あなたが必要なのよ
暗く、静かな暗闇の中で目が覚めた。
周りに音はなくじめじめとした据えた空気が充満している。
身体を動かそうと力を込めても——動かない。
口も猿轡をはめられていて、話すこともできない。
ああ、そうか。僕は捕まったんだったね。首をゆっくり巡らせてあたりを見る。
ほのかな明かりもない完全な闇だ。人の気配の一つもない。
あれからどれくらい経ったのか。
ぼんやりする頭を、働かせて、ここに来てからの事を——思い出す。
ルーナリアが捕らえられたと聞いて、抵抗する威勢を抑えられたあとに僕は何かしらの術で眠らされた。
たぶん……スキルだと思う。
それからここに運ばれたのだけれど。
僕を待っていたのは分かりやすい拷問官とあの時のお姫様——名前はルミネールシアだったかな。
彼女は僕にスキルの返還を要求してきたんだ。
返そうと思っても返せるような便利なスキルじゃないと説明したのだけれど、僕が隠していると感じたんだろうね。
ルミネールシアの主導の下、拷問が行われた。
初めは僕の指の爪を剥いだり、皮を剥いだり、指を落としたり——とにかく痛いってやつ。
スキルの【鎮静】と【痛覚遮断】がなければ泣いていたかもしれない。
これが効果なしと分かるや——香による薬物漬けにしようと方向転換したようだった。
甘ったるいにおいの後から喉の痺れで呼吸がうまく出来なくて苦しかった。
どんどん目とかが見えなくなって嗅覚もおかしくなって、こんな残酷な毒があるんだって初めて知った。
とはいっても——【魔力再生】を使って全て元通り。
拷問官も、ルミネールシアもドン引きしてたなあ。
足を落としなさいッ!ってキレキレお姫様が喚きたてて、数人がかりで僕の体を滅多切りにしようとしてきたけれどそれも無駄。
【金剛力】で全身を硬化させれば刃も通らないよね。あのゴブリンキングの斬撃だってはじき返せたわけだしね。
ああ、それから一切如何なる責めも受け付けなかった僕に飽きたのかルミネールシアは何処かへ行ってしまった。
てっきりルーナリアを連れてきて、脅しをかけてくるかと思ったのに。いまだにその気配はなかった。
——目の前で無事を確認できたのならその場で拘束を引きちぎって助け出せたのに。
(はあ、どうしようかな)
暇だし、ステータスでも確認しようか。
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鳥田 賢生 年齢【17歳】 性別【男】
適正ジョブ 【公正と均衡の神ノーノリカの使徒】
ステータスレベル 21→40
筋力 2800→8000
体力 5600→12000
魔力 11200→25000
知性 120→400
総魔法力量 8400→18000
所持スキル
【合成】エクストラ スキルや道具を合成できる。成否に関わらず元になった素材は消滅する。
【スキル簒奪】ワールドエンド 素手で触れた相手からスキルを奪う。スキルは選べず、同じ相手から3時間は奪えない。
【隠ぺい】スペシャル
【精査:解析】エクストラエンド ※スキル進化——解析対象の更なる情報を表示可能。
【異世界召喚】ワールド 異世界から人、物を呼び出す。
【潜影】エクストラ 陰の中を移動する。
【金剛力】エクストラ 一定の魔法力量を担保に身体能力を著しく強化する。
【魔道拳】スペシャルアーツ 魔力を込めた拳から拳圧を放つ。
【王権】ワールド 王たる証。
【投擲】×12 投擲アクションに上方補正。
【身体能力強化】1 身体能力を消費魔法力に応じ強化させる。
【筋力上昇】1 筋力を消費魔法力に応じ強化させる。
【硬質化】1 皮膚を消費魔法力に応じ硬化させる。
【魔力発気】1 体表から魔力の膜を勢いよく発する。
【槍術】×3 棒術系の武器スキルとの親和性向上。
【基礎魔法術】×1 地水火風と無属性魔法の初期魔法を扱える。
【鎮静】精神的な鎮静効果。喜怒哀楽の感情が乏しくなる。
【魔力再生】消費した魔法力に応じ傷を治癒する。魔物のスキル。
