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18


 翌朝。


 わたしと会長、そしてまだ半分眠っているのかうつらうつらしているフィオは、商会本部入り口の前で馬車を待っていた。


 まだ陽が昇りきらず、街は薄暗い。昼間の喧騒が嘘のように静まり返った街路に、わたしのあくびが響く。そのだらしない声もすぐに石畳に吸い込まれ、再び静寂が包む。


 眠い目をしばしばさせながら待っていると、馬車がやって来る音がした。


「あれや」


 会長が声を向けた方に目をやると、馬二頭がけの大きな馬車が見えた。


 馬車は、木の荷台に丈夫な幌をかけただけの単純なものだった。わたしが村を出た時に使った乗合馬車よりも少しだけましかなといった感じで、乗り心地よりも荷物を多く安全に運ぶのを重視しているようだ。


 御者席には二人の姿があった。二人とも頭から外套フードをすっぽり被っていて、遠目では男か女かすらもわからない。


 馬車はわたしたちの手前で、静かに停まった。御者席から一人、音もなく飛び降りる。


「あんたらが依頼主か?」


 意外にも女性の声だった。歴戦の猛者だと聞いていたから、てっきりいかつい男性冒険者だと思っていたが予想は外れたようだ。


「せや。ワイがコンスタンチンや」


 会長が確認用の割符を出して商売用の笑顔で応えると、外套の二人が緊張を解く。


 先に降りた冒険者が懐から割符を出して会長のと重ねて確認する。


「どうやら間違いないようだな」


「それじゃあ道中よろしゅう頼むで」


「任せておけ。人数はこれだけか?」


「せやで」


「何だよ子供ばっかじゃねえか。遠足に行くんじゃねえんだぞ……」


 冒険者はわたしとフィオを見ると、あからさまに面倒臭そうな顔をした。まあ、護衛が必要な所に行くのに子供連れだと、何かと面倒なのは間違いないだろう。それに相手はお世辞にも子供の扱いが得意そうには見えない。


「よ、よろしくお願いします」


 せめて嫌われないように愛想良くしようとわたしがおじぎすると、冒険者の外套の頭部がぴくりと動いた。


「その声……もしかして」


 冒険者はわたしに顔を近づけると、鼻をスンスン鳴らしながらわたしの臭いを嗅ぐ。え、もしかしてわたし、臭い?


 わたしが体臭を気にしながら嗅がれていると、冒険者は突然わたしの両肩を強く掴む。そんなに臭かった?


「お前、エミーか!?」


「え?」


 いきなりのことに、わたしは何が何やらわからずに戸惑う。冒険者はわたしのそんな反応を見ると、外套を脱いで顔を見せる。


 冒険者は、猫系獣人の女性だった。


「あたしだよ、あたし! エッダだよ!」


 その一言で、わたしの脳内を電気が走ったように記憶が駆け抜けた。


 そうだ、エッダだ。故郷の村に半年に一度来る商隊の護衛をしていた冒険者で、わたしが字を習えるように村長さんに頼んでくれた恩人。


 ほんのひとかけらでも思い出してしまえば、後はダムが決壊するように記憶の奔流が私の頭を埋め尽くした。村でエッダに文字や計算を教えたのはわずかな日々だったが、その時のことは全部覚えている。どうして今まで忘れていたのか不思議なくらいだ。


「エッダ! エッダだ!」


 わたしは嬉しくなって、彼女の両手を取ってぴょんぴょん飛び跳ねる。子供っぽい行為だが、今のわたしは本当に子供だから問題はない。


「久しぶりだな。少し背が伸びたか。あれからどうしてた? 心配してたんだぞ」


「そっちこそ。急に商隊の護衛からいなくなったから心配したんだよ」


「なんやエミー、知り合いか?」


「はい。村にいた頃お世話になった恩人です」


「それはこっちのセリフだぜ」


 エッダは人差し指で鼻の下をこすって照れ笑いする。


「また字や計算を教えてくれよ」


「うん、もちろん!」


「まあ積もる話もあるやろうけど、とりあえず出発しよか」


 はしゃいでいたわたしたちであったが、会長の一言で目的を思い出す。そうだ、王都に行くんだった。なら道中お話する時間はたくさんあるはずだ。


「そうだな。話は馬車でしよう」


「うん」


 わたしたちのやり取りを横目で見ていた御者席の冒険者が、やれやれといった感じで手綱を握り直す。


 こうしてわたしたちは馬車に乗り込み、オブリートスの街を後にした。


 街道をしばらく進むと、見晴らしのよい場所に出た。まだ出発して数時間しか経っていなかったが、ここから先は見通しの悪い森になっていつ休憩できるかわからないので早めの昼食を取ることにした。


