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第7話 『なんだかドギマギする……』

 そんなこんなでジムとの気まずい練習を終えた、翌日。

 目下の2人がどうとう最後の一線を超えていた。


 教室の引き戸をガラリと開けたあたしは、そこで硬直する。ノックスが腕を伸ばして、隣に座るアカネさんの肩を抱き寄せている。目を凝らすと、一応勉強はしているらしい。教科書やノート類は机の上に広げられている。だが本当にそれを使って勉強しているのかという一抹の疑問が残る。心の中では、2人でもっと別の勉強をおっぱじめたいと思ってるんじゃないの?


「…………」


 ショックで棒立ちになっていた。あたしは知らぬうちに取り落としていた鞄を拾い、持ち上げる。その途中、教室後方にずらりと並んだそれを目にした。


「ハートぉ~!!」


 胸の前で手を合わせ、瞳を潤ませる女子勢一同。彼女たちの目に浮かぶのは同情の視線というよりか、もはや殉教者のそれである。あたしが教祖の新興宗教団体を今からでも始められそうな勢いだった。


「や、やめて」


 思わず、ズサッと一歩後退する。しかし女子勢は連結してささささと教室の隅を通ってムカデみたいに近づくと、逃げ場を塞ぐように四方から囲んできた。そして頼んでもないのに揉みくちゃに抱きしめてくる。


「むぐむー!!」


 こうしてあたしは婚約者を取られた憐れな令嬢として、始業のチャイムが鳴るまで女子勢に抱擁されまくったのである……。


 とまあ、そんなこんなで地獄のような授業時間を終えて、放課後。

 あたしはノックスとアカネさんが図書室を向かうより先に、教室を出た。


 正直に言おう。この空気耐えがたし。なんと言ったものか、婚約破棄モノの少女小説のヒロインを見るような目で周りから見られている気がする。教室全体に、フィクションの出来事が現実に起きたような、どこか浮ついた感じがある。


「いやま、同情してくれるのはうれしいんだけど……」


 複雑な気持ちが溜息とともにこぼれる。

 もし当事者じゃなかったら、あたしも彼女らの輪の中にいたんだろうか……。


 扉を開けると、そこには脚本を熟読するジムの姿があった。


「あ、来たんだ……って、なんで隠れてんの?」

「い、いやその……」


 扉の影からおずおずと身を現すと、後ろ手で引き戸を閉める。

 昨日の今日で気まずい。あたしは早口になって言った。


「じ、ジムってば今日も早いね~? 良きかな良きかな」


 あはは~と笑いつつ頭を掻いていると、ジムが首を傾げる。


「そう? 今日はむしろ遅い方でしょ」

「そうだったかな~?」

「変なハート。それより練習しようよ」


 促されて、まずはルーティンの声出しから始める。ジムの声の張りも、大きさも、だいぶ改善されてきた。昔観た恋愛歌劇の役者さんと比べても遜色ない。元々身体は大きい方だし、声の響かせ方のコツを掴んだんだろうか。


「OK。いい感じになってきたじゃない」

「お褒めに預かり光栄です、姫」

「ひ、ひひひひ姫!?」


 ズサッと距離を取るあたしと、そんなあたしを不思議そうに見るジム。


「ごめん。冗談のつもりだったんだけど……気に障った?」

「い、いや、そんなことない、ですわよ?」

「慣れないことはするもんじゃないね。もうしないから」


 サラリと謝って、ジムは再び脚本の熟読に戻る。

 対してあたしの心臓はまだバクバクいっている。


 昨日から、あれからなんか変だ。ジムに迫られたのは演技なのに、こんなに動揺するなんておかしい。たしかに顔は良い。正面から見たとき美青年過ぎて息を呑んだのも否定しない。でも、ジムだぞ? 5年前にはあたしの後を泣きながら着いてきた従弟の弟分。男としてなんてとても……。


「ハート」

「は、はいいっ!?」


 大声で返事して、シャキッと背筋を伸ばしてしまった。

 そんなあたしのリアクションを見て、ジムも驚く。


「ごめん、考えごとの途中で声かけちゃったかな」

「いや、そんなことは……用ってなに?」


 平然アピールして水を向けると、手にしていた脚本を下ろしてジムがこちらに向き直った。


「この練習を始めてもう随分経つけど、そっちの状況はどうなのかなって」

「そっちの?」

「ノックス王子と、ええと……」

「アカネさんだね。2人の今の関係を知りたいんだ?」


 こっくりと頷きが返ってくる。たしかにあんまり説明してなかったな。


「傍目から見て、だいぶ進展してると思う。あたしだけじゃなくて、クラス全員から見てもデキてる感じっていうか。もはや公然の間柄っていうか」


 お蔭であたしの肩身たるや猫の額より狭いわけだけど……。

 あたしはあたしに群がる朝の信徒たちの姿を思い出してゲッソリした。


「タイムリミットは近い感じ?」

「見立ていつ来てもおかしくない感じだね。あたしってば、明日にでも婚約破棄されちゃうかもね」


 たはは~と笑って、頭を掻いて照れたりなどしてみたのだけれども。

 ジムは真剣な表情を浮かべて、あたしのことをじっと見ていた。


「ハートはそれでいいの?」

「うん? どゆこと?」


 今さら決意の確認か? ジムから言ってくるのは意外なんですけど。


「ノックス王子とは、小さい頃からの婚約者でしょ。いずれは婚姻を果たすため、それなりの時間を重ねてきたはずだ。そんな相手をぽっと出の女の人に取られて、本当にハートは諦められるのかなって思って」


 ふだんは弱腰なジムの癖に妙に詰めてくるなあ、とは思う。

 でも真剣に言ってくれてるみたいだし、あたしも真面目に返そう。


「そりゃあなにも思わなくはないよ。一応、あたしもノックスとは結婚すると思ってたし。でも親の決めた婚約だから。あらかじめ決まってた運命だって、昔から割り切ってた部分もある。今回のは、それがなかったことになるだけかな」


 男の友人を失って少し寂しい、けど耐えられないほどじゃない。

 今のあたしの心情を冷静に俯瞰してみたら、きっとそういうことになる。


 ジムはあたしの言葉を吟味するだけの時間を取ってから、こう言った。


「ごめん、用事があるの思い出した。今日はここまででいい?」

「うん……えっ? なんでそんな急に?」

「本当にごめん。でも、本番じゃ絶対に上手くやるから」


 机の上に置いた鞄を引っ掴み、有無を言わさず室内から出ていく。

 あたし、なにか怒らせるようなことを言ってしまったんだろうか?

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