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「せや。シャーロットさんが行くのは、婚約披露パーティーやで。招待客が披露側より目立ってどないするねん」


「え?」


 まだぴんと来ていないようで、きょとんとするフィオ。


「え? ってお前、出発する前に言うたやろ。今回は婚約披露パーティーやって」


「聞いたけど……目立ったらアカンの?」


「アカンわ! それくらい常識やろ!」


「そんなん知らんかった……」


 ようやく自分が犯したミスを理解したようだ。だが、こんな冠婚葬祭のマナーなんて子供に知っていろというのは無茶というものだ。かくいうわたしも、この手のあれこれを覚えたのは成人し社会人になって数年経った頃だったと思う。


 て言うか、子供に社会一般のマナーや常識を教えるのは親の役目ですよ会長さん。


「ウチはただ、目立ったらええと思って……」


 フィオは、目に涙を溜めて両の拳を握りしめている。見ているこっちが居たたまれない。


 今目の前にいるフィオは、果たして数刻前の少女と同一人物なのだろうか。それだけ深く落ち込み、悔やみ、恥ずかしさに耐えて打ち震えている。


 これは決して彼女だけのミスではない。だってそうだろう。何も知らない子どもに役目を負わせ、送り出したのは誰だ。責任を取らなければならないのは、むしろわたしたちの方ではないか。


 だがフィオは誰かに責任を押し付けることはせず、ただ自分のせいだと抱え込んでいる。


 そうではない。そうではないのに……。


 わたしがどう声をかけていいか迷っていると、唐突にフィオが駆け出した。


「うち、もう一回オブリートスに戻る!」


 部屋から飛び出そうとするフィオ。


 いけない、止めなくては。だがあまりに突然なことに、わたしは動けないでいた。


 彼女の手を掴んで止めたは、会長だった。


「待て。落ち着け」


「お父ちゃん、離して!」


「アホ。今から戻ったところで、帰って来た頃にはもう時間があらへん。無駄なことはするな」


「せやけど、うちのせいで服も靴も使い物にならへんのやろ。だったら一刻でも早く戻って、今度こそちゃんとしたものを持って帰らんと」


 フィオは懸命に会長の腕を振り払おうとするが、子どもの力では大人はびくともしなかった。


 それでも彼女は、握られた手首が赤くなるほどもがく。


 その痛々しさに、父親は堪らず娘を抱きしめた。


「すまんかった……」


 抱きしめながら、会長が呻くような声でフィオに謝る。その言葉に驚いたのか、彼女の抵抗が止まった。


「何でお父ちゃんが謝るん?」


 胸の中でする娘のくぐもった声に、父親が悔やむように言う。


「今回のことは、お前に商売のことしか教えんかったワイの責任や。いつかこうしてお前が困ることになるとも考えずに」


 ワイは父親失格や……。振り絞るような会長の呟きはとても小さかったが、ものすごく重く感じた。


「とにかく、お前はひとっつも悪くない。だから慌てて戻るなんてやめろ」


「せやけど……」


 フィオはまだ納得していないようだ。今も抱きしめていないと、いつ弾かれたように飛び出すかわからない。


 自分が大きな失敗をやらかしたという負い目が払拭されない限り、彼女を止めることはできないだろう。


 だが言葉でいくら慰めたところで、彼女は納得するまい。


 だったら、この失敗をなかったことにすればいい。というか、元から大した失敗ではなかったのだ。それを彼女に教えてあげなければ。


「大丈夫。オブリートスに戻らなくても何とかなるよ」


 わたしの言葉に、親子は同時にこちらを見て「え?」と声を上げた。二組のまなこがわたしを見る。大小どちらの目にも、期待と疑念が複雑に混じり合っていた。


「大丈夫って、ほんまに大丈夫?」


 不安と疑問たっぷりのフィオの問いに、わたしはできる限り自信を込めて答える。


「ほんまほんま。だから少し落ち着いて、ね」


 気を抜くとひきつりそうになる顔を何とか保ちながら、わたしは必死で考える。どうにかしてこの状況を好転させる方法を。


 問題は、これでもかと華美な衣装たちである。こんなものを婚約披露パーティーに着て行ったら100%顰蹙を買うに決まっている。そりゃ当然だ。自分とこの婚約者より目立つ客がいたら、主催者だって助走をつけて殴りたくなるに決まっている。


 かといって、今から目立たない衣装を手に入れるのは不可能か……。


 いや、本当にそうか?


 これってもしかして、ピンチでも何でもないのではなかろうか。


「シャーロットさん」


「は、はい」


「この家に、裁縫ができる人はいますか?」


「それなら侍女ができます。いつも衣服の調整を任せておりますので」


 良かった。わたしも裁縫はできなくもないが、学校の家庭科で習った程度なのてボタンつけぐらいしか自信がない。けど貴族の服を任せられる侍女がいるのなら、その人に任せた方がいいだろう。


「それがどうか致しました?」


 わたしはシャーロットの疑問に答えるべく、箱の中から適当な衣装を一つ手に持つ。


「この服、このままだと派手過ぎて使えませんよね」


 わたしの言葉に、フィオが針で刺されたようにぴくりとする。


「ええ、普通のパーティーならまだしも、結婚式や今回のような婚約披露パーティには向いていませんわ」


「だったら、この服からフリルや装飾を外して地味にしてしまえば良いのではないでしょうか」


「なるほど……。それなら何とかなるかもしれませんね」


「はい。低級なものを高級にするより、高級なものを低級に仕立て直す方が容易なはずです。この場合、足し算ではなく引き算ですね」


 言いながら、わたしの頭に何かが閃くのを感じた。


 そうだ。ここは足し算より引き算なんだ。無理に今の慣習に何かをつけ足して流行を作るより、何かを引いた方が簡単だし効果があるのではなかろうか。


「引き算……そうか、引き算だったんだ!」


「うわ、びっくりした!」


 急に叫び出したわたしに驚き、会長とフィオがさらにきつく抱き合う。


 では何を引くか。ヒントを求めるべく、わたしはシャーロットを睨むように見る。その視線に彼女を一瞬たじろぐが、すぐに気を取り直し視線を真正面から受け止める。


 視線は頭部からゆっくりと下がっていく。髪型から顔、化粧のチェックを終えると首から胸元へ。豊かな実りがコルセットで窮屈そうに締めつけられているのを痛々しく思いながら、腰から足へと舐めるように見る。


 全身をスキャンするように見渡したわたしに、シャーロットが恐る恐る問う。


「あの……わたくしに何か?」


 わたしの視線に身の危険を感じたのか、シャーロットが自分の体を抱く。そうするとコルセットで締められた胸がさらに圧迫された。


「でっか……」


「え?」


「いえ、何でもありません」


 ごまかすように咳払いをする。


「それよりも、パーティーに向けての方針が決まりました」


「まあ」と、嬉しそうにシャーロットは両手を合わせる。


「屋敷で手の空いている人を集めてください。分担を説明します」


 パーティーまでもう時間はあまり残されていない。ここからは時間との勝負だ。


次回更新は明日0800時です。

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