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 牧場を訪れたわたしを、ハクラクは快く迎えてくれた。話があると言うと管理棟の中に案内され、二つしかない椅子の一つを勧められる。


 断るのも悪いので従うと、テーブルを挟んでわたしの前にハクラクが座った。イッコの椅子はわたしが使っているので、彼女はベッドの上に腰掛けて足をブラブラさせている。


「おかげさんで、もう魔獣に馬が殺される心配をせずに済むようになった。本当にありがとう」


「いえいえ、そういう約束ですから」


 わたしがそう言うと、ハクラクは申し訳なさそうな顔をする。


「魔獣を斃す代わりに馬を卸してくれという約束だったが、牧場の今の状態だといつ卸せるかわからん。かなり待たせることになって心苦しいが、それでもいいかのう」


「今日はその件でお話に参りました」


 わたしはテーブルの上に革袋を置いた。どさり、といかにも重そうな音がする。


「どうぞ、損害補填にお使いください」


 ずい、と目の前に押し出された革袋を、ハクラクが開く。中を見た途端、老人の細い目がいっぱいに開かれた。


「こ、こんな大金、どうして……」


 金貨の詰まった革袋を手に、ハクラクが震える声を上げる。


「そのお金はあくまで融資です。回収できないと判断したら、わたしは即座に貴方たちとの契約を破棄します。どうかそれをお忘れなきように」


 わたしは努めて淡々とした口調で告げる。ここで下手に情や憐憫を臭わせると、頑固そうなハクラクのことだ、融資を断るかもしれない。


 だがこれだけのお金があれば、減った分の馬を買い足すだけでなく、もっと増やすことも可能なはずだ。そうなると二人だけでは手が足りなくなるので、新たに従業員を雇わなければならないだろう。だとしても充分な金額だ。


「これだけあれば、王都に出稼ぎに出てる息子夫婦を呼び戻せる」


「え?」


 てっきりイッコの両親はもう……と思っていたのだが、単に牧場の経営を助けるために夫婦で出稼ぎに出ていたのか。いや、健在で良かった。本当に良かった!


「じゃあお父さんお母さんとまた一緒に暮らせるの?」


「ああ、また家族で一緒に牧場をやろうな」


 そう言って喜ぶ孫の頭を撫でるハクラクは、初めて見るような優しい顔をしていた。


「うん!」


「何から何まで、本当にありがとうございます」


「ありがとうございます」


 老人と孫に心からの感謝を告げられ、思わず頬が緩みかける。だがまだ笑ってはいけない。わたしは計算高い経営者を演じなければならないのだ。


「先も言いましたが、これは融資です。必ず返済してもらいますし、回収の見込みが無いと判断した時は今ある馬を全部売ってでもお金を作ってもらいますから覚悟しておいてください」


「はい、わかっております。この老体に鞭打ってでも、ご期待に副ってみせます」


「あたしも頑張ります」


「では、わたしはこれで。良い馬を育ててくださいね」


 わたしが椅子から立ち上がると、ハクラクは「必ずや」テーブルに額をつけるように頭を下げる。それを見たイッコも真似をして頭を下げた。


 扉を開けて管理棟を出る。しばらく歩いてから振り返ると、扉の前でハクラクとイッコがまだこちらに向かって深々と礼をしていた。





 馬の脂の入手経路を確保したわたしは、意気揚々とティターニア家の屋敷に帰還した。


 大きな鉄柵をくぐって前庭に入ると、庭木を剪定をしているガードナーと遭遇した。


「お帰り、嬢ちゃん」


「ただいま戻りました」


 ガードナーは剪定鋏を閉じると、思い出したように言った。


「そう言えば、嬢ちゃんに頼まれていた花。今朝咲いてたぞ」


「本当ですか」


 わたしはガードナーに案内され、庭の外れにある小さな花壇にやって来た。


「こいつらだ」


「わあ……」


 花壇には、小さな白い花が綺麗に並んで植えられていた。


「この間相談してからそう時間も経ってないのに」


「この花は植えてから咲くまでの期間が短い。だがその分花としてはパッとしなくてな。用途としては花束の嵩増しみたいな扱いだ」


「手がかからずすぐ咲くなんて、わたしとしてはこっちの方がありがたいんですけどね」


「庭師としちゃあ張り合いがないんだがな」


「やっぱり薔薇みたいなのが好みですか?」


「そこは人それぞれだな。温室でしか咲かないようなのをやりたがる奴もいるし、木に接ぎ木をするのに人生賭けてるような奴もいる」


「庭仕事って奥が深いんですね」


「なあに、好きでやってるだけだよ」


 そう言うとガードナーは花壇の前にしゃがみ込む。


「それで、こいつらどうするんだ? 花びらが要るとか言ってたから、収穫して次の奴を植えておこうか?」


「もう次のが植えられるんですか?」


「種取るためにいくらか残すが、土さえ良ければこいつは冬までに何度も植えられる」


「そうなんですか。では花びらだけいただけますか」


「わかった。後で摘んでまとめておくから取りに来てくれ」


「お願いします」


 ガードナーに礼を言って別れると、わたしは屋敷へと向かう。


 これで香料の素材は集まった。後はどうやって香りを抽出するか、だ。


 さて、どうしたものかねえ……。


次回更新は活動報告にて告知します。

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