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第6話 『感情演技とその評価』

「おはよ~」


 と教室に入ってまずすることは、バカップルの確認である。予想違わず、今日もノックスの席でイチャついている。


 自分ごとだけど、最近は目に余るということもなくなってきた。なんと言うか、自然? イチャついてる状態があまりにデフォだから、段々となにも感じなくなってきたというか。朝顔が朝に咲いててもそれは普通っていうか。まあ心の大事な部分が麻痺ってきてるだけかもしれないけど。


 異変らしい異変は、教室の後方からやってきた。女子勢の中から代表と思しきクラスメイトが歩み出て、席に座るあたしの手を両手でひしっと握りしめた。


「気を強く持ってね。あたしたちみんな、ハートの味方だから!!」


 涙ながらに訴えると、教室の後方で他の女子勢がうんうんと同調する。中にはハンカチを手に目元に浮かんだ涙を拭ってる子までいる。どうやら、あたしはすっかり彼女らの同情対象になってしまったらしい。


「クラスの腫れ物、負けヒロイン……」


 扱いとしてはそんな感じだ。ウゲっとなる。

 この立場から一刻も早く抜け出さないと……。


 授業が終わると、2人はまたしても図書室に消える。あたしもあたしで行き場所がある。「ハート、よければこれからみんなでお茶しない?」といった女子勢の生温いお申し出を丁重に固辞し、演劇クラブの部室に赴く。


「は~」


 重い溜息を吐きつつ戸を開く。そこに美貌の青年が立っていた。


「うぎゃぁっ!!」

「う、うわっ!!」


 悲鳴とともにずさっと後退るあたしに驚き、その男性も尻餅を突いた。

 い、いったい誰だこの人……あ、なんだジムじゃないか。


「驚かさないでよぉ~。いるならいるって言って!!」

「えぇ……外の状況なんてわからないでしょ」


 立ち上がり、お尻をはたくジムの前髪の一部がさらっと垂れる。

 なんと言うか、変な色気を振りまかんでもらいたいのだけど。


 心臓を落ち着かせてから歩み寄ると、ジムは少し凹んでる様子だ。


「どしたの? なんかあった?」

「いやさ、なんか今日はクラスでやたら浮いちゃってる気がして……」

「あー、そゆこと」


 あたしとしては、さもありなんと言った感じだ。


 魔法研究科に在籍する生徒はオタク男子が10割。そんな中、ある日突然自分たちと同類だと思っていたクラスメイトが垢抜けてやってきたのだ。そりゃあ警戒もする。出し抜かれたって思う。


「やっぱり髪型、少し変なのかな?」

「逆でしょ」


 髪を引っ張って気にするジムにそう言って、練習に入った。

 5分程声出しをさせてみる。うん、最初とは雲泥の違い。


「それじゃあ今日は、ホン無しでやってみようか」

「え? いつもみたいな朗読じゃなくて?」


 キョドるジムに、あたしは手に持つ脚本をひらひらとさせて見せた。


「本番はこんなのないからね~。声の張りと大きさは随分と良くなってきたし、そろそろ本番を見据えた練習してかないと」


 ということで、あたしはジムの正面に回って脚本を取り上げる。

 そして向き合ったまま、少し離れた場所まで後退した。


「じゃ、やってみて」

「やってみてって……」

「あたしのことをノックスとかアカネさんだと思って演じるのよ」


 ジムが目を閉じる。そして開いてあたしを見る。

 おお、一丁前に演技用のモードに入ってる感じだ。


「今日はお2人に話があってここに来た。どうか俺の話を聞いてくれないか」

「うん、聞く聞く~」


 キリッとしていたジムの表情が解けて、だらんと緩まった。


「合いの手よ。なかったら話が先に進まないでしょ?」

「お願いだからもうちょっと緊張感ある感じでやってくんない?」

「却下。どんな状況でも満点の演技ができるようになりなさい」

「えぇ……」


 気を取り直して、続き行ってみよう。


「俺は、ハートのことを愛してしまった。この思いはもう、胸の内に留めることなんてできない……」


 やや前傾し、実際に胸に手を当て、くっと苦しげに下方に視線を逸らす。

 脚本に書いてた動きを上手く踏襲できてる。教え方が上手かったのかな?


「この胸に宿る愛の炎はもう消えそうにない。ノックス王子、どうか俺に美しき姫を愛する権利をお譲りいただけないだろうか」

「はいカーット!!」


 のっけのセリフはこれで全部だ。ジムがほっとして演技モードを解く。


「噛んだり間違ったりしてはいないと思うけど、どうだった?」

「そうねぇ……表面的にはいい感じだと思うんだけど」

「けど?」

「なんか薄っぺらい」


 どよんとするジム。ひょっとして褒められると思ってた?


