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 いつものように夕食後、居間の暖炉の前でゴロゴロしていると、エミーが神妙な顔をして近づいてきた。


 どうせまたろくでもないお願いだろうと思っていると、やっぱりあたしの予想は当たっていた。


「あのさ、エッダ。ちょっと話があるんだけど」


 またかとあたしは睨むが、エミーはわずかも表情を変えず真っすぐこっちの目を見てくる。どうやらただのわがままではなさそうだ。となると、こちらも居住まいを正さねばなるまい。


 起き上がって座り直したあたしの前に、エミーも座る。セイザという座り方で、以前真似したら足が痺れて往生した。


「話って何だ?」


 エミーが言うには、王都の北の森近くにある牧場が魔物の被害に遭って困っている。そこで自分が問題を解決する代わりに、安く取引してもらうという約束を取り付けたらしい。


「というわけで、魔物討伐の依頼を出したいの」


「その魔物ってどんなだ?」


「わからない。けど馬を何頭も食べるようなやつだから、たぶん魔獣だと思う」


「詳しく聞かせろ」


 エミーは今日牧場で聞いた話をあたしに語った。王城の外で北の森の近くと言えば、ついこの間あたしが冒険者ギルドから頼まれたオーガキングの討伐が頭に浮かんだ。


「もしかすると、オーガキングのせいで森を追われたはぐれの仕業かもしれないな」


「はぐれ?」


「魔獣もあれで結構知恵が回る。ヒトの縄張りに入って家畜を襲えば、そのツケは自分らに回ってくるってわかってるはずだ。それでもそうせざるを得なかったってことは、あいつらの縄張りの中で何らかの異変があったって考えるのが妥当だ」


「何らかの異変ってなに?」


「例えば序列の更新だ」


 オーガキングが現れたことで、北の森のボスが入れ替わった。そうすると元ボスはボスの座を追われて行き場をなくし、食いっぱぐれる。やがて飢えに負けて森の外のヒトの領域までやって来て家畜を襲った。そう考えると辻褄が合う。


 じゃあそもそもオーガキングはどこから来たんだよって話になるが、そんなことは考えてもわからない。考えてもわからないことは、考えないに限る。それよりも目の前の依頼だ。


「ということは、馬泥棒の犯人は元北の森のボス?」


「だとすると、その辺の冒険者じゃあ荷が勝ち過ぎるな」


 あたしはエミーの頭に手を置き、髪の毛をくしゃっと崩す。


「お前は運がいいな。ちょうどここに、その辺の冒険者とは比べ物にならない腕のいいのがいるぜ」


 あたしがにやりと笑って言うと、エミーの表情がぱっと明るく輝く。


「で、報酬は?」


「とりあえず金貨一枚。後は獲物を買い取りに回した分で上乗せする」


「よし乗った」


「だったら――」


「ちょっと待った!」


 いきなり話に割り込んで来たのは、さっきまでソファでだらけていたはずのリリアーネだった。


「魔物討伐の依頼? だったらあーしも一枚噛ませなさいよ」


「あ? エミーはあたしに依頼してんだよ。ぐうたらエルフは引っ込んでろよ」


「厭よ! 最近ろくな依頼がないから懐が寂しいのよ。この間の仕事は大変だったわりに実入りが少なかったし。だいたい何でアンタだけ立ってるだけで大銀貨一枚なんて美味しい仕事もらってるのよ!」


「それはお前が寝込んでたからだろ」


「あーしにも何か美味しい仕事を頂戴!」


 リリアーネは「ねーねーお願ーい」とエミーの首に腕を回してねだる。一00年近く生きたエルフが8歳児におねだりする姿は、滅多に見られるものじゃないだろう。特に見たいとも思わないが……。


 エミーは少し考えると、「わかった、リリアーネさんも協力して」と駄エルフを雇ってしまった。


「やったー!」


「おいおい、こんな奴雇ったところで金の無駄だぞ」


「うるさいわね野良猫。ところで、報酬は本当にさっき言った通りなのよね?」


「うん、倒した魔獣によっては報酬が増えるから頑張ってね」


「でもチビッ子、あんたのコロッケ屋ってそんなに儲かってるようには見えないけど……」


 疑うような目でリリアーネが見ると、エミーはフフンと鼻を鳴らす。


「大丈夫。この間王城から大口注文が来たし、何よりこれから売る商品はかなりお金になるはず。だから二人に払う報酬は謂わば先行投資。すぐに回収できるから問題なし」


 何だかずいぶん不確定要素が多いが、まあエミーが言うのだから間違いはないだろう。あたしは今まで何度もこいつがとんでもないことを実現させてきたのを見ているのだから。


「だったら安心して仕事ができるわね」


「フン、あたしの足引っ張るんじゃねーぞ」


「誰に向かって言ってるのよ。アンタこそあーしの邪魔するんじゃないわよ」


「二人ともケンカしない。仲良くできないなら、この仕事は冒険者ギルドに持ち込むからね」


「何バカなこと言ってんだよエミー。あたしら昔っから大の仲良しだよな」


「そうよチビッ子。あーしらほど仲の良いコンビは世界中探してもいないわよ」


 あたしとリリアーネは笑顔で肩を組み、エミーに向かって仲良しをアピールする。


「それじゃ、明日牧場に行って詳しい話聞いておいてね」


 そう言うとエミーは、ふわぁと大きなあくびをしながら自分の部屋へと戻って行った。最近、朝早く起きて何かしているから眠いのだろう。ガキのくせに大人より忙しい奴だな。


「おい、いつまでくっついてんだよ。離れろ」


 エミーがいなくなったので、あたしはまだ肩を組んでいるリリアーネの腕を振りほどいた。


「何よ、あーしだって別にやりたくてやったんじゃないんだからね」


「わーってるよ。好きでやられたらたまったもんじゃねえや」


 あたしはこれ見よがしにリリアーネが腕を回していた方の肩を手で払う。


 さて、明日は屋台の後ろで黙って立つ必要がなくなったのは良かったが、またぞろコイツと一緒ってのが気に食わないな。


 その反面、言いようもない安心感を覚えている自分自身に腹が立つ。


 ったく、明日はどうなることやら。


次回更新は活動報告にて告知します。

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