第14話:視点【ルナ】
「あんた、いったい何しに来はったん?」
暗闇の一角。
ルナはヴァンパイアにして第三のホムンクルス―—エルミナを前にし、明らかな拒絶の言葉を受けていた。
言動もそうだが、本当に腹立たしい顔だ、とルナは思う。
しかし、セラフィナに言われたことを思い出し、苦虫をつぶしたような顔になりながらも、なんとか冷静をたもち話を続ける。
「セラフィナ様のご命令よ。協力しなさい」
「セラフィナ様のご命令やて? うちとあんたが? ほんまにそうおっしゃったんかいな?」
「……たぶん……そうよ」
「……たぶんってどないことやの? ほんま、あんたはいつもせっかちやなあ。それに、あんたは前に一度うちの邪魔してはるし。もう一回邪魔するんやったら、もう許しまへんよ」
エルミナが鋭く睨みつけるが、ルナも引くわけにはいかない。
「この前はクラリス姉様が事情説明してくれはったけど、うちはまだ完全には納得してへんわ」
「……あの時は悪かったわ」
ルナは腸が煮えくり返りそうな気持を抑えこみながら答える。しかし、これもセラフィナ様のため、と気持ちを落ち着かせた。
「へぇ、あんたもようやく自分の非を認めるようになりはったんやな。ええわ、それでセラフィナ様はなんて?」
「……私とあんたで、セラフィナ様を有名にするのよ」
「はぁ? そりゃ有名にしはるけど……なんでうちが手伝わなあかんのよ。うちは裏方——奈落の瞳を使うて、セラフィナ様の素晴らしさを広めるんが仕事やろ? あんた一人でやりや」
ルナは内心で舌打ちをした。なんでこんなに言われてまで……いや、しかし、と考えなおす。ここでエルミナと協力し上手くことを運べば、セラフィナ様はさらにルナを重用してくれるだろう、と。
今でもSランクの冒険者として重用してくれる兆しを見せてくれている。それがさらに盤石になるのだ。もしそうなったら、歯噛みをするのはエルミナだ。
「……セラフィナ様のご命令に背く、と?」
今度はエルミナが心底嫌いなやつをみるような目つきでルナを見る。しかしエルミナとしてもセラフィナの命令に逆らうわけにはいかなかった。エルミナはルナに対しては嫌だという気持ちを隠すつもりがないらしい。
「はぁ……ほんまやろなぁ? まったく、なんでうちがあんたと組まなあかんの? でもセラフィナ様のご命令やったら、仕方あらへん。セラフィナ様も酷なことしはるわぁ」
「セラフィナ様は……私とあんたが、いつまでも仲が悪いことにご不満を感じているのよ。確かにお互いセラフィナ様の一番でありたい……愛されたいというところは譲れない。でも、その感情はおいておいても協力できる道を探してほしい……そういう意味を込めて、今回のことを仰ったのよ」
「セラフィナ様は、そこまで考えはったんやな……そやったら、頑張るわ」
その言葉にエルミナの態度が軟化するのを見て、ルナは内心で勝利の笑みを浮かべた。
(これで協力は確定した。あとは作戦を成功させるだけ。ふふ、やっぱりセラフィナ様の隣に立つのは私ね)
ルナはそう心の中で思いながら、軽く頷いた。
「で、具体的にどない協力したらええんや?」
「奈落の瞳を使って、この街の危機を演出するのよ」
「《《うちの組織》》を使って?」
「そう、そしてその危機をセラフィナ様が打ち倒すことで、冒険者としての格をあげ――セラフィナ様と言う存在を世に知らしめるのよ」
「……それくらいは想像つくけど……その危機ってやつをどないしたらええんか聞いてるんやけど?」
エルミナの問いに、ルナはそれくらい考えたらどうなの、と思うが、セラフィナ様に任されているのは自分なのだ、と言い聞かせる。
「《《冒険者ギルドの生きの良い二人》》、どうせあんたの組織の者なんでしょ? 手に組織のマークがついていたわ」
「手にマーク、生きのええ……ああ、ギルド長とアレクシスのことやな?」
「そ、あの二人がセラフィナ様に無礼を働いているわ。それに私たちの手に入れたアーティファクトを狙っている……そこを利用するのよ」
ルナの言葉にエルミナは瞬時に理解した。同時に目を見開き顔を青くする。自分の組織の者がセラフィナに無礼を働くなど、組織の長として失格。そう、これはエルミナに対しての恩情でもあったのだ。
セラフィナは既にこの事実を知り、受け入れ、そしてその汚名を晴らすチャンスを与えているのだ。ただ有名にするだけではない。ギルド長とアレクシス、この二人を処分する形で有名にしろ、と。
エルミナはルナがなぜこのことを持ち掛けてきたのか、すべて理解した。
「気づいたようね」
「……ようわかったわ。あの二人はうちの方で有効利用する形で処理しはるわ。そうやなぁ……魔物暴走でも起こしはりますわ」
「それだけ?」
「……はぁ、わかったわ。最後にうちも出る。ヴァンパイアの力、使うて絶望感を演出しはれば、セラフィナ様も英雄扱いや」
「ちゃんと負けなさいよ」
「……うちがセラフィナ様に勝てるわけないやろ……はぁ、うちはセラフィナ様と戦うんやなくて、愛されたいんや」
エルミナの顔が悲しそうな顔をしているが、ルナは満足げにうなずいていた。
「それじゃあ私は行くから」
「待ちなはれ……あんたは何をするんや?」
「私は計画を立て、当日セラフィナ様を立てる……それが仕事よ」
「……はぁ、わかったわ。今回はうちの落ち度や……次はその位置、うちがもらうで」
「せいぜい頑張りなさい」
ルナが来た時とは真逆――エルミナが歯噛みをする。その様子を見て、ルナは満足げにその場を去るのだった。