14
店長タミアスの案内で、雑貨屋ドムスタベルナの店内を見て回る。
天井や壁には明かり取りの窓が多数あるが、立ち並ぶ棚に日光が遮られて影になっている場所が多い。その影が、客のいない店内を鬱蒼とさせるのに一役買っている。
まるで棚の森の中を歩いているような気分のわたしに、タミアスが訊いてきた。
「どうだい、この店は?」
「すごく大きいです」
「そうだろう。この店はこの街で一番、いや、王都にだってここより広い店はないからね」
「そうなんですか」
「けど、この有様じゃあねえ……」
恵比寿様のような顔を少し寂しそうにして笑うタミアスに、わたしは「そうですね」とも言えず黙るしかなかった。
その沈黙を察したのか、タミアスは「何か質問とかある?」と話題を仕事へとシフトした。
「えっと……」
正直、気になることはいくらでもある。だがいきなりここで全部質問するのは、いかにも子供らしくない。そう、ちょいちょい忘れがちだが、今のわたしは八歳の子供なのだ。あまり小生意気なことを言って不評を買うと、この先この店に居づらくなる。仕事を辞める原因の多くが、人間関係なのだ。悪くしないためにも、言動には今まで以上に慎重にならないと。
とりあえず、当たり障りのないことを訊いておこう。
「あの、このお店の棚ってすごく背が高いですよね。上の方の棚にある商品って、どうやって取ればいいんですか?」
「ああ、それはね、ハシゴを使うんだよ」
何だそんなことか、といった感じのタミアスの反応に、わたしは満足する。そうそう、こういうのでいいんだよ。こういうので。
しかし、これみよがしに棚にハシゴがかけてあるのでわかってはいたが、ハシゴか……。面倒すぎる……。そりゃ客も来ないでしょう。だってハシゴだよ。わざわざハシゴ使って商品取らされる店なんて、誰も行きたがらないよね。わたしだって行きたくない。って言うか、ハシゴ使わなきゃ取れない高さなんて、下から見たら何が置いてあるかわからないよ。明らかに棚の大きさ間違えてる。
見えてる地雷だとわかってはいたものの、その破壊力にうんざりしてしまう。これは、大々的なレイアウト変更が必要かもしれない。そのために今から探りを入れるわけではないが、とにかく気になっていることを訊いてみた。
「このお店ってもしかして、在庫も全部あるだけ並べちゃってるんですか?」
「そうだよ。これなら在庫が残りどれだけあるか一目でわかるから便利でしょ。私のアイデアなんだ」
「どうして……」
「この建物はね、元は倉庫だったんだ。だから元からあった大きな棚をそのまま使えるんじゃないかって思ってね。そしたら案の定、店の在庫が全部並べられたんだ」
「You bastard……」
「え?」
呆れと怒りが限界を突破し、思わず英語で罵倒する。いけない、自分を抑えないと……。
何とか理性を取り戻し、当たり障りのない質問をいくつかする。それに対しタミアスが答えるうちに、夕方になった。
「それじゃあ今日は初日だから、これくらいにしておこうか。明日からよろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げたところで、重要なことを訊き忘れているのに気づいた。
「あの、ところでわたしは今夜からどこで寝泊まりすれば……?」
そうだ。いきなりエルヴィンに連れて行かれ、コンスタンチン商会でテストを受けさせられたりとあれやこれやがあったせいですっかり忘れていたが、わたしは今日、住み慣れた家や村を離れて遠いこの街に着いたばかりだ。つまり、住むところが無いのである。
わたしの問いにタミアスは、
「ああ、そうそう言い忘れてた」
と、両手をぱんと叩いた。
「この店の二階が従業員の居住スペースになっていてね。ちょうど一部屋空きがあるから、エミーはそこに入るといいよ」
「あ、はい、わかりました」
まさか従業員用に部屋があるとは、意外にも福利厚生がしっかりしている。というか、わたしが務めていた会社よりよっぽどホワイトではなかろうか……。いや、過去を振り返るのはよそう。
それよりも、明日からは晴れてこの雑貨屋ドムスタベルナの一員である。販売業は経験がないので、頑張って一日でも早く仕事に慣れなければ。
タミアスに案内され、従業員用の階段を上がって二階へ。
二階は、コンスタンチン商会の建物に似て長い廊下があった。片側には窓のついた壁、反対側には扉が並び、恐らくその扉の向こうが従業員が寝泊まりする部屋なのだろう。廊下の中央は扉はなく、その先には広い部屋があり大きなテーブルや椅子がいくつかある。タミアス曰く食堂兼台所で、普段は休憩するための部屋だが簡単な料理ならここで作って食べられるそうだ。
二階を一通り案内し終わると廊下に戻り、ある扉の前で立ち止まる。ドアノブには鍵が刺さったままになっているのでピンと来た。
「今日からこの部屋が、きみのだから」
そう言ってタミアスはドアノブから鍵を引っこ抜き、わたしに渡す。
「これが鍵ね。一応責任者なので私もスペアを持っているけど、滅多なことじゃ使わないから心配しないで」
「わかりました」
タミアスからもらった鍵を使って扉を開く。中は四畳半ぐらいの大きさで、簡素な木の机と小さな箪笥、それにベッドが置いてあった。まさに寝るためだけの部屋といった感じだが、雨風が凌げて寝るところがある上に個室なんてわたしには天国みたいだった。
色々あったが、これでわたしの人生の目標である『玉の輿に乗る』ための計画が一歩進んだ。ちなみに第一歩は読み書きを覚える。次がどうにかして村から出る。そして今は貴族や王族とのコネを持つ、の途中である。
道のりは果てしなく長いが、とにかく一歩ずつやっていこう。まずはこの店で働きながら、商売のノウハウを覚えつつ人脈を築く。そうしていつかは大商人になり、貴族や王族御用達になる。そうすれば高貴な誰かがわたしを見初めてくれるかも。
なんて夢みたいなことを思いながら、わたしはベッドに飛び込んだ。お店の強烈な負のインパクトと、それをどうすれば改善できるのかと考えるだけで頭が痛いせいで食欲が無い。とりあえず今日はもう寝よう。
慣れない枕に顔を埋めながら呟く。
「明日から仕事か~……」
生前のわたしだったら気が滅入る言葉トップクラスだったが、今は不思議とわくわくしていた。
次回更新は明日0800時です。




