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 広間の床に、七人の女性が伏せている。


 六人はそれぞれ一定の距離を取って横一列に。残りの一人は他の六人と向かい合うようにして伏せている。


 直角に曲げた肘と爪先で体を支え、背筋をぴんと張ってあたかも自身の体を橋に見立てたような恰好で。


 傍から見れば異様な光景と思われるかもしれないが、彼女たちの顔は至って真剣だ。


 額に汗をする彼女たちが今やっているのは、プランクという筋トレである。


 腹筋と体幹を同時に鍛えられる上に全身運動になるという一粒で三度美味しいこのトレーニングは、初心者から上級者まで幅広い層がお世話になる種目だ。


 初心者から始められるため強度が低いことがネックだが、そこは負荷をかけたり時間を延ばすことで調節できる。ちなみにプランクのギネス記録は9時間30分という、ちょっと常軌を逸したものになっている。


「50秒経過。あと10秒!」


 助手としてこの場に潜り込んでいるわたしが、残り時間を告げる。


 格闘家であるリリアーネが涼しい顔をしているのは当然だが、前もってプランクを経験しているシャーロットもまだまだ余裕がありそうだ。


 対して本日生まれて初めて筋トレを体験したアリシアたち貴族のお嬢様たち五人は、開始10秒あたりからすでに体を真っすぐ保つことができずにぷるぷると震えている。


 それでもどうにか五人が崩れずにいるのは、同年代のシャーロットに負けたくないという対抗意識のせいなのかもしれない。


「はい、それまで!」


 わたしの合図と共に、アリシアたち五人は一斉に地面に崩れ落ちた。皆全身汗だくで息も荒く、中には急激に腹筋を酷使したために攣って身悶えしている者もいる。


「一分休憩したらもう1セット行きますからね」


「え~、短すぎます……」


「せめてあと五分……」


 汗だくで床に突っ伏しているブリジットとキャロラインが、まるで朝親に起こされる子どもみたいなことを言う。では他の三人は不満が無いのかというと、文句を言う体力も残っていないようだ。


 五人は筋トレを始めた頃のシャーロット同様、とても貴族のご令嬢とは思えないぐらいだらしなく床に伸びている。それでも帰らずに続けているのは、脱コルセットの秘密が知りたいだけではあるまい。


「皆様、初日にしてはよくできていますよ。この調子で残りも頑張りましょう」


 その証拠に、リリアーネが優しく微笑みながら励ますと、


「は、はい!」


「頑張ります!」


「わたくしなら、もっと時間を延ばしても大丈夫ですわよ!」


「わたくしも!」


「まだまだやれますわよ!」


 さっきまで死にかけだったのに勢いよく上体を起こして返事をする。現金なものだ、と思ったりはしない。わたしだってリリアーネみたいな美人に優しく励まされたら、きっと何だってできてしまうだろう。


 こうしてアメとムチを巧みに使い分けながら、リリアーネのトレーニングは続けられた。




「それでは皆様、本日はここまで。お疲れ様でした」


 リリアーネがぽんと両手を叩いて言うと、本日のトレーニングは終了となった。かなり手加減したとはいえ、五人は本当によくついてきたと思う。


 軽く汗を流して運動着から自分の服に着替えた五人は、再び広間に集められた。


 今度は何をさせられるのかと警戒していたアリシアたちであったが、部屋で待ち受けていたものを見た瞬間に態度が豹変した。


「そ、それは……!?」


 彼女らが驚愕するのも無理はない。何しろそこに居たのは、あの日のパーティーと同じ衣装を着たシャーロットが立っていたのだから。


 シャーロットは五人に向かってにこりと微笑むと、ゆっくりとその場で一回転した。するとどうだろう。肩にかけていたカーディガンが翻り、大きく開いたドレスの背中がちらりと見える。


 コルセットをつけていない、裸の背中が。


 あの日と同じ衝撃が、再び彼女たちを襲った。


 まるで金縛りにあったように体は硬直しているのに、シャーロットから目が離せない。


 食い入るように見つめる五人の呪縛を解いたのは、リリアーネの声だった。


「どうですか、皆様?」


 シャーロットから視線を移すと、そこには丈の長いワンピースに着替えたリリアーネが立っていた。


 細身で体の線がはっきりするワンピースに着替えると、タンクトップとスパッツ姿の時よりも彼女の柳のように強くてしなやかな体がさらに鮮明に見える。


 布一枚被せることによって陰の作る陰影が僅かな凹凸を強調し、むしろ裸よりも艶めかしい。だが僅かも破廉恥なところは無い。何故ならこれはもはや芸術だからだ。芸術に欲情する人間などいない。


「皆様が本当に知りたかったのは、このことでございましょう?」


 踊るような足取りで、リリアーネはシャーロットの背後に立つ。そしてドレスの大きく開いた背中に手を添わせる。


「どうしてこんなに背中が開いているのに、下着が見えないんだろうって」


 核心を言い当てられ目を見張る五人を見て、リリアーネは小さく微笑む。


「トレーニングを終えた皆様には、特別にこの秘密をお教えしましょう」


 そう言うとリリアーネはシャーロットの肩に両手をかけ、ゆっくりとドレスを引き下げ始めた。


「なっ……!」


「きゃっ!」


 突然目の前でドレスを脱ぎ始めたシャーロットに、アリシアたちは驚いて顔を赤らめる。ダイアナやエレオノーラが両手で目を覆うが、指が大きく開いているので無意味だ。


 このままではシャーロットが上半身裸になってしまう。五人はそう思った。


 だがそうはならなかった。


 ドレスの下から現れたのは、彼女たちのよく見慣れたものだった。


「これは……コルセット?」


 代表でアリシアが問うが、シャーロットはにっこりと首を横に振る。


「いいえ。コルセットではございません」


「え?」


 たしかに、よく見れば既存のコルセットに比べて腰を覆う部分がとても狭い。これなら腹部を極端に締め付けることもなさそうだ。


「これは……え~と」


「ビスチェというものでございます」


 言葉に詰まるリリアーネを、すかさずわたしがフォローする。あれだけ教えたのに、やっぱり名前を忘れていた。エッダの時に似たようなことを経験していたから、すぐに対応できてよかった。


 まったく、変なところだけ似た者同士なんだから。あの二人は。


次回更新は明日0800時です。

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