 天気が良いので、道から少し離れた場所にシートを広げてみんなで座る。気分はピクニックだ。


 エルヴィンが調達してくれたお弁当をみんなでつつきながら、楽しくおしゃべりする。話題はもちろん、わたしとエッダのことだ。


「それにしてもエミーの知り合いやったとは、世の中は狭いなあ」


 シートの上であぐらをかきながら、会長がしみじみと言う。


「エッダは魔王軍と戦争してたんじゃなかったの?」


 チキンを挟んだサンドイッチをはむはむしながらわたしが問いかけると、エッダは「ん~」と口の中のものを急いで飲み込む。


「勇者が現れたんで、あたしらは用なしになったんだよ。だから冒険者に逆戻りさ」


「勇者……?」


 いたんだ、勇者……。まあ、魔王がいるぐらいなんだから勇者だっていてもおかしくないよね。


「なんでもどっかの国が魔王を斃すために別の世界から召喚したらしい」


 エッダの言葉に、わたしは思わず飲み込みかけたサンドイッチを吹き出す。その破片が顔にかかったフィオが「ぎゃあ!」と悲鳴を上げた。


「別の世界から召喚……?」


 げほげほ咽ているわたしに、フィオが顔をハンカチで拭きながらお茶の入ったコップを渡してくれる。


「勇者召喚ってやつやな。どこの国がやったかわかるか?」


 会長の問いに、エッダは「さあ?」と肩をすくめて見せる。


「あたしらはただ、『魔王の件は勇者に任せたから戦争は終わりだ』、でお払い箱よ。それ以上の情報はさっぱり」


「きっと情報統制されとるんやろうな。勇者の情報が魔王軍に漏れへんように」


 意外と高度な情報戦をやっているようだ。て言うか、勇者が現れたという情報はホイホイ話していいんだろうか……。


「冒険者ランクも上がるし、あの戦場はいい稼ぎ場所だったんだけどなあ……。けど、そのおかげでエミーと再会できたんだから、結果オーライかな」


 にこにこ笑いながら、エッダはわたしの頭を撫でる。こうやっていると、あの頃に戻ったみたいで懐かしい。


「ところで、そろそろそちらさんも紹介してくれへんかな」


 会長の言葉に、わたしたちの視線が一箇所に集まる。そこには朝から食事中の今もずっと外套をかぶったままの、もう一人の冒険者の姿があった。


「ええ加減にそれ脱いでくれへんか? 一応雇用主なんやから、護衛の顔ぐらい見ときたいんやけど」


「って言うか、食べにくくない?」


 会長とフィオの意見ももっともだが、当の本人は気にせずサンドイッチを食べている。


 さすがにまずいと思ったのか、エッダが頭を掻きながら説明する。


「あ~……えっと、すまない旦那。コイツに悪気はないんだ。ただその、ちょっと面倒臭い奴なんだ」


「だあれが面倒臭いよ。失敬な」


 それまで一言も口を利かなった冒険者が、突然口を開いた。しかも女性でかなりの美声だ。


「たしかに、雇い主に対して失礼だったのは謝罪するわ。けど、不躾な視線を避けるためにこうしていることは理解して欲しいわね」


 楽器を奏でたような声でそう言って外套を脱ぐと、それまで抑えつけていた布から解放されたのを喜ぶかのように、長い金髪がさらりと流れた。


 そして風になびく金糸の中から、細長い耳がぴんと左右に伸びる。


「え、エルフや……」


 人智を超えた美しさと、永遠とも呼べるような長い寿命を持つ伝説の種族が、この世界には存在する。


 その名はエルフ。ドワーフと双璧を為す、異世界ではおなじみの亜人だ。


次回更新は明日0800時です。

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