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「どうするの?」


「この先はずっと一本道だから、隠れてやり過ごすことはできないし、どうしたものか……」


「こっちも速度を上げて、追いつかれないようにすればいいんじゃない?」


 リリアーネの案は即座に却下されます。


「駄目だ、向こうの方が速い。恐らく馬がいいんだろう」


「こっちは普通の馬車だもんね~。だとしたら、貴族か金持ちかしら? あ、だから襲われてるのね、納得~」


「とにかくこっちも全速力だ。なるべく追いつかれないように、だが事故らないように慎重に頼む」


「注文が多いわね」


 リリアーネが手綱をしならせ、馬に喝を入れる。速度が上がるとエッダは馬車の中へと戻り、会長たちに現状を報告した。


「旦那、悪いがトラブルだ。後ろから野盗に襲われた馬車が近づいてる。このままだと追いつかれて、こちらも巻き込まれるかもしれない」


「いきなりかいな。しばらく楽な旅が続いとったけど、それも今日までか~」


 慣れているのかあっさりとした会長の態度に比べ、フィオはわかりやすいくらい動揺している。


「や、野盗!? 何人!? いつ来るの!? ちょっと大丈夫なん!? うちまだ死にたないで!」


「落ち着けフィオ。こういう時、どっしり構えるのが上に立つもんの役目や。でないと下のもんが慌てるで」


「けどお父ちゃん、野盗やで! うちらみんな殺されるかも知れんやん!」


「アホ。そのために高い金払って上等な護衛を雇ったんやないか。商人たるもの、危険に対する投資を怠るべからず、や。覚えときや」


 怯える娘を宥めるように優しく頭を撫でると、会長はエッダに向かって言う。


「ほな、よろしゅう頼んだで」


 会長に焦りや迷いはなく、どっしりと構えている。そんな彼から向けられる信頼を込めた言葉に、エッダは自信満々に応えた。


「任せとけ」


 エッダは御者席に座るわたしをひょいと抱き上げて馬車の中に戻すと、代わりに自分がリリアーネの隣に座る。


「もっと飛ばせないのか?」


「これ以上は無理。車輪が吹っ飛ぶわよ」


 どうやらすでに馬車は限界の速度で走っているようだ。そのせいでわずかな段差に乗り上げただけで、車体が派手に跳ね上がる。


 エッダは納得すると、目を閉じて神経を聴覚に集中する。猫の聴覚は人間の数倍と言われているが、猫系獣人の彼女の聴覚はそれをさらに上回るのかもしれない。


「向こうも必死だな。徐々に近づいてるぞ」


「そりゃ逃げないと死ぬからね~。けど馬と馬車がいつまでもつかしら」


 まるで他人事のように言うリリアーネだが、馬車を限界ギリギリで走らせているのはこちらも同じだ。


 レースのような緊張感で馬車を走らせていると、後ろから馬車が走って来る音がわたしにも聞こえてきた。


 馬車の後部からわずかに頭を出すと、薄暗い森の道の向こうにかすかに黒い点が見えた。それが徐々に近づき、少しずつ形がはっきりとしてくる。馬車だ。


「馬車が見えた! すごいスピードでこっちに迫って来る!」


 御者席に向かってわたしが大声で叫ぶと、エッダもこちらに向かって叫ぶ。


「出入り口に木箱を積んで壁を作れ。絶対外に顔を出すんじゃないぞ!」


 言われてすぐ、馬車の中に放置されていた木箱に飛びつく。だが中に何か入ってるのか、子供のわたしでは重くて持ち上げられなかった。


「貸してみ」


 会長がわたしの手から木箱を取り上げると、ひょいひょいと積み重ねていった。力仕事は大人に任せ、わたしは他に何かできることはないかと馬車の中を見回す。


 床に畳半分ほどの大きさの木の板が何枚も敷かれているのを見つけた。わたしは板の端に指をかけ、力一杯持ち上げる。


 板をどうにか立ち上がらせると、そのまま荷台の側面に立てかけて壁にする。こうすれば、矢などが幌を突き破って中に入るのが防げるはずだ。恐らくこの板は、こういう時に使うために予め置いてあったのだろう。


 進行方向に向かって右側面を板で塞ぎ終わる。反対側も板で塞ごうとすると、御者席に近い隅っこで両ひざを抱えて震えているフィオの姿が目に映った。


 フィオは泣きながら蹲り、耳を塞いで一秒で早くこの危機が通り過ぎるのを待っている。このぐらいの歳の子供がこうなるのは、当然のことだろう。わたしがこうならないのは、一度死んでいるし中身がおばさんだからだ。人間、四十歳に近づくと多少のことではうろたえなくなる。不惑って本当なんだなあ、そう言えば実家の母親の肝っ玉も相当だったなあと思う。


 けどそれだけじゃない。わたしがこうも落ち着いていられるのは、エッダを信用しているからだ。会長に向かって余裕綽々で言った「任せろ」の言葉を誰よりも信じていなければ、こうも冷静でいられなかっただろう。


 ともあれ、少女が恐怖に震え膝を抱えて蹲っている姿に、わたしの胸は締めつけられた。思わず今は自分の方がずっと年下だということを忘れ、中身のおばさんが出て彼女を抱きしめてしまいそうになる。


 仮にフィオが普通の女の子だったら、そうしていただろう。だがそうではない。彼女はオブリートスで最も大きな商会の会長の娘だ。いずれは彼女が商会を継ぎ、たくさんの従業員の命を預かる存在になる。ならなければならない。


 だから、こんな時こそ恐怖で震えて蹲っていてはいけないのだ。わたしはフィオの両肩を掴むと、強引に彼女の顔を上げさせる。


 フィオの泣いて赤くなった目をまっすぐ見て、わたしは言う。


「会長が言ってたでしょ。上に立つ者が慌てていたら下の者に示しがつかないって。経営者になるんでしょ?」


 フィオは両手の袖で強引に涙を拭うと、力強く頷く。


「じゃあ板を立てかけるのを手伝って。さあ、そっち持って」


 フィオは立ち上がると、わたしの隣に立って床の板に指をかける。


 せーので同時に板を持ち上げる。こうして左側面も板で塞ぎ終わると、わたしは後方の木箱の隙間から外を覗いた。


 すると、馬車はもうすぐそこまで近づいていた。


次回更新は明日0800時です。

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