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それから時間はあっという間に流れ、パーティー当日となった。
会場は、王都オリエルバスにあるシャーロットの屋敷から、馬車で数時間ほどの距離にある貴族の屋敷だった。遅れてはならぬと朝早くから出発したシャーロットであったが、到着した昼前にはすでに多くの貴族の馬車が屋敷の入り口に列をなしていた。
だがティターニア家の紋章を持つ馬車が現れた途端、列の先頭で来客の確認していた屋敷の者が慌ててすっ飛んできた。
「これはこれは、ティターニア家のお嬢様。ようこそおいでくださいました」
少し息を切らした中年の執事は、御者から渡された招待状を確認すると馬車の停める場所を指示する。どうやらこれで順番を待つ必要はなさそうだ。
指示された場所は屋敷の裏庭で、そこはまるで貴族の馬車の見本市のようになっていた。
ここでもティターニア家の紋章は効果覿面で、他の下級貴族の馬車がすし詰め状態になっているのに対し、シャーロットの馬車には入出庫しやすい上にスペースにかなり余裕がある一等地があてがわれた。
家柄に対するこういった忖度は初めてではないシャーロットであったが、このまま家が衰退していけば、いずれ手の平を返され他の下級貴族と同じ扱いになるのだろう。
そうはさせまい。せめて両親が健在なうちは。そう思うと、今日のパーティーは絶対失敗できない。シャーロットは密かに気を引き締める。
「シャーロット様、どうかなさいましたか?」
緊張が顔に出ていたのだろう。向かいに座る侍女が心配そうに声をかけてきた。
「ご気分でも悪いのですか?」
「いいえ、何でもありません。それよりも……」
言い淀む。この侍女には幼少の頃から世話をしてもらっているので、たとえ全裸を見られたとしても恥ずかしくないのだが、さすがに今の自分をどう思うかなどと問うのはいささか気恥ずかしいものがあった。
「……そろそろ頃合いね。行ってくるわ」
「良い結果になりますよう、陰ながらお祈りしております」
軽く頭を下げる侍女の前を横切り、シャーロットは馬車を降りた。ここから先は一人での戦いだ。侍女と御者はパーティー会場には入れない。
今日の婚約披露パーティーは、昼間のガーデンパーティーだと聞いている。手入れの行き届いた芝を踏みながら、裏庭からパーティー会場へと向かった。
空にはいくつか雲があるものの、気持ちのいい陽射しが降り注いでいる。肌寒いというほどではないが、時折吹く風が肩にかけた薄手のカーディガンを揺らし、空気が背中に触れる。その冷たさに、シャーロットは思わず背中を丸めそうになる。
いけない。堂々としていなければ。
頭ではそう思うが、やはり心許ない。エミーの指示で訓練を積み、もう慣れたつもりであったが、いざ本番になって白日の下に出てみると何と我が身の頼りないことか。
だがここで尻込みしては駄目だ。衰退する家を建て直すために、何でもすると決めたのだ。これくらい、どうということはない。
「いざ、参りますわ」
気合を入れ直し、シャーロットは胸を張って歩く。その姿は、騎士が戦場に赴くように凛としていた。
会場に入ると、先に到着していた客たちがそれぞれ集まって歓談をしていた。
女性たちは皆髪を盛りに盛り、思い思いの衣装で着飾っている。それは、かつての自分の姿でもあった。
だが今は違う。
今日のシャーロットは髪を盛ってはいるものの、かつてのメガ盛ではなく大盛り程度に控えている。
そして何よりも違うのは衣装である。
髪の色と同じオレンジを基調としたドレスだが、フリルや宝石などの装飾品は一切つけずシンプルなものとなっている。
いつもなら骨組みを入れて提灯のように膨らんでいるスカートも、今日はその膨らみを控えている。
主催者に遠慮して慎ましくしている他の女性陣に比べても、今日のシャーロットはいささか地味すぎる出で立ちであった。
その控えめ過ぎる格好のせいか、他の女性客がシャーロットの姿を認めると、あまりの地味さにまるで「勝った」と言わんばかりの勝ち誇ったような目つきになるのを彼女は見逃さなかった。
どうせ皆自分の姿を見て、「ティターニア家も落ちぶれたものだ」とでも思っているのだろう。シャーロットは悔しさに歯噛みしそうになるが、すぐに思い直す。笑いたければ笑えばいい。だが、ただで笑われる自分だと思うなよ、と。
しかし、勝利の笑みを浮かべていた女性たちも、シャーロットが通り過ぎるのを見送るとその笑みが驚愕へと変わるのであった。
皆が皆、シャーロットの背中を見た途端目を見開いて、まるで信じられないものを見たかのような表情になる。その様子は、一緒にいる男性陣には理解できないものであった。
突然吃驚したのを取り繕う女性たちの姿に、シャーロットは溜飲が下がる思いであった。
だがすぐに思い直す。今日の目的はこんなことではない。
それにしても、ここまですべてあの子の思い描いた通りの展開ではないか。
地味過ぎる格好で注目を集め、通り過ぎるまで視線を釘付けにする。
すると次の瞬間、彼女たちは見るのだ。
シャーロットのドレスの、大きく開いた背中――
コルセットをつけていない、裸の背中を。
すると地味だと鼻で笑っていた連中の笑みが一瞬で凍りつく。勝ち誇った次の瞬間に、何だこれはと思わされる。その感情の落差は眩暈がしそうなほどだ。
もちろん、わざとらしく背中を見せつけるような下品な真似はしない。カーディガンで隠し、あくまでちらりと見える程度だ。
だがそれで充分だ。
同じ女性なら、一瞬でも目に入ってしまえばもう目を離せなくなる。
コルセットをつけていないシャーロットの姿に。
これまで習慣で何の疑問もなくコルセットを着けていた彼女たちには、着けないという選択肢があることすら思いつかなかっただろう。
そこに道を示した。
シャーロットはその体一つで、革命を起こしたのだ。
そして唐突に革命を起こされた女性たちの衝撃たるや。
これをあの年端もいかない少女が考えたというのか。
「本当に末恐ろしい。これからが楽しみな子ですわ……」
味方で本当に良かった。そう安堵するシャーロットであった。
「さて、パーティーはまだ始まったばかりですわ」
今日の主役であるカップルの登場には、まだ時間がある。それまでにもっと多くの貴族の女性たちに見せつけなければ。
ティターニア家の本気を。
シャーロットは余裕のある笑みを浮かべたまま、再び会場内を颯爽と歩き始めた。
次回更新は明日0800時です。




