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 実験的に貴族の女性たちに脱コルセットを啓蒙することとなったが、それには大変な準備が必要だった。


 まず会場となる場所を探す。これは、ティターニア家の今は使われていない広間を借りることを承諾してもらったので、容易に解決した。


 次に招待した貴族の女性たちに売りつけ、じゃなく購入してもらうための商品を開発、量産することに。


 これは商談から帰って来た会長を捕まえて事情を説明すると、「何やそれめっちゃ面白そうやんか。ワイも混ぜろや」と二つ返事で了承。相変わらず即断即決。話が速くて助かる。


 続いて、これが結構難題だった。


 講演会をするとなると、講師が必要だ。だがシャーロットはまだ他人に教えるほど知識や経験があるわけではない。せいぜいちょっと先に入った先輩程度だ。


 だからといってわたしが教鞭を振るうわけにもいかない。何故ならわたしが子供だからだ。いくら知識があるからといって、十歳にも満たない幼女に教えを乞う人はいないだろう。


 となると代役を立てるしかない。しかし誰を……と頭を抱えていると、そこに冒険者ギルドから帰って来たエッダとリリアーネが。


「いや~今日もロクな仕事がなかったぜ」


「あーしらに見合う仕事ってなかなか無いわねえ」


「そもそも仕事がないんだから、働かなくてもしょうがねえよな」


「まったくね。あーしらが働かないのは世間が悪い」


 ハロワに行って仕事を探すフリだけしているダメ人間みたいなことを言いながら、二人はソファにどっかりと腰を落とした。


 ここ最近なし崩し的にティターニア家に居候していて、今では我が家みたいな顔でくつろいでいる。会長といいこの世界の人間の面の皮はお尻の肉よりぶ厚いのだろうか。


 護衛では頼りになるのになあと思って二人を見ていると、ソファでごろごろしているリリアーネに視線が止まった。


 整った容姿。長く美麗な金髪。そして細く引き締まった身体。あれ、もしかして条件ぴったりなんじゃない? 中身はアレだけど。


「あの、リリアーネさん」


「何よ、チビっ子?」


「先生やってみません?」


「はあ?」


 突拍子もないわたしの言葉に眉根を寄せるリリアーネ。ちょっとばかり言葉足らずだったようだ。すると隣に座っていたエッダが大笑いを始めた。


「だぁっはっは! コイツが先生? そりゃ面白い冗談だ!」


「エッダ、笑い過ぎだよ」


「エミー、お前がこいつに何をさせたいのか知らないが、やめとけやめとけ」


「そんなことないよ。わたしはリリアーネさんだったら適任だと思う」


 笑い過ぎて涙目になっているエッダに、貴族の女性を対象にした脱コルセット計画を説明した。


 だがエッダを納得させるどころか、当のリリアーネにまで渋い顔をされてしまった。


「駄目ですか?」


「駄目っていうか……ねえ?」


「あたしに振るなよ」


 エッダに説明役を断られ、リリアーネは溜息を吐く。


「あんたね~、どういうことかわかってないでしょ?」


「何が?」


「ハァ……。あのね、自分で言うのアレだけど、あ~しはエルフなのよ」


「はい、知ってます」


 何か問題が? という顔をしているわたしにリリアーネは、「あんたはあ~しやエッダと距離が近すぎたからわからないのね……」と困った顔をする。


「世間では、エルフや獣人などの亜人に多少の偏見はあれど普通に接しているわ。けれど貴族なんかにしたら、それこそ奴隷なんかよりも身分が低いと思っているのがほとんどで、一緒の部屋にいるだけでも汚らわしいと感じるでしょうね。それが先生だなんて、いったい誰が生徒になるっていうのよ」


「そんな……。じゃあシャーロットさんたちは?」


「シャーロットは山賊から襲われていたのを助けてもらった恩があるし、彼女の両親もそう。この家が特別ってだけよ」


 たしかにティターニア家は義理に厚く礼節を重んじる。傲慢な貴族が多い中では極めて稀な例だろう。


 それにわたしの元居たも世界に差別はあったので、この世界にも似たようなものがあるのだと理解はしている。どうしようもない。わたし一人がどう頑張っても変えようのないものだといういうことも。


 だからといって、今目の前にいる自分の大切な人が差別を受けているのを、「こういうものだから」と納得してしまうほどわたしは大人ではない。まあ今は実際に子どもなんだけど。


 ではお前に何ができるかと問われれば、答えに困る。わたしは自分が子どもであることを除いても、極めて無力な存在なのだから。


 だが無力ではあっても、無知ではない。今のわたしは見た目は子ども、頭脳は大人。小ずるい知恵の一つや二つ、いくらでも出て来るというものだ。


 そう。何も世界を変えるような大きなことをしなくても良い。ただちょっとだけ。それこそ、このティターニア家に招いた貴族たちを騙すぐらいのことで良いのだ。


「だったら、リリアーネがエルフだってバレなければいいんでしょ?」


 わたしの言葉に、エッダとリリアーネは驚いた顔をするが、すぐににやりと笑う。


「相変わらず悪知恵が回る奴だな」


「面白そうね。ちょっと話を聞かせなさいよ」


 かくかくしかじかと計画を話す。


「確かに、それなら何とかなるかもしれないな」


「けど、もしバレたらどうするつもりなの?」


 わたしは笑顔で言った。


「笑ってごまかすわ。『子どものしたことですから』ってね」


 せっかく子どもに戻ったのだ。せいぜい有効活用させてもらう。貴族様も子ども相手に本気で怒るまい。たぶん。


次回更新は明日0800時です。

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