「う、薄っぺらいって、具体的にはどんな感じで? 僕、割と上手くできてたと思うんだけど」

「具体的にって言われると表現が難しいんだけど、あえて言うなら感情が乗ってない感じ?」

「随分とファジーな感想だね……」


 うーんと考え込むジムに、あたしからひとつアドバイスを提供する。


「一番怖いのは、これが嘘だってバレちゃうこと。経緯的には、ノックスとアカネさんがあたしに婚約破棄を仕掛けようとしてる状況で、先にあたしとジムで婚約破棄を仕掛ける。あんたがあたしの本当の恋人じゃないって2人にバレたら、あたしは未来永劫物笑いの種になって、悪い意味で学院の伝説になっちゃうでしょ。それだけは避けたいの」


 バッドエンドの条件を提示して、ジムが理解を示したところで本題。


「だから、あんたには迫真の演技をしてもらわなきゃ困るのよ。セリフを噛んだり、間違わなかったりすればいいわけじゃない。ある程度本物の感情を乗せた演技で、言葉に説得力を持たせてほしいの」


 説明を終えると、ジムはまだ混乱の極みにいる感じだ。

 

「感情演技か……そんなのどうしたら」

「実際にあたしに恋してみたら?」

「えっ!?」


 なにをそんなに驚くことがあるんだろう? 演技法の話なのに。


「もちろんずっとじゃないよ。期間限定の恋人みたいな感じであたしを認識して、実際に婚約破棄を突きつけてる気分で演技しろってこと」

「ああ……そういうことか」

「できそう?」


 水を向けると、ジムは心底困った顔をした。


「難しいな。ハートのことをそういう風に見たことはなかったから……」


 なんでちょっと寂しそうな顔になってるんだろう。

 まあいいや、できないなら代案を考えないとね。


「無理そうなら、昔のこと思い出すのはどう? いつも遊び相手になってくれる美人で賢い親戚のお姉さんが、誰かに取られそうになってるみたいな感じで」

「美人で賢い……自分のこと盛りすぎぎじゃない?」

「盛ってない。で、どうなの」


 むむっと顔を近づけて是非を問うと、ジムの瞳に少し光が戻る。


「それなら、できるかもしれない」

「やった! それじゃあ最初からもう1回やってみようか!!」

「ハート」


 所定の位置に戻る途中で、呼び止められる。


「立ち位置なんだけど、今度は一歩分前でやらせてくれないか」

「別に構わないけど……」


 なにかジムなりの考えがあるんだろうか。とりあえずあたしは言われた通り、ジムとの距離を近めに取った。


「いつでもいいよ」

「それじゃあ、始める」


 ふうっと息を吐いて、ジムが目を伏せる。

 ゆっくりと目を開いていき、その瞳があたしを見つめた。


「……俺は、ハートのことを愛してしまった」


 え?


 トクン、と胸が高鳴った気がした。澄んだエメラルドグリーンの瞳があたしを見ている。胸の内に秘めた想いを押し殺すように、どこか苦し気な光を湛えている。


「この思いはもう、胸の内に留めることなんてできない」


 ジムが胸に手を当てる。本当にそこに思いがわだかまっているように。長い間抱え続けたそれは限界を迎えて、決壊を迎えるしかない。


「この胸に宿る愛の炎はもう消えそうにない。ノックス王子、どうか俺に美しき姫を愛する権利をお譲りいただけ――」

「きゃああああっ!!」

「ぐふっ!?」


 パシーン、と一際盛大な音がした。


 気づくとジムが宙に浮いていた。きりもみ回転して、地べたに叩きつけられる。


「うわっ!? じ、ジムごめん!!」

「ててて……なんだよいきなり……?」


 ジムは張られた頬を擦って、半泣きになって起き上がる。

 駆け寄ると、あたしはしゃがんでジムにぺこりと頭を下げた。


「さっきの僕の演技、そんなにひどかった?」

「い、いや別にそういうんじゃなくて……良かったと思う」

「じゃあなんでぶったの」

「ええと、それは反射っていうか、真に迫ってたからというか……」


 しどろもどろになって痒くもない頬を掻いていると、ジムは地べたに胡坐をかいて鼻息を漏らした。


「感情演技、ちゃんとできてたってことでいいんだよね?」

「えっと……それはもう、グッドで~す!!」


 親指をサムズアップし、てへぺろとばかりに舌を出すあたし。

 あー、心臓がまだバクバクいってる。上手く誤魔化せてたらいいんだけど。

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