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数日後。
ティターニア邸宅の使われていない広間で、わたしとシャーロットは日課の筋トレをしていた。
ちなみに会長は朝からフィオを連れて商談に。エッダとリリアーネは冒険者ギルドに仕事を探しに行っている。
今日のシャーロットはいつものドレスを脱ぎ捨て、半袖のシャツと丈の短いズボン姿という平民の男子みたいな格好をしている。
盛り盛りだった髪もやめて、動きやすいようにポニーテールにしている。額には玉のような汗が輝き、少し前までは青白い肌をした深窓の令嬢といった感じだったのが、今ではすっかり健康的なお姉ちゃんだ。
「シャーロットさん、あと一回! これでラスト!」
「ひぃ~……」
両手を頭の後ろで組んだシャーロットは深く腰を落とすと、悲鳴のような声を上げながら懸命に立ち上がろうとする。
スクワットだ。
脚のトレーニングなんて必要か? と言われそうだが、スクワットは脚の筋肉だけでなく体の内側の筋肉、所謂インナーマッスルも同時に鍛えることができる大変素晴らしいトレーニングなのだ。長年のコルセット生活でインナーマッスルが衰えたシャーロットには最適だと言えよう。
やはりスクワット……。スクワットはすべてを解決する。生前読んでいた女性誌では、ダイエット特集があるとやたらこのスクワットが取り沙汰されたものだ。試しに少しやってみたが、わたしは十回でギブだったし数日筋肉痛に悩まされた。あと筋肉痛は一日遅れでやってきた。
「んひぃっ!」
貴族の令嬢とは思えない声を上げつつも、シャーロットは最後の一回をやり遂げる。
だがここで終わりじゃない。
「それじゃあと一回! これが本当のラスト!」
「えっ…………!?」
シャーロットが目を見開いてこちらを見る。
「イけるイける! シャーロットさんならイける! あと一回! 最後にもう一回だけやって全部出し切りましょう!」
オールアウトは筋トレの基本。
涙目でわたしを見るシャーロットだが、意を決して再び体を深く沈み込ませる。いいぞ、その調子。
「ひぎぃ~……」
両親が聞いたら泣きそうな声を上げるシャーロット。歯を食いしばりながらどうにか最後の一回をやり遂げると、力尽きたようにその場に座り込んだ。よし、ここらが限界だな。
「よく頑張りました。今日はここまでにしましょう」
「はひぃ……」
シャーロットが座ったまま液体のようにぐにゃりとなる。やらせておいてなんだが、本当によく頑張っていると思う。
それにしても、貴族のお嬢様だから甘やかされて育ったのかと思いきや、なかなかどうして根性がある。いくらお家復興のためとはいえ、宝石より重いものを持ったことがない体でいきなり筋トレをやらされても文句ひとつ言わない。
覚悟を決めた人ってのは強いんだなあ、などと思っていると、広間のドアがノックされた。
「どうぞ」
ドアを開けて顔を覗かせたのは、初老の執事であった。
執事は汗だくになって床で溶けてるシャーロットをちらりと見ると、少し悲しそうな顔でしばし無言になる。
「あの、何か?」
「いえ……。シャーロット様にお手紙が届いております」
「わたくしに?」
液体から人型に戻ると、シャーロットは産まれたての小鹿のように危なっかしく立ち上がる。それを見てまた執事が胸を詰まらせたような顔をする。
執事から渡された手紙は一通だけではなく、何通か束になっていた。
「誰からかしら?」
シャーロットが手紙を一通ずつ裏返して差出人を確認する。手紙はどれも高級な紙が使われており、封蝋には家紋のようなものが押されていた。
「どれも貴族からの手紙ですわ」
シャーロットが警戒するような顔をする。わたしも大して親しくもない知り合いから手紙が来たら、こんな顔をするかもしれない。
「内容はどういったものですか?」
「少々お待ちください」
シャーロットは執事からペーパーナイフを受け取り一通の手紙を開封すると、神妙な顔で手紙を読み始める。
「これは……先日の婚約披露パーティでの件ですね」
言いながら、目は忙しなく手紙の内容を追っている。一通二通と読み進めていくうちに、硬かったシャーロットの表情は解れていった。
「どうやら皆さん、わたくしがコルセットを外していたことに興味がおありのようです」
「それは重畳。狙い通りですね」
今回のパーティーは、まさにそこに気づいて欲しくてやったようなものだ。当日に反応がなくて空振りかと心配したが、どうやら皆周囲の目を気にして話しかけられなかったようだ。それでこうして手紙をしたためたというわけか。
手紙の内容をまとめるとこうだ。
どうしてコルセットを外していたのか。
コルセットを外しているのに胸や体の線が崩れていないのはどうしてか。
自分もコルセットを外したいが、ないとお腹がだらしなくなるしすぐ疲れるので外せない。
どうしたらコルセットなしでも貴方のように体型と姿勢を維持できますか。
とまあ、皆さんコルセットに疑問はあれど、外したくても外せない事情が多々おありのようだ。
「どのようにお返事をしましょうか?」
「そうですね。百聞は一見に如かずと言いますし、皆さんまとめてご招待するというのはどうでしょうか」
「我が家にお招きするのですか?」
「ええ。せっかく興味を持ってもらったのですから、これを機会に沼に……じゃなくて、色々指導して脱コルセットの同士になってもらいましょう」
「そう上手くいきますでしょうか?」
「そこはまあ、ダメ元でいいからまずはやってみましょう。今は失敗を恐れず、とにかく動いてみることが先決です」
すべてが手探りの状態で始めたのだ。何事も経験。トライ&エラーを繰り返すのみだ。
「わかりました。皆さんには同じ日に我が家に集まってもらうようお返事しておきます」
こうしてシャーロット主催による脱コルセット講演会の準備が始まった。
次回更新は明日0800時です。




