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 貴族の婚約披露パーティーからシャーロットが帰って来たのは、夜もすっかり更けた頃であった。


 朝早く出かけるシャーロットを見送った時は、まるで今から戦場に行くのかと思うほど気を張り詰めていたが、帰って来た彼女は精も根も尽き果てたといった感じに憔悴していた。


 ティターニア家の将来を賭けた計画の第一歩。緊張するなというのは無茶な相談だが、一日でこれほどやつれ果てるとはパーティー会場での苦労が偲ばれる。


「お疲れ様でした」


 倒れ込むようにソファに座るシャーロットに、労いの言葉をかける。これくらいしかわたしにはできないのが悔しい。


「いえ……、これもすべてティターニア家のため。どうということはありません」


 げっそりとしながらも気品のある笑みを浮かべるシャーロット。わたしは貴族の意地を見たような気がした。


「……とはいえ、さすがにこの格好でパーティーに出るのは想定外でした」


 そう言ってシャーロットはよろよろと立ち上がると、わたしに向かって背中を見せた。


 大きく背中の開いたドレスから、透き通るような白い肌が大胆に覗いている。


「まるで裸で歩いているような心地でしたわ……」


 これまで胸元は強調してきても、剥き出しの背中を見せることはなかったのだろう。それをいきなりやらされたら、外を裸で歩いているように感じるのも無理はない。


「けど、何よりも不安だったのはこれですわ」


 シャーロットは不安そうに自分の体を抱く。

まるで普段はあって今は無いものを探すかのように。


「コルセット……ですか」


「ええ。コルセットを着けていないだけで、これほど不安になるとは思いもしませんでした」


 今回、貴族の婚約披露パーティーに赴くにあたり、シャーロットにはコルセットを着用しないでもらった。それがわたしの考えた〝引き算〟である。


「それにしても、どうしてコルセットなのですか?」


 他に引き算するものも多々あったが、わたしがいの一番に無くしたかったもの。それがコルセットだった。


「それはですね、コルセットは体に悪いんですよ」


「そうなんですか? と言いたいところですが、実際着けなくなってみると何となくわかるような気がします」


 日常的にコルセットを着用していれば実感は無いだろう。だがそれはとんでもない落とし穴なのだ。というか、自覚症状が出てからでは遅いのがコルセットの怖いところだ。


「シャーロットさんは、コルセット無しで生活してみてどうでしたか?」


 そうですね、とシャーロットは少し考える。


「今まで腰回りを支えてくれたものが無くなったので、最初は純粋に心細い感じがしました」


 まあ最初はそんなものだろう。たとえるなら常用していた腹巻をやめた、といったところか。


「けれど楽になったとも感じました。あれのせいで少しでも食べ過ぎると苦しい思いをしていましたが、これならあんな思いはしなくて済むと」


「やはり、普段の食事は控えめにしていたんですね」


「お腹を締めつけていますからね。着け始めた頃は慣れなくて、よく戻していました」


「そんな苦労が……」


「苦労だなんて。貴族の嗜みですわ」


 にっこり笑って言うシャーロットを健気だと思うが、よくよく考えてみれば現代人のわたしも似たようなものである。足が痛くなるのにヒールの高い靴を履いたり、誰に見せるわけでもないのに毎日化粧をして出勤する。これも言ってみれば慣習と同調だ。別に明文化されたものではないが、誰もが「みんながやってるから。これが常識だ」という認識で特に疑問も持たずにやっている。


 化粧は手間と費用がかかるぐらいだが、靴は外反母趾になる危険があるので本当にやめてほしい。あれは現代の纏足だと思う。


「他に何か感じたことはありますか?」


「一番感じたのは、姿勢を維持するのが大変だったことでしょうか」


「でしょうね」


 コルセットで腰回りを補強する生活を続けていると、姿勢を維持するための筋肉が衰える。そしていずれはコルセット無しではいられない体になってしまうのだ。昔父がギックリ腰をやってしばらくコルセットのお世話になった時、体幹が衰えて直ってからしばらくの間立ち続けるのが大変だったと聞いた。


「ただまっすぐ立っているだけのことが、これほど辛いとは夢にも思いませんでした」


「最初の頃は、座っているだけでも大変そうでしたね」


 パーティーの間姿勢を維持してもらうため、シャーロットには短期間ではあるが筋トレをしてもらった。最初はすぐに疲れて体がふらついていたが、若さのおかげかすぐに日常生活に必要な筋肉をつけることができた。若いってイイな……。


「それに、自分のお腹がこんなにぽっこりしてるなんて気づきませんでした」


 下腹部をさすりながら、顔を赤らめるシャーロット。


「それもコルセットのせいですね。長期間使い続けると、腹筋が落ちて内臓が下がってくるんですよ」


「まあ怖い」


「けど短期間でもトレーニングを続けたら改善されたでしょ?」


「ええ。おかげさまで」


 だが筋肉が落ちることよりも、コルセットにはもっと恐ろしいデメリットがあるのだ。


「シャーロットさんは筋トレで筋肉をつければ改善されましたが、コルセットで過度な締め付けを長年していると、内臓が下がって胃下垂になったりするんですよ」


 わたしの世界でも、中世の欧米ではコルセットで腰を締めつけるのが女性の美しい姿であるという風潮があった。


 その結果、長年の過度な締め付けのせいで内臓の位置がずれる女性が続出したという。


 ウエストが30センチぐらいになり、砂時計みたいな体形になっている女性の画像を見た時、わたしはこの時代の欧米に生まれなくて本当に良かったと思ったものだ。


「内臓が下がるとそれを支えようと骨盤が変形して、出産にも影響することがあるんです。特に成長期の女性には良くないですね」


 あと内臓が圧迫されて便秘になったりと、コルセットの常用は体に多くのデメリットをもたらす。


 もちろん、腰痛などやむを得ない場合は着用するべきなのだが、その場合一日中着けっ放しにするのではなく、適度に外して自分の筋肉で姿勢を保つ時間を作ってあげると良いだろう。


「シャーロットさんはまだまだ筋力不足なので、トレーニングを続けていきましょうね」


「はい。ご指導、よろしくお願いいたします」


 行く行くは腹筋を割ってもらって、お腹を出したファッションにも挑戦してもらいたいものだ。


 なんて言ったらシャーロットさんは恥ずかしがってやめてしまいそうなので、黙っておこう。


「ところで、パーティーでの反応はどうでした?」


「それが、遠巻きに眺める方はたくさんいたのですが、話しかけてきた方はお一人も……」


 申し訳なさそうにするシャーロットであったが、わたしは別に落胆していない。何事も最初の一回でうまくいくわけがないのだ。それに、彼女ができる限りの努力をし、当日も頑張ったのは現場を見なくてもわかる。その意欲がある限り、わたしも持てる力を捧げよう。


「気に病まないでください。こういうのは、結果が出るのに多少は時間がかかるものです。焦らず着々とやっていきましょう」


「そう言っていただけると助かりますわ」


 笑顔が戻ったシャーロットにほっとする。


 そう、わたしたちの戦いは始まったばかりだ。


 なんて打ち切り漫画みたいなことを思っていると、意外にも早く結果が出た。


次回更新は明日0800時です。

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