくなかったが、仕方がない。わたしは最終手段を使う。
「この計画が上手くいけば、シャーロットさんのためにもなるんです」
シャーロットの名前が出た途端、わたしの顔を押し返す力が緩んだ。勝手に住み着いて飲み食いしていることに、少しは罪悪感があるのだろうか。それとも、純粋に彼女に協力したいのか。
どちらにせよ、シャーロットをダシにするという自分でも卑怯だと思う手段を使ってしまったのだから、ここで引き下がるわけにはいかない。
「……本当に、あの子のためになるの?」
「もちろんです! リリアーネさんが有名になれば、当然コンスタンチン商会の商品が注目されます。そうすれば売り上げが上がって、利益の一部がシャーロットさんに還元されますから、結果的にティターニア家の財政が潤います」
かなり迂遠な方法だが、結果的にティターニア家のためになるのは間違いない。本来ならシャーロットをインフルエンサーからじょじょに本格的な宣伝担当に移行するつもりだったのだが、今現在彼女よりもリリアーネの方が強烈なカリスマを持っている。それを活用しない手はない。
「……仕方ないわねえ、やるわよ。やってあげるわよ」
「しゃあっ!」
ようやく折れて承諾したリリアーネに、わたしはタフなガッツポーズを決める。
「それで、アイドルってのは具体的に何をするものなのよ?」
「難しいことはしなくて大丈夫ですよ。まずは、コンスタンチン商会の商品を買っていただいたお客さんに渡すブロマイドのモデルになってもらいます」
「ブロマイド?」
「肖像画のことです」
「アイドルって、まるで貴族様みたいなことするのねえ」
感心と呆れが半々の溜息をつくリリアーネ。ともあれ、本人の承諾は得た。後はグッズを作ったりしてリリアーネを推して推して推しまくるのみだ。
さて、ブロマイド(肖像画)とくれば必要なのは絵師だが、慌てる必要はない。だって心当たりがあるから。それよりも一番難関だと思っていたリリアーネの承諾が得られたのだ。これはもう勝ち確だろう。
わたしは鼻歌交りで廊下をスキップする。すると居間のソファでくつろいでいる会長を見つけた。
「かいちょ~!」
手もみしながら近づくわたしに、会長は少し不審そうな顔をする。
「なんやエミー、えらいご機嫌やな」
「聞いてくださいよ~」
会長にリリアーネアイドル化計画を話すが、わたしの予想に反して彼の反応は薄かった。
「肖像画か……。そらちょっと困ったな」
「どうしてですか? コンスタンチン商会なら絵師の一人や二人雇っているでしょ?」
「あのなエミー、貴族がどうやって画家に自分らの肖像画を描かせるか知ってるか?」
「お金出して描いてもらうんじゃないんですか?」
ちゃうちゃう、と会長は片手を横に振る。
「貴族はな、画家のパトロンになるんや。そいで画家は絵が売れる一人前になるまで、衣食住のすべてを貴族に賄ってもらう。その代償に肖像画なんかを描くんや」
「…………え?」
「つまり、コンスタンチン商会に画家はおらん」
「ええええええええええええええッ!?」
やってしまったああああっ!
ブロマイド用の絵師はコンスタンチン商会を当てにしていたのに、完全に当てが外れた。
ブロマイドを起点にして様々な企画を用意していたが、絵師が確保できなければこれ以降の計画がまったく動かなくなってしまう。
つまり、リリアーネアイドル化計画終了!
始まる前に終わるなんて厭だ!
どうにかして絵師を見つけないと。焦ってパニくる頭をどうにか動かし考える。
いや待てよ。コンスタンチン商会に絵師はいなくても、貴族なら絵師を飼っていると言っていたな。
わたしは今どこに居る?
王都でも有数の貴族であるティターニア家の屋敷だ。
だが現在のティターニア家の財政状況からすると、とても絵師のパトロンなんてできないだろう。けれどかつてパトロンをしていた絵師の一人ぐらいなら、今でも連絡が取れるかもしれない。もしかしたら、報酬を払えばシャーロットの肖像画を描いてくれるかも。
一縷の望みを託し、シャーロットに尋ねる。
「画家ですか? お恥ずかしながら、ティターニア家は芸術方面には疎くて、そういった方々の援助はいたしておりませんね」
「な……」
申し訳なさそうに言うシャーロットの前で、わたしは力なく膝から崩れ落ちた。
詰んだ。
次回更新は明日0800時です。




