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野盗の脅威がなくなったので、二台の馬車は速度を落として縦に並んで走る。
お高い馬車の御者は肩に矢を受けたものの、森が拓けた場所に出るまで安全運転をしてくれた。
道から外れた場所に広い空間見つけると、わたしたちはそこで馬車を停めた。後をついて来ていた高い馬車も、わたしたちの馬車から少し離れた場所に停まる。
幸い向こうの御者の矢傷は、鏃が貫通していたため途中で矢を折って抜き取ることができた。これがもし体内に鏃が残る刺さり方だったら、ナイフで肉を割いて取り出すという大手術が必要だっただろう。
御者が手当てをしてくれたリリアーネに礼を言うと、高そうな馬車のドアが開いた。
中から出て来たのは、豪奢な馬車が良く似合う壮麗な女性であった。
歳はフィオより少し上だろうか。しか綺麗に施された化粧と、オレンジがかった髪をパフェのように頭の上に盛っているので正確なところはわからない。
一見するとギラついたキャバ嬢のようだが、化粧をしていても可愛らしさとあどけなさが滲み出ているので二十歳は超えていないだろう。
身にまとったドレスは見ただけで高級とわかる布地が惜しげもなく使われ、ふんわりと広がったスカートだけでもわたしの一家が一年は食べていけるぐらいの値段がするんじゃないかと思う。
女性は礼儀作法などの訓練を受けているであろう淑やかな足取りで馬車のステップを降りると、わたしたちの前で軽くスカートの端を摘まんで一礼した。
「助けていただいたこと、そして従者に手当をしていただいたこと、誠に感謝しております」
礼儀正しい言葉と作法通りの所作は、まさに見た目に相応しいものだった。これは間違いなく、上流階級の人間だ。きっとさぞ名のある良家のお嬢様なのだろう。しかも見るからに商人とその護衛だとわかるわたしたちにも尊大な態度をとらない、よくできた人だ。
「いえいえ、大したケガやなくて何よりです。それより、護衛はどうされました。見たところ、見当たらないようですが」
相手が貴族なので努めて標準語で話そうとする会長がおかしくて、どうにも真面目な顔がしづらい。
ともあれ、会長の言うことも尤もだ。見たところかなり力のある貴族のようだが、それがあの程度の野盗に襲われて、這う這うの体で逃げるしかできなかったというのはどうにもおかしい。彼女ぐらいの家柄なら、屈強な騎士が十人ぐらい囲んで護衛していてもおかしくない。そして騎士が十人も護衛していたのなら野盗なんかに襲われるはずが、ましてや逃げるわけがない。
つまり、今の状況はかなり異常なのだ。会長もそれを察して、暗に何があったのか尋ねているのだろう。
腹芸は貴族の嗜み。会長の意図を察したのか、女性は少し言いにくそうに黙る。
だが女性は行きずりのわたしたちになら話しても支障ないと思ったのか、それとも命の恩人に隠し立てするのは不義理だと思ったのか、どちらにせよ意を決して話してくれた。
「名乗るのが遅れて申し訳ありません。わたくし、シャーロット=リュシェ=ティターニアと申します」
シャーロットと名乗る女性が身分を明かすと、会長も自己紹介をする。
「ティターニア家と言えば、王都でもかなり上の方の貴族ですな」
わたしはこの世界のお貴族様事情はまったくわからないが、会長の態度を見るに相当お高い家柄のようだ。
「そのティターニア家のご息女がどうしてこのような場所で……」
どこまで踏み込んでよいのかを探るような会長の言葉に、シャーロットは出す情報を取捨選択するようにゆっくりと語り出した。
彼女が語るにはこうだ。
シャーロットの家は確かに王都でも有数の名門貴族だが、華やかな外側とは裏腹に内側はかなり財政が逼迫していた。
そこでティターニア家は力のある貴族と政略結婚することにした。そこで花嫁候補に選ばれたのがシャーロットである。
「そのためにわたくしは、エクスウルマへと赴きました」
エクスウルマと言えば、王都オリエルバスの北にある地方都市である。王都に比べれば土地が広いだけで文化水準も劣り蛮族と揶揄されるが、広大な森林を領地に持ち木材の取引で懐はかなり潤っている。
そこの領主ともなれば政略結婚のお相手としては申し分なかったし、相手からしてもティターニア家と繋がりを持つことは大きなメリットがあった。
こうして互いにうま味のある結婚の話は着々と進み、シャーロットはお家のためにエクスウルマに嫁ぐことになった。
「ですが、式まであと数日というところで、この話は流れたのです」
え、マジで……? と思わず声が出そうになるが、神妙な顔をするシャーロットの手前どうにか堪える。会長もわたしと同じような顔をしていた。
さすがにここまでデリケートな話になると、如何に大阪のオバチャン並みにゴシップに興味津々な会長と言えど容易にツッコめない。何しろ相手はお貴族様なのだ。
だがそういった社会のしがらみに頓着しないと言うか、決定的に空気の読めない人物がいた。しかも二人。
「ねえ、どうして流れたの?」
「おい、気になるだろ。早く続けろよ」
リリアーネとエッダだ。
リリアーネはエルフだから人間の世情に疎いのは仕方がない。だがエッダ。あなたはまがりなりにも人間社会で傭兵として生きてきたでしょう。
だがよくやった二人とも。わたしも続きが気になる。
「そ、それは……」
想定外に深くツッコまれ、たじろぐシャーロット。本人としては、ここで話を終えたかったのだろう。だが指摘された以上、無碍にできないと感じたのか、一度きつく唇を引き結ぶと再び語り始めた。
「実は、お相手の方の趣味が……」
「趣味が?」
それまで黙って聞いていたフィオがオウム返しする。
「その……、女性に興味がない人でして……」
「え?」とシャーロット以外の者の声が重なる。
「女性に興味がないって、まさか……」
わたしたちを代表するように、会長が声を出す。彼の言いたいことを察知したのか、至極真面目な顔で頷くシャーロット。
「はい。その方は男性が好きだったのです」
あちゃー!
わたしが思わず顔をしかめて右手の平で額を叩くと、みんなも同じことをしていた。
次回更新は明日0800時です。




