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 エルヴィンに連れられてやって来たのは、石造りの二階建ての建物だった。一階は奥が倉庫で前部は馬車ごと荷物を搬入できるようになっており、二階は事務所のようだ。


 ちょうど今商品を納入している馬車があった。荷台には木箱がいくつかと樽が並んでいて、従業員と思しき若い男性が手に持った紙束と荷を交互に見て確認をしている。


 わたしたちがその横を通ると、エルヴィンに気づいた男性が会釈をする。


「お帰りなさい、エルヴィンさん」


「おう。留守中変わったことはあったか?」


「特に何も。……ところで、その子は?」


 男性に不審な目で見られ、わたしは思わず背筋を正して気をつけの姿勢をとった。


「こいつは後で皆を集めてから紹介する。それより会長は戻られたか?」


「はい、先ほど」


「そりゃ良かった。おい、ついて来い」


 そう言うとエルヴィンは、さっさと奥へと歩いて行く。


 二階へと続く階段を上ると、そこは薄暗い廊下だった。木や革など様々な商品の臭いが混ざった独特の臭気が鼻を刺激するが、掃除が行き届いているのか不衛生な感じはしなかった。


 事務所独特の雰囲気に緊張しているわたしをよそに、エルヴィンは迷いのない足取りでずんずんと歩いて行く。


 やがて一枚のドアの前に立つと、三回ノックをする。この世界にもノックする習慣があるんだと感心していると、中から「入れ」とややイントネーションの異なる返事がした。


「失礼します」


 一言断って中に入ると、そこは執務室のようだった。10㎡ぐらいの室内には、客用の椅子とテーブル。壁には大量の本や台帳がぎっしり詰まった大きな棚が左右に一つずつ並び、その奥にはいかにも偉い人が仕事してますよといった感じの重くて丈夫そうな木の机が置かれている。声の主は、その机で書類に目を通していた。


「おお、エルヴィンか。久しぶりやな」


「お帰りなさい、会長」


 会長と呼ばれた椅子から男性は立ち上がると、エルヴィンに歩み寄る。身長は同じくらい高いが、がっしりしたエルヴィンと比べるとこちらは細長い。エルヴィンは眉も髭も濃く太く堀も深いアラブ系の顔だが、こちらは目も眉も細く全体的にのっぺりしていてキツネ顔だ。おまけに言葉の発音が関西弁みたいなのも影響して、こてこての大阪商人みたいな印象を受ける。


「商談はどうでした?」


「まあぼちぼちってところや。ところで、そのお嬢ちゃんはなんや?」


 会長が眉をひそめて「まさかお前の隠し子か?」と問うが、エルヴィンは「まさか」と軽く流す。その時、ドアの向こうで何か物音がしたような気がした。


「こいつはさっき、集団身売りしてきた連中から引っこ抜いてきたんですよ」


 人を大根か何かのように言わないでほしい。だが密かに腹を立てるわたしとは裏腹に、エルヴィンはご機嫌だ。


「引っこ抜いたって、こんな小っさい子を? もっと他にええ奴おらんかったんかいな」


「いやいや、こう見えて掘り出し物ですよ。なんとこいつ、読み書きと計算ができるんですよ」


「ホンマかいな」


 露骨に疑いの眼を向ける会長。そりゃどう見ても農民の子が以下略。


「お嬢ちゃん、いまいくつや?」


「あ、えと、八歳です」


「ほう、話がホンマやったら大したモンやな。うちの子でも、字を覚えたんはもっと後やったからな」


「お嬢はたしか、十歳でしたね」


「あの子は覚えが悪かったからなあ……」


 はあ、と会長が溜息をついた瞬間、大きな音を立ててドアが開かれた。


「お父ちゃん、エルヴィンさんの前で恥ずかしいこと言わんといてよ!」


 怒りながら部屋に入って来たのは、わたしより少し年上に見える女の子だった。


「フィオ? お前、また立ち聞きしとったな? やめろ言うたやろ」


「そんなことはどうでもええねん! それよりもお父ちゃん、うちのどこが覚えが悪いって!? 人聞きの悪いこと言わんとって!」


 会長をお父ちゃんと呼ぶということは、このフィオと呼ばれた少女(幼女のわたしが言うと滑稽だが)は彼の娘なのだろうか。そう言われると目の細さとか顔立ちが似ている気がする。


 若草色のワンピースに、七分丈のレギンス。上品より活発が勝つ格好だが、お転婆に見えないのは長く艶やかな髪をツインテールにしているせいか。目元にうっすら残ったそばかすを差し引いても、美少女と言って差し支えはないだろう。


「人聞きが悪いもナニもあるかいな。七歳から読み書き習い始めて、モノになるまで三年もかかったやろ。ワイがガキの頃は二年で覚えられんかったらボンクラやミソッカスや言われて近所でも馬鹿にされたもんや」


「そ、そんなんうちのせいやない。お父ちゃんの教え方が悪いんや」


「アホ、自分のできの悪さを人のせいにすな」


「アホ言うもんがアホです~」


 異世界で関西弁の親子喧嘩が見られるとは、なかなか感慨深いものがある。それにしてもこのフィオという子、ツンデレが似合いそうだな……などと考えていると、会長が突然わたしに向かって問いかけてきた。


「そうや、お嬢ちゃんは読み書きを覚えるのにどれぐらいかかった?」


「はい?」


 突然風向きが変わり、わたしは慌てて妄想を中断する。


「い、一年ぐらいです」


「ほう、そらえらい優秀やな」


「そんなん嘘に決まってる! って言うか、なんなんこの子!?」


 フィオに言われてようやく根本的なことに気づいたのか、会長が親指で自分の顔を指しながらわたしに問う。


「ワイはこのコンスタンチン商会の会長、コンスタンチンや。ところでお嬢ちゃん、お名前は?」


 その言葉に、今さらながら名前を訊いていないことに気づいてはっとするエルヴィン。


 そういえば、訊かれてなかった。


次回更新は明日0800時です。


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