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「それよりお二人とも、気がついたのは棚の高さだけですか?」


 気を取り直してわたしが質問すると、二人は周囲を見回す。そして答えはすぐに見つかった。


「何やこれ? 入り口の床に地図が書いてある」


「お気づきになられましたか」


「だから、見たら一発でわかるっちゅうねん!」


「これ、もしかしてお店の地図?」


「そうです」


 お店の入り口には、現代のホームセンターにあるような、店の案内図が書かれていた。商品を分類カテゴリごとに色分けし、どこにどんなジャンルの商品が置かれてあるか一目瞭然になっている。


「しかもこれ、商品が絵で描かれてるから、誰が見てもすぐわかるようになってるわ」


 この世界の識字率は著しく低い。だから商品案内は文字ではなくピクトグラムで描いてあり、文字が読めない人でもわかるようになっている。


「おまけに床にいろんな色の矢印が書かれてて、欲しい商品がある棚へと案内されるようになっとる」


 これは大きな病院などで見られる工夫だ。分類ごとに色分けしてあるので、その色の矢印に沿って歩けば行きたい所にたどり着くようになっている。これならわざわざ店員に尋ねなくても、欲しい商品がある棚が簡単に見つかるはずだ。


「なんやこれ? こんなアイデア見たことも聞いたこともないで!」


「もしかして、これも村長さんの?」


「え? まあ、はい、そうです」


「村長すげえ!」


 ああ、また村長さんの虚像が膨らんでいく……。しかし、本当に便利なキャラだな村長さん。


 村長さんに対して罪悪感を感じていると、店の奥からタミアスがやって来た。


「これは会長、ようこそお越しくださいました。おや、フィオリーノ嬢も」


「フィオリーノ?」


 わたしが首を傾げると、フィオがむっとした顔をする。


「うちの名前や。知らんかったんか?」


「いえ、会長さんがフィオって呼んでいたから、てっきりそっちが名前かと」


 わたしが答えると、フィオは急にそっぽを向いて照れながら言う。


「フィオって呼ぶのは親しい人だけや」


「そうなんですか」


「ま、まあ、どうしてもって言うならあんたもそう呼ばせてあげてもええで」


「かわいい」


「え?」


「何でもありません。でしたらわたしのこともエミーと呼んでください」


「良かったなフィオ。お嬢ちゃんと仲良くなれて」


「べ、別にそんなんやあらへん! からかわんとって!」


「おーそいつは悪かった悪かった」


 会長はにやにや笑いながらフィオの頭をぽんぽん叩いていたが、突然真顔になるとタミアスの方へと振り返った。


「ところで、この店の変わりようやけど、お嬢ちゃんのアイデアってほんまか?」


 会長の問いに、タミアスは神妙に頷く。


「お恥ずかしながら、すべてこのエミーの提案によるものです」


「せやけど、こんな子供の提案をよく受け入れたわね」


 フィオの言葉はもっともである。店が繁盛するためのアイデアなら年齢性別肩書を問わず受け入れると、コンスタンチン商会はすべての系列店でこの制度を実施している。だが実際に責任者が従業員のアイデアを採用するかは別の話だ。


 事実、わたしがいくつかのアイデアをタミアスに提案した時は、鼻で笑われたものだ。


 曰く、店舗は広いほど良いと。


 曰く、棚は高いほど良いと。


 彼には自信があった。何しろ商売人として生きた年数は、わたしの歳の数倍だ。こんな子供に何がわかる。子供は黙って言いつけられた仕事だけをやっていればいい。そんな感じで最初の一週間は聞く耳すら持たれなかった。


 しかし、わたしはただの子供ではない。これでも前世では社会人として、それなりに経験を積んでいた。取引先の会社に出向いて、会議でプレゼンをしたことだってある。まあ、大きな取引を成功させたことはないが。


「私も驚きました。こんな小さな子が、理路整然と大人を説き伏せてきたんですから」


 最初はわたしの話に耳を貸さなかったタミアスであったが、人間の死角の話やらを交えて懇々と説得すればわかってくれた。そしてこうすれば売り上げが回復すると理解すれば、たとえ子供の言うことでも取り入れる柔軟性を彼は持っていた。彼もまた、良い商売人だということだ。


