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翌日。
あたしとリリアーネは、エミーに言われた通り北の森近くの牧場へと向かった。
木の柵を超えてからも延々と歩かされ、うんざりした頃にようやくみすぼらしい小屋が見えてきた。きっとあれがエミーの言っていた管理棟だろう。
「あれか」
「きったない小屋ね」
扉をノックすると、白髪の老人が出て来た。
「なんじゃい、あんたらは?」
老人はじろりとあたしらを睨む。顔は骨ばっているくせに、目だけはやたらぎらついていて、『獣人とエルフが何の用だ』と言っているようだった。
「あたしらはエミー商店から来た冒険者だ。詳しい話を聞きに来た」
あたしとリリアーネが冒険者ギルドのギルド証を見せると、老人は急に顔から険が取れ、呆気にとられたようにあたしらの顔を見た。
「なんだよ、じいさん?」
「……いや、まさか本当に来るとはな」
「まあ、気持ちはわかるわ」
リリアーネがしみじみと頷く。ま~あたしだって立場が違えば、あんな小さなガキが店長とか信じないしな。それが言った通り冒険者を二人も寄越してくるとは、夢にも思わないだろう。
「立ち話もなんだ。中に入ってくれ」
老人に言われ、あたしたちは小屋の中へと入った。
小屋の中は、外見と同じくみすぼらしかった。小さなベッドが二つに木のテーブルと椅子が二脚。どう見ても羽振りが良いようには見えなかった。
「改めて、よく来てくれた。わしはハクラクだ」
「あたしはエッダ、こいつはリリアーネ」
「それで、何が訊きたい?」
老人は木の椅子に座るが、残る椅子は一脚なのでどちらが座るとも言い出せずあたしらは立ったままだ。
「とりあえず、被害はどんなものだ?」
「そうだな。二十日ほど前に一頭やられて、それから四五日おきにやられ続けた。どれも大人の馬で、出荷が近いのから狙ったように襲っていきやがる」
「やられた馬の状態はどうだったの?」
「それはわからん。その場で殺した後住処に持って帰ってるようで、血の跡はあっても死体が残っとらんのだ」
死体が残っていれば、傷跡からどんな魔物にやられたか推測できるかもしれなかったのだが、持ち去られてしまってはそれができない。
だが、それでもわかることはある。要は視点を変えるのだ。
「だったら死体を引きずった跡はあったのか? 血の周りに足跡は? 何か気づいたことは無いか? 何でもいい」
あたしの問いに、爺さんは腕を組んで考え込む。やがて結論に至ったのか、両手で膝を叩くとすっくと立ち上がった。
「わしが話すより、実際見てもらった方が早いだろう。来てくれ」
どうやら現場に案内してくれるようだ。あたしたちはじいさんの後に着いて小屋を出て、現場へと向かう。
向かった先は厩だった。広さは馬が十頭は入れるほどだ。牧場の広さにしたら少ないだろうが、年寄りにはこれでも持て余すくらいだろう。
「ここだ」
ハクラクが案内してくれたのは、破壊された厩の壁だった。
太い丸太で組まれた壁は、もの凄い力で薙ぎ払われたかのように無残に破壊されていた。しかも何度も穴を塞いだ跡があるが、その上からさらにぶち壊されている。何度目かで直すのを諦めたのか金が尽きたのか、今は風通しのいい第二の入り口になっている。
「侵入経路はここか」
「ああ。何度塞いでもここから入って来やがる。恐らく味を占めたんだろうな」
「向こうからしたら、ここはただの餌置き場ね」
壁の穴から厩の中に入る。中は一頭ごとに休めるように仕切られているが、今は外に放しているのか姿が見えない。その代わりに奥で何やら作業をしている子どもの姿が見えた。
「じいさん、アレは?」
「あれは孫のイッコだ。老いぼれ一人じゃとても手が回らんでな、手伝ってもらっておる」
「へー、じいさん孫なんかいたんだ」
「おいイッコ!」
ハクラクが大声で呼ぶと、イッコは手にしていた農具を置いてこちらに駆けて来た。
イッコはエミーより少し年上の少女だ。長い黒髪を編んで一本の三つ編みにし、麦わら帽子を被っている。
「なに、おじいちゃん?」
「こちらは馬泥棒を退治してくれるために来てくれた冒険者さんだ」
「え、退治してくれるの!?」
「ああ、そのために調べたいことがあるそうだから、協力してやってくれ」
「わかった。あたしで良ければ何でも言って」
「それじゃあ一番最初に被害に遭った時のことを教えて」
「あれは――」とイッコは当時を思い出すように視線を上に向ける。
最初の被害はハクラクの証言と同じ二十日ほど前。深夜に馬の悲鳴のようなものを聞いて不審に思い、イッコは厩に向かった。
厩に着くと壁には大きな穴が開いており、明らかに異常事態であった。イッコは祖父を起こそうかと考えたが、中の確認を優先した。
何かが襲いかかって来るのではないかという恐怖に耐えながら、ランタンの頼りない光で厩の中を点検していると、出荷を控えていた馬の房が空になっているのに気付いた。
他の馬も被害に遭っているのではと確認したが、いなくなったのは一頭だけで、他の馬は何かに怯えてはいたが無事だった。
「それから数日おきに馬がいなくなっていったの」
「完全に目をつけられてるな」
「毎回馬が姿を消していたの? その場で食べずに?」
「うん。毎回一頭ずつ、もうすぐ出荷するのだけ選んだかのように持って行くの」
「馬ってそうとう重いだろ? 引きずった跡とか、多数の足跡とか残っていなかったか?」
「ううん。引きずった跡はなかった。けど足跡はあったよ。すごく大きいのが」
そう言ってイッコは両手で足跡を再現しようとする。それは、とてもまとま動物の大きさではなかった。
「魔獣だな。決まりだ」
「しかも馬をひょいっとお持ち帰りできる大きさのね」
「あんたら、何とかできるのか?」
「ま、店長に何とかしてくれって頼まれてるからな。何とかするさ」
と言っても、相手が出て来てくれないことにはどうしようもない。かといって森に入ってあてもなく探すのは効率が悪い。ここはやはり、待ち伏せか。
「イッコ、最後に馬がやられたのはいつだ?」
「えっと、四日前かな」
「ってことはそろそろ来るな」
「やだ。あーしらってタイミング良すぎじゃない?」
「何日も張り込みする手間が省けたな。おいじいさん」
「何だ」
「ここの干し草、ちょっと借りるぜ」
そう言うとあたしは、馬の寝床用に山積みされた干し草の上に寝転ぶ。
「そんなとこに寝っ転がって、どうする気だ」
「馬は深夜にやられてるんだろ。今から仮眠して夜に備えるんだよ」
「やあねえ。今から寝たら生活が乱れてお肌が荒れちゃう」
「諦めろ。冒険者ってそんなもんだろ」
「因果な商売ね」
溜息をつくと、リリアーネも隣の干し草に寝転がった。
「まあ、あんたらに任せたから何も言わんが……とにかくよろしく頼む」
そう言って立ち去るハクラクに、あたしは手をひらひら振って見せる。
やがて隣でリリアーネの寝息が聞こえてくると、あたしの意識も眠りへと落ちていった。
次回更新は活動報告にて告知します。




