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 話し込んでいるうちに、すっかり日が暮れてしまった。いくら栄えている王都でも、今から宿を探すのは難しい。そして栄えているだけに警備も行き届いているから、野宿などしたら衛兵に捕まってしまうだろう。やるなら王都の外に出なくてはいけないが、それは最後の手段にしたい。


 すっかり暗くなった窓の外を見ながら途方に暮れていると、シャーロットの母親が今日は泊まっていけと言ってくれた。


 わたしたちはその言葉に甘え、夕食をご馳走になることになった。


 食堂は、とても広かった。部屋の中央には大きなテーブルがあり、いくつもの椅子が並べられ大勢が一度に食事できるようになっている。


 だが今、その席はほんの一部しか埋まっていないし、空いた椅子には白い布が掛けられている。かつては壁際に大勢の使用人が控えていたのだろうが、今はメイドが二人静かに立っているだけだ。


 夕食のメニューは、言葉を選ぶと〝普通〟だった。貴族ならもっと豪華なものを食べていても良さそうだし、シャーロットが持ち帰った慰謝料を使えば今日だけでもかつての栄華を取り戻すこともできたであろう。


 しかし、そうしなかったということは、ティターニア家が見栄やプライドよりも借金返済を優先させ、今後もこうして長期的に戦っていくという決意の現れに違いない。


 そんな貴族の意地のようなものを見せられて、料理がショボいと文句を言うような無粋な者は一人もいなかった。


 あのフィオでさえ、愚痴ひとつ言わず父親の隣で黙々と食べ物を口に運んでいる。まあ、今日一日で野盗に襲われたり色々あったから、単純に空腹でそれどころではなかったのかもしれないが。


 夕食が始まり、しばらくは食器が立てる音しかしなかったが、やがてシャーロットの父親が独り言のように呟いた。


「それにしても、不思議な子だ。まだ十にも満たないとは信じられん」


 誰のことだ、と考えるまでもない。わたしのことだろう。


「本当に。先ほどはまるで大人の商人の方が話をしているみたいでしたわ」


 シャーロットがそう言うと、両親だけでなくリリアーネとエッダも頷く。


「ねえ、この子って昔からそうだったの?」


 手に持ったフォークでわたしを指しながらリリアーネが隣に座るエッダに問う。


「ああ、あたしと初めて会った頃からこんなんだったぜ。大人顔負けに頭がいいし、やたら弁が立つ。六つのガキが大人を言い負かせてるところを見て、こいつ人生二周目なんじゃねえかってあたしは思ったよ」


 エッダの冗談に皆が笑う。だがわたしだけが笑えなかった。そうです、中身はアラフォーのおばさんで、二度目の人生を異世界で送っております。


「エミーさんは幼少の頃から才女でいらしたのですね。将来がとても楽しみですわ」


 何故か頬を赤らめ、熱っぽい視線でわたしを見つめるシャーロット。まさか……。たしかにわたしは玉の輿を目指しているけれど、至ってノーマルなので勘弁してください。


「あの子は、コンスタンチン商会で特別に仕込んだというわけではないということですかな?」


「ええ、ワイのところに来た時は、この年で読み書きと算盤ができるっちゅう振れ込みだけでしたし、商会で特に何かを仕込んだ覚えはありまへんな。そもそも商会にこんなでたらめな人材を育成する秘訣があるんやったら、ワイは真っ先に自分の娘を教育しとりますわ」


 何やら酷い言われようだが、わたしが不服を申し立てるよりも早くよりもフィオが先に口を開いた。


「ちょっとお父ちゃん、それやとうちがポンコツみたいやない」


「みたいやのうて、ほんまにポンコツやないか。お前がはよ一人前になってくれへんと、ワイはおちおち隠居もできへんで」


「隠居て。おじいちゃんか」


「はよ孫の顔見せておじいちゃんにしてくれや」


「気が早すぎるわ! ウチまだ十二やで!」


 年季の入った親子漫才に、食卓が笑いに包まれる。その後は食事の間、笑いが途絶えることはなかった。


 夕食が終わり、食後のお茶をいただいていると、シャーロットがしみじみと語る。


「こんなに賑やかで楽しい夕食は、本当に久しぶりでしたわ」


 そう言って微笑みながら、視線を白い布が被せられたままの椅子たちに向けるが、すぐに遠い目をする。きっと、その椅子たちがすべて埋まっていた頃のことを思い出しているのだろう。


 そして過去を懐かしんでいるだけではなく、ティターニア家がかつての栄光を取り戻した未来を夢想しているのかもしれない。


 そのためには、まずインフルエンサーの仕事を成功させなければならない。それはティターニア家のためのみならず、わたしの計画のためでもあるのだから。


 だが今は自分のことよりも、シャーロットがもっと笑ってくれる未来を作りたかった。


 それはたぶん、婚約者に捨てられた彼女に、わたしは自分の前世を重ねているからなのかもしれない。


 とはいえ、前世で結婚どころか恋人もできたことがなかったわたしが他人の、しかも人形のように可愛いシャーロットの心配などおこがましいにもほどがある……のだが、何しろ彼女は男性に興味が無い。むしろ女性が好きっぽい。だとすると仮に借金を返済してティターニア家が再興しても、血縁的に存続することは難しいような気がする。


 そう考えると、まるで試合に勝って勝負に負けたような何とも言えない複雑な気分になる。


「滅びに向かって突き進む運命、か……」


「なんやいきなり、どないしたんや?」


 思わず呟いた言葉をフィオに聞かれ、ごまかすのに苦労した。


次回更新は明日0800時です。

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