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「お父様、お母様、こちらは――」


 シャーロットに軽く紹介された後、わたしたちは応接間へと案内された。


 途中、屋敷内の部屋の様子がいくつか見えたが、どれも豪華な屋敷の外側に反して閑散としていた。たまにぽつりと家具が置いてあっても、埃を被らないように白い布がかけられている。まるでそこだけ空き家のようだった。


 それでも応接室は最後の砦というか、ここだけは質素倹約の例外だと言わんばかりに華美な部屋だった。


 座り心地の良いソファに座って、メイドが持って来たお茶を啜る。そうしていると、シャーロットの父が話を切り出した。


「この度は、娘の命を救っていただいて、誠に感謝しております」


「本当に、ありがとうございました」


 シャーロットの両親が頭を下げる。自分たちは平民に奉仕されて当然と考える貴族が多い中、身分の上下と恩義は別物だと理解している稀な貴族のようだ。お二人さん、娘さんは立派に育っておりますよ。


 そして話題が移り、シャーロットの口から結婚が破談になったことを聞かされると、両親の表情が深刻なものになった。


「家のための役目も果たせず、おめおめと帰って来てしまいました。不出来な娘をお許しください」


 シャーロットが頭を下げるが、彼女に非はまったく無いことは両親も理解しているだろう。二人は首を横に振り、優しい声で言う。


「いや、お前が悪いわけではない。気に病むな」


「そうです。むしろ謝るのはわたしたちの方ですわ。お金に困って、人柄などよく調べもせずにお前を嫁にやってしまったのだから」


「お父様、お母様……」


 やはり責任を感じていたのだろう。二人に許され、シャーロットは目に涙を浮かべる。


 しかし、これですべてが終わったわけではない。むしろシャーロットが戻って来てしまったため、状況は悪化しているのだ。


 如何に彼女に非は無いとはいえ、結婚式直前に破談になったことは事実だ。その汚名は名誉を重んじる貴族社会では致命的と言っても過言ではない。そしてその噂は、瞬く間に貴族たちの間に流れるだろう。


 ティターニア家も落ちたものだ、と。


 一度落ちた名誉を回復させるのは難しい。そしてその中で金策をするのは、もっと難しいだろう。


「お前が持ち帰った慰謝料は確かに大金だが、これもいつまでもつか。早急に何か手を打たねば、このままでは先細りする一方だ……」


「あなた、こんな時にお金の話はやめてください」


「おっと、すまん……」


 妻に窘められ、シャーロットの父はばつが悪そうにする。娘の結婚がご破算になっことよりも家の金の心配をするのは褒められたことではないが、それだけ逼迫している証左だ。


 ティターニア家としても、娘を差し出すことなどしたくなかったに違いない。だがもう出来る手立てと言えば、娘の婚姻相手の資産を当てにするしかなかったのだろう。それ故に、今回の破談はかなり痛い。


「お父様、わたくしはもう覚悟を決めております。ですからすぐにでも、次のお相手を探してください。それがこの家のためになるのでしたら、わたくしはいつでもこの身を捧げるつもりです」


「シャーロット、お前……」


 我が身を犠牲にするのを厭わぬ娘の姿に、父は言葉を失くし母は涙する。


 わたしの世界でも、貴族などがお金のためやより強い力を持つ家との繋がりのために政略結婚するのは当たり前のことだった。


 わたしはそれに何も感じなかった。むしろ高い身分と豊かな暮らしの代償なのだから、それぐらい当然よねとさえ思っていた。


 だがそれは、教科書の中やフィクションだった場合の話だ。今こうして目の前で、一人の女性が家のために自分の人生を捨てようとしているのを見ると、そこまでする必要があるのかと思う。


 要はお金があればいいのだ。


 お金さえあれば……。


「あの……」


 ほとんど無意識に手を挙げていた。


 みんなの視線がわたしに集中する。ビビって思わず「すいません、トイレはどこでしょう……」などとお茶を濁したくなる気持ちをぐっと抑える。


「差し出がましいようですが、お金さえあればシャーロットさんは結婚しなくて済むんですよね?」


「ちょ、お前、いきなり他所の家庭の事情に口を挟むんやないで」


 当然、大人の会長はわたしを嗜める。だがここまで知られて今さら体裁を取り繕う意味も無いと思ったのか、シャーロットの父親は片手を上げて会長を制する。


「いや、良い。その子の言うことは本当だ。我が家に金さえあれば、大事な一人娘を売りに出すような情けない真似をしなくて済んだのだ」


「差し支えなければ、どうしてそこまでお金が無いのか話していただけますか。もしかしたら、お力になれるかもしれません」


「なに……?」


 シャーロットの父が、お前のような小さな子供が? という目でわたしを見る。ですよね、わたしもこんなことを言う子供がいたら、軽く張り倒してますもん。


 だが意外にも、わたしを擁護する声があった。


「すんません、生意気なガキで」


 会長だ。


「せやけど、良かったら話してみてください。もしかしたら、何か一計を案じるかもしれません。この子には、なんやそういう不思議なところがあるんです」


「む…………」


 会長が太鼓判を押すと、話だけでもしてみる気になったのか、シャーロットの父は躊躇いながらも話してくれた。


 原因は、やはりあの飢饉だった。


次回更新は明日0800時です。

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