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15


 早いもので、わたしが雑貨屋ドムスタベルナに就職してからひと月が経った。


 店長タミアス以外の従業員たちも良い人ばかりで、懸念していた人間関係は今のところ問題はない。


 まあ、八歳の子供を就労させているのはどうかと思わなくもないが、異世界に日本の常識を持ち出しても仕方がない。それに現代でも、子供が働いて(働かされて)いる国はいくらでもある。


 そう考えると、子供でもできる簡単な作業を割り振ってくれるこのお店の人たちは、わたしにかなり配慮してくれていると思う。


 わたしも任せてもらった仕事を一所懸命こなし、わずかではあるが彼らに信頼されるようになった。そうして徐々に仕事の量と難易度が上がる代わりに、少しばかりの発言権を得ていた。


 とはいえ、このひと月の間にわたしはすでに店長にいくつかの提案をしている。しかも幸いなことに採用され、それなりに効果があったようで、ひと月前は閑古鳥が鳴いていたこの店にお客が戻りつつあった。


 こうしてすっかりお店に馴染み、仕事にも余裕が出てきた今日この頃、わたしがお店の前を掃除していると見知った顔が現れた。


「よっす、元気か?」


「あ、会長。こんにちは」


 ひと月ぶりに見るコンスタンチン会長は、相変わらず飄々としている。目を糸のように細くして人懐っこく笑う姿は、とてもこの街一の商会の会長とは思えない。


 だが見た目に騙されてはいけない。商人というものは、どれだけ人が好さそうに見えても油断してはならない。特に成功している商人は、人の姿をした鬼なのだから。


「店の前の掃除か? 精が出るなあ」


「これがわたしの仕事ですから。それより会長、今日はどういったご用件で?」


「ああ、ちょっと雑貨屋の様子を見に来たんや。それと――」


 そう言って会長が体をひょいとずらすと、背後からフィオが現れた。


「こいつがお嬢ちゃんが気になってしゃあないらしいから、連れて来たった」


「ちょっ!? お父ちゃん、余計なこと言わんといてえやっ!」


 顔を真っ赤にして怒るフィオだが、わたしが見ているのに気がつくと「べ、別にあんたが心配やから見に来たわけやないんやからね!」とそっぽを向く。あ~ツンデレだ~。イメージ通りで安心する。


 思わずほっこりしそうになるのを堪えて真面目な顔をすると、会長がお店の方をじっと見ているのに気付いた。


「どうかしましたか?」


「いや、なんか店の雰囲気が変わったような……」


「そう? うちは特に何にも思わんけど」


 どうやら会長の洞察力は娘には遺伝しなかったようだ。いや、元より店の外側は何も手を付けていないのだから、見ただけでわかるはずもない。それを雰囲気だけで違和感を覚える会長の方が凄いのだろう。


「何がどう変わったかは、直接ご覧になればわかると思いますよ」


「せやな。ほな中を見させてもらおうか」


 わたしは掃除を切り上げ、二人を店に案内する。中に入った途端、会長は違和感の正体に、フィオは純粋に店内の様子に驚いた。


「これはまた、えらい派手に変えたなあ……」


「お気づきになられましたか」


「こんなもん、誰かて気づくわ! 棚の高さが半分になっとるやないかい!」


 会長の言った通り、それまで天井に届かんばかりの高さだった棚は、今や人の目の高さになっている。そして今まで光を遮っていた棚が低くなったおかげで外の光が充分に入り、薄暗かった店内が嘘のように明るくなっていた。


「確かに。けど変わったのはそれだけではありませんよ」


「ほんまかいな」


「はい。実は店の広さも半分にし、残りは仕切りを作って倉庫にしております」


「半分? せっかく広い店に移転したのに、何で半分にしたんや?」


「広けりゃいいってもんでもないんですよ」


「どういうことや?」


「この店は、広さを持て余していたんですよ」


 二人同時にどういうことや? という表情をする父娘に、わたしは思わず吹き出しそうになる。それをごまかすように咳払いをする。


「会長は、この建物が以前は倉庫だったことをご存じですか?」


「もちろん知っとるで。タミアスと一緒に物件を探したのはワイやからな」


「では元からあった棚が再利用されいることは?」


「いや、それはタミアスの判断やろ。この店の店長はあいつやからな。店をどう運用するかは、すべてあいつに任せてる」


「なるほど」


「それより、どういうことなんかさっさと説明してや。うちにはさっぱりわからんわ」


 せっかちなフィオにせっつかれ、わたしは前振りを切り上げる。


「このお店にお客が来なかった理由は、お店の広さと棚の高さだったのです」


「広さと棚の高さが? どうして?」


「会長は、ハシゴを使って商品を取らなきゃいけない店に行きたいと思いますか?」


「思わんなあ」


「うちも厭や」


「この店はやたら広い上に、商品が高い棚の上の段までぎっしり置かれていました。そのせいでお客さんは欲しい商品を探し回らなきゃならなかった上に、せっかく見つけてもハシゴまで使わされたのです。この不便さでは、お客さんは次回また来ようとは到底思いません」


「まあ、そうやな」


「物を置いておくだけ、もしくは頻繁に動かさない倉庫なら棚の高さは関係ない。むしろ空間を最大限に利用するために目いっぱい高さを取るでしょう。しかしお店となったら話は別です。広すぎる敷地と高い棚はむしろマイナスでしかないんです」


「せやけど、店も商品はできるだけ多く置きたいやろ。せやのに広さと棚の高さを半分にしたら、その分置ける商品の数も減るやないか」


 せやせや、とフィオが合いの手を入れるが、わたしはきっぱりと「それは間違いです」と否定する。二人は声を揃えて言う。「なんでや?」と。


「高い所にいくら商品を置いても、お客さんには見えないんですよ」


 一般的にスーパーマーケットなどは、客の目線の高さより上に商品を陳列しない。何故なら、人は自分の目線より上には注意がいかないからだ。つまり、客が見ない所に商品を置いても無駄でしかないのだ。


「掃除をする時によく言われませんでしたか? まずは目線より高い場所から掃除を始めろと。あれは先に上の方から埃を落とした方が効率が良いだけじゃなくて、普段見落としがちな場所から掃除をしろってことなんですよ」


「へ~、知らんかった」


「いや、お前は知っとけよ。女の子やろ」


「こんな豆知識に男も女もあるかいな」


 娘に反駁され、父親もそれはそうかと納得する。知識に老若男女は関係ないのだ。知っている人は子供の時から知ってるし、知らない人は死ぬまで知らない。知識とはそういうものである。


「これは、誰のアイデアなんや?」


「……わたしが店長に提案したものです」


 わたしが控えめに右手を挙げて答えると、二人は「は~……」と大きく息を漏らす。


「――と言っても、人から教わったことを転用しただけなんですけどね」


 田舎の子供がこんな知識を持っているのは怪しいので、慌てて付け加える。


「お嬢ちゃんは誰からこんなん教えてもろたんや?」


「え? 誰にって、えっと~……」


 しまった、そこまで考えていなかった。慌てたわたしは、以前思わず口をついて出た言葉を繰り返す。


「そ、村長さんに……」


「また村長さんか。お前んとこの村長さんは凄い人やな」


 うう……また会長の中で村長さんの株が上がっていく……。もし実物に出会ったら嘘がばれてしまうので、絶対会わせないようにしなければ……。


次回更新は明日0800時です。

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