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翌朝。
極めて普通の朝食をいただいた後、わたしたちは今後の方針を決めることにした。
議題は〝シャーロットのインフルエンサー化計画〟。
彼女をコンスタンチン商会の広告塔にして、どのような商品を紹介してもらうかを決めるのだ。
「ところで会長、コンスタンチン商会って何を取り扱っているんですか?」
「お前、今さらそれを訊くんか?」
会長に呆れられてしまったが、いきなり雑貨屋に配属になったかと思いきや、一ヶ月で会長の弟子みたいなものにされたので商会が何をやっているのか詳しく知る暇がなかったのだ。
「せやな、大まかに言うと〝何でも〟やけど、取り扱ってないものもあるで」
「それは何ですか?」
「奴隷と盗品や」
奴隷は、この世界では当たり前にある制度だし、わたしのいた世界でも百年くらい前までは存在していたのであまり驚きはしなかった。だが盗品というのは、どういうことだろう。
「奴隷は売買に奴隷商という資格が要るし、奴隷売買ギルドに加入せなアカン。そんでこの奴隷売買ギルドっていうのが、まあ所謂カタギやない者のための組織なんや」
コンスタンチン商会は当然ながら商業ギルドに加入しているので、奴隷売買とは一切関わりを持たないし、持ってはいけない。もし関わりがあると世間に知れたら、それは致命的な醜聞になるだろう。裏で反社が関わっている企業など、誰も関わりたくはないのと同じだ。
「そして盗品は自分の目利き以外に必要なものはないんやけど、その分裏の世界にめちゃめちゃ近いんや」
盗品は、後ろめたい入手経路だけに通常の店では取り扱いし辛い。なので必然、裏路地の怪しい店や闇ルートでの取引がメインになる。自然とゾーニングされているのだ。
「この二つを扱うってことは、自分の店が真っ当でないという証みたいなものなんですね」
「せやで。二度とお日さんの下を歩けなくなるから、絶対関わるんやないで」
「わかりました。では話を戻しますが、コンスタンチン商会の商品で、貴族を対象としたものはありますか?」
「ナンボでもあるで。宝石、ドレス、化粧品から装飾品など小物に至るまで、貴族社会のパーティーで使っても遜色ない商品がいくらでもあるわ」
「で、実際に貴族が購入された商品はあるんですか?」
わたしの問いに、それまで明朗快活だった会長が夕方のアサガオみたいに萎んでしまう。
「……無い」
「え?」
「無い、言うたんや! 貴族が買うた商品は、一つもあらへん!」
「どうしてですか? コンスタンチン商会と言えば、オブリートスで一番大きな商会なんでしょ?」
「あのな、大抵の貴族は自分たちのお抱え職人の作ったもんしか使わへんねん。それ以外やと、自分らが懇意にしてる商人としか取引せえへんのや」
「つまり、コンスタンチン商会には懇意にしてくれる貴族がいないと」
「やかましわ。他人にそうして言葉でハッキリ言われると傷つくからやめえ」
「あれ? そうなると、ティターニア家にもお抱え職人や懇意にしてる商人とかおるんやないの? うちらが勝手に割って入ってええんかな?」
フィオの問いに、わたしたちの視線がソファに姿勢正しく座っているシャーロットに集まる。
「それは心配いりません。たしかに我がティターニア家には幾人ものお抱え職人や懇意にしている商人がおりましたが、それも家がこうなる前の話ですから……」
金の切れ目が縁の切れ目というやつか。沈む船からネズミが逃げ出すように離れていったのか、それともティターニア家の方から距離を置いたのかはわからないが、とにかくこの件に関しての心配は必要なさそうだ。
「だったら、今はコンスタンチン商会がティターニア家を独占ですね。これはやりがいがありますよ」
商売をする際に競争相手がいないことは、とんでもなく有利だ。現代でも独占禁止法という法律を作らなければならないくらい、一社独占という形は売る側にとって都合の良い状態なのだ。
それに、そもそも得意先が固定している貴族に新規の商会が食い込むことなんて不可能に近い。没落寸前のティターニア家だから、コンスタンチン商会が入る余地があったのだ。これはある意味、幸運である。
「ところでシャーロットさん、直近で貴族のパーティーやら集まりやらがあるのはいつですか?」
「そうですわね……、来月にとある貴族の婚約披露パーティーがありますわ」
「そのパーティーにシャーロットさんは招待されていますか?」
「はい。けれど家がこの状態ですので、何か理由をつけてお断りしようと思っていたのですが、出た方がよろしいのですね?」
わたしは少し考える。残り時間が短いのが少し心配だが、ティターニア家の状態を考えると行動を起こすのはできるだけ早い方がいい。
「お願いします。今回はそのパーティーを目標に、シャーロットさんを仕上げていきましょう」
「わかりました。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
こうしてわたしたちは来月の婚約披露パーティーに向けて、シャーロットをインフルエンサーに育成することとなった。
次回更新は明日0800時です。




