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プロローグを含め、実質100話になりました。

まだまだ続きますので、どうか応援よろしくお願いします。


 店をフィオに任せて、わたしは貴族用石鹸の材料を探す。


 とりあえず、コロッケを揚げる油を卸してもらっている油屋に行ってみよう。あそこなら古今東西の油が集まっているはずだ。さすが王都。


「ごめんください」


「いらっしゃい。あら、コロッケ屋のお嬢ちゃん」


 油屋に入ると、幸運にも面識のある女将さんがいた。彼女とは油の定期購入の契約時に面通ししたし、代金の払いで何度も会っている。


 女将は四十代後半だが、見た目は実年齢より十歳は若く見える。きっと油で肌のツヤが良いせいだろう。しかしこの人にもエミー商店がコロッケ屋と認識されているのはちょっとショックだ。


「今日はどうしたの? お店はいいの?」


「お店は相棒に任せてきました。今日はちょっと、ご相談したいことがありまして」


「そうなの? じゃあちょっと待ってね。奥でお話しましょ」


 そう言うと女将は、店内にずらりと並んだ油樽の間を掃除をしていた若い男性に指示を出す。男性はすぐに奥に引っ込んだ。


「それじゃ、こっちに来て」


 女将の後について、わたしも店の奥に入る。


 店の奥は帳簿などをつける帳場になっているようで、一段高くなった床には帳場机が置かれていた。


「それで、相談って何?」


 女将は帳場に腰掛けると、わたしに隣に座るように手で床をぽんぽんと叩く。素直に私が隣に座ると、先ほど女将に何か言われていた男性がさり気なくお茶を出してくれた。


「はい。実は――」


 わたしは女将に石鹸の材料について説明する。


「肌に塗っても害の無い油ねえ……」


「貴族の女性は肌のお手入れに香油を使ったりしませんか?」


「ああ、そういうのもあるね。うちは食用油しか扱ってないけど、同じ原料ならあるよ」


「どういうものですか?」


「オリーヴァの油だね。料理にも使えるけど、肌に塗って保湿することもできるから貴族様からの注文があるよ」


「ちなみにお値段はどれくらいですか?」


「モノによりけりだね。三級品ならわたしらみたいな庶民でも買えるけど、一級品になると小瓶でも金貨十枚はくだらないってものがあるよ」


「上を見たらきりがないですね」


「ま、そこは貴族様だからね」


「他にもありますか?」


「うちでは扱ってないけど、馬の脂も美容に使われるね」


 馬油なら、わたしの世界にもあったものだ。馬の脂肪はヒトの皮脂によく似ているから、肌に良いとか何とか。


「なるほど、馬ですか。ちなみに馬の脂ってどこで手に入ります?」


「馬肉を扱ってる肉屋ならあるんじゃない? 気になるなら商業ギルドに行って調べてもらうといいよ。あそこは登録してある店の主な商品を記録してあるから、頼めば探してくれるはずよ」


「それは知りませんでした。貴重な情報ありがとうございます」


「最悪冒険者ギルドに行って依頼を出せば、野生の馬を狩って来てくれるかもしれないね」


「野生の馬ってこの辺りにいますかね?」


「小ずるい悪党がその辺の馬を盗んで、さも捕まえて来ましたって顔をするかもしれないね」


「ダメじゃないですか」


 わたしがツッコむと、女将は「冗談だよ」とからから笑う。


 それからお茶を飲みながらいろいろと話を聞いたが、結局候補に残ったのはオリーヴァの油と馬油だった。ただし石鹸の本命はオリーヴァで、馬油は保湿クリーム的なものが作れないかという理由での選別だ。


「参考になりました。ありがとうございます」


「オリーヴァが必要なら、是非ともうちに注文しておくれよ」


「はい、その時は必ず」


 わたしは女将に礼をすると、油屋を後にした。


 次に向かうは商業ギルドだ。女将が言っていた通り、馬肉を扱うお店が無いか訊きに行こう。


 油屋から少し歩くと、懐かしい建物が見えてきた。まあ懐かしいと言っても、ここで登録してからまだひと月も経ってないんだよなあ。


 というわけで、わたしは受付に馬肉を扱っている店を訊いた。


 すると王都で馬肉を扱っているのは一軒だけで、王都の外にある牧場であった。商業区に店舗が無いのは、常に馬肉が卸されているわけではないからだそうだ。わたしは詳しい牧場の場所を訊き、直接交渉するために訪れることにした。


 立哨する衛兵に会釈して大きな外壁の門を抜けると、一面の麦畑が広がっていた。実りの秋にはまだ早く穂が緑なので、黄金色の風景というわけにはいかないが、見渡す限り麦畑というのはなかなかに壮観だった。


「これ全部粉にしてパンを焼いたら、いったいどれくらいになるんだろうなあ」


 などとくだらないことを考えながら北に向かって歩いていると、麦畑が途切れて木の柵が現れた。柵の中も広大で、遠くで数頭の馬が自由に駆けている。


「あそこが牧場か」


 遠くに厩とは違う小屋があった。きっとあそこが管理棟なのだろう。もうずいぶん歩いて来たのだが、ここからさらに歩かされるのかと思うと少しげんなりする。ただでさえ最近栄養が足りていないのに、これ以上カロリーを消費させられると倒れるかもしれない。


 だが文句を言っても始まらない。わたしは重い足を懸命に動かし、小屋へと向かった。


「ごめんください」


 木の扉をノックする。少し間があって扉が開くと、そこには真っ白な髪をワンレングスにした老人が立っていた。


「何だアンタ、どちらさんだ?」


「突然の訪問申し訳ありません。わたし、エミー商店の店長エミーと申します」


 わたしが挨拶すると、老人は子どもがいきなり来ておかしなことを言い出したぞみたいな顔をする。


「あ、ふざけてないです。わたし本当に店長なんです」


 慌てて懐から商業ギルドのギルド証を出して見せると、老人はようやく話を聞く気になってくれたようだ。


「わしはこの牧場の持ち主のハクラクだ。それでエミーさん、今日はどういった御用かな?」


「わたしの店に馬の脂を卸してほしいのですが」


 すると老人――ハクラクは少し悩むように眉間に深く刻まれた皺を中央に寄せた。


「何か問題が?」


「実はな、今うちは馬を卸していない……いや、卸せないんだ」


「ほいほい卸せないのは理解しています。卸せる時でいいんです」


「そうじゃない。卸したくても卸せないんだ」


 そう言うとハクラクは事情を説明してくれた。


「最近、馬が魔物に襲われ続けて減っているんだ。これ以上減ると繁殖にも影響が出て、牧場の存続に関わる」


「それなら冒険者ギルドに魔物討伐の依頼を出したらどうですか?」


「うちにそんな余裕は無い」


 被害額が大き過ぎて、そこまで手が回らないらしい。しかし金が無いからと手をこまねいているうちに被害はもっと大きくなり、やがて牧場を存続できなくなるだろう。ジリ貧だ。


 わたしとしても、王都唯一の馬牧場が経営破綻するのは困る。どうしても馬の脂が必要なのだ。


「わかりました。その魔物、うちで何とかしましょう。その代わり――」


次回更新は活動報告にて告知します。

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