「ひと月でいいから試してくれ。そう言われて半信半疑で店のレイアウトを変えてみたら、これがもう……」


 後は語るまでもない。タミアスが顔をぐるりと巡らせた先には、これまでの閑古鳥が嘘のようにたくさんのお客がいた。皆足元の矢印を頼りに欲しい商品がある棚へと歩き、迷うことなく目当てのものを手にしていく。そこにはかつての不便な店だった名残はまるでない。誰もがストレスなく買い物を楽しんでいる。


「せやけど店の広さを半分にするって、よう決断したな」


 店を広くするために移転したのだ。それを今さら半分にするのは抵抗があっただろう。

だが店の広さもメリットがあってこそだ。デメリットの方が大きければ、広さに拘る理由はない。


「それもエミーに諭されましてね。在庫を管理する手間よりも、お客さんに不便に思われないことの方が大事だと」


 観光地の土産物屋ならまだしも、地域に根付いた店はとにもかくにもリピーターをゲットしなければ話にならない。そのためには、客にネガティブな印象を与えないようにしなければならないのだ。


「八歳児の言葉とは思われへんな……」


「本当に末恐ろしい子ですよ。会長やエルヴィンさんが太鼓判を押すのがよくわかりました」


「ワイもおもろい子やとは思ってたが、ここまでとは思わんかったわ」


 二人して絶賛してくれるのは嬉しいが、それくらいにしていただかないと、隣のフィオの機嫌がそろそろ限界です。


 爆弾が爆発しそうな恐怖にわたしがオロオロしていると、会長は突然両手を叩いて「よっしゃ!」と叫んだ。次の瞬間、わたしの頭をぽんと叩く。


「決めた! 今日からこの子をワイの傍に置いて商売を叩き込んだる!」


「ええっ!?」


「なんやて!?」


 突然の宣言に、わたしだけでなくタミアスとフィオも同時に驚いた。


「こういうのは早い方がええからな。それにお嬢ちゃんは商売人に向いとる。ワイの眼に間違いは無い!」


「そんな、突然そんなこと言われても……」


 いきなり会長自ら商売を叩き込むとか言われても、わたしは務めてまだひと月しか経っていない、謂わば商売のいろはのいの字も知らない素人なのに、いろいろな段階をすっ飛ばされても困る。


 それに、会長直々の教育相手はフィオだとわたしは思う。少なくとも彼女はそのつもりだし、その地位を他人には絶対譲らないだろう。それを突然ぽっと出のどこの馬の骨ともわからない子供に奪われたら、彼女の小さなプライドはずたずたに引き裂かれてしまう。


 厭だ。フィオを傷つけることも厭だし、せっかく彼女と仲良くなれそうだったのにこんなことで険悪になるのは厭だ。


「たしかに会長自らの指導は光栄だし魅力的ですが、それを新参者のわたしが一人だけ受けるのは他の先輩方に申し訳ありません。せめてどなたかと一緒に、というわけにはいきませんか?」


 さりげなくフィオの方を見て、無言で彼女の存在をアピールをする。


「せやな……。せやったら、フィオと一緒やったらどうや? 歳もまあまあ近いし、女の子同士何かと気も話も合うやろう」


 さすが。一瞬でわたしの意図を理解し、満点の答えを出してくれた。相手の欲しい物を瞬時に察し即座に提供する能力は、さすが商会の会長と言えるだろう。


 もちろん、単純にわたしの要求に応じたわけではないだろう。フィオを加えることによって生じる利益と損失を瞬く間に計算し、得の方が多いと判断したからに違いない。


 ともあれ、向こうが譲歩してくれたのならこちらとしてもこれ以上断る必要はない。大商会の会長自ら商売を叩き込んでくれるというのなら、こちらとしても願ったり叶ったりだ。


「わかりました。それでは今日からお世話になります」


 深々と頭を下げると、会長は嬉しそうに指を弾いて鳴らす。


「よっしゃ。ワイの教え方は厳しいで。ビシバシいくから覚悟しときや」


 こうしてわたしは雑貨屋店員見習いから会長の弟子にジョブチェンジした。


次回更新は明日0800時です。

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