【暗視】 夜目がきく。
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わあ。あのゴブリンキングを倒したらとんでもないことになったね。
やっぱりこれって数値が人外超えてるんじゃないかな。ルミネールシアも攻撃が通らない僕を見て『きっしょ……』って去って行ったし。
【金剛力】の数値は魔法力1000で倍って感じで、今の総魔法力量なら無茶をしたら17倍まで使えるっぽいね。
チートだね、チート。
このステータスならとりあえずはしばらく怖いものはなさそうだよね。
となれば、目下の目標はルーナリアの安全と脱出だね。
とりあえずルミネールシアが戻ってくるのを待つのも面倒だし、こちらから行こうかな。
——【金剛力】。とりあえず五倍くらいで発動する。
バキンッ!と拘束具を引きちぎって猿轡を外す。
「あー……顎痛い。ぺっ!ぺっ!」
汚い布突っ込むとか辞めてよね。
スキル【暗視】を使って視界を確保する。
見事に汚い地下牢だ。
周りは石壁で、出口の扉は鉄製だ。
手で圧してみたら鈍い音と共に壁ごと扉が外れた。
「建付け、悪いね」
それなりの音を立てたけれど衛兵なんて来ない。シーンとしていた。
ここは王都の地下牢とは別の場所なのかもね。
障害がないならそれでいい。上へ上へ向かうとしよう。
◇
しばらく無人の地下牢を進み、らせん階段を上ったりしていると灯が見えてきた。
どうやらようやく誰かと出会えるみたい。
「本当に役立たずね。ローハン」
「面目もありませんや。まさかルーナリア様を取り逃すなんざ、部下たちも腕が落ちましたわ」
「他人事ね、まあ、もういいわ」
上で話しているのはルミネールシアと暗殺者のローハンであるようだ。
ルーナリアを逃がした?ということはやっぱり捕らえてすらいなかったってことか。
———よかったぁ。
彼女がひどい目にあっていないかが一番気がかりだったんだ。
でもそうじゃないなら、遠慮はいらないよね。
階段をゆっくり上る。
「ローハン。任を解くわ。どこへなりとも行きなさい」
「あっさりですなぁ。まあ、仰せのままに——殿下」
仲間割れかな。でも関係ないね。
とりあえずさっさとここを出て街へ戻ろう。
徐々に光と声がが近づいてきた。
登り切ればそこは古びた城——その大広間だった。
「迎えに行こうかと思っていたのに……自分で出てきたわけ?化け物ね。貴方を繋いでいた鎖は竜種ですら縛るのだけど?」
その中心部でルミネールシアがこちらを見て立っていた。先ほどまで話していたローハンはもういない。
僕を見る表情は嘲るようで、どこか悲しげで——諦観的だった。
どうしてそんな顔をしているのだろうか。僕に殺されると思っているのか。たぶんそうなんだろうな。
崩落した天井の間から月明かりが差し込んで彼女を照らす。
金糸のような美しい髪が風で僅かに揺れる。
「ルーナリアさんは捕まえられなかったんだね」
「残念だけれど」
「僕としては嬉しい話だね」
「はっ……!憎たらしい限りだわ。貴方さえ私のスキルを奪わなければこんなことにならなかったのに」
思わず、胸が痛んだ。確かに彼女の力を奪ったのは、僕だ。
それは———そうかもしれないけれど。という言葉は飲み込んだ。
彼女からしたら確かに僕はただの簒奪者だ。
だとしても、ルミネールシアが僕とルーナリアの命を狙ったのは間違いないことだ。
彼女は僕がスキルを盗んだってことを知る前から、僕を殺すつもりだったのだから。
「君も僕を殺そうとしなければよかったんじゃないかな」
「そうね、それが一番の失策よ。ちゃあんと飼いならしておくべきだったわ」
ルミネールシアはその長い髪を指でくるくるいじりながら、その薄氷のような水色の瞳を僕に向けた。
心なしか——艶っぽい。
月光が落ちた彼女の素肌は透き通るようで、底冷えするような美しさを感じさせた。
「ねえ、今からでも私を愛してみない?あなたが必要なのよ」