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会談の後——運命の足跡


 僅かに傾いた日が西の空へと降りていく頃まで、グイード氏との会談は続いた。

 ローグウェン辺境伯への手紙の内容を決め、ケンセイが戻った後の立ち回りなどの細かい取り決めを行った。

 手紙は私の魔力で王印を記載した。内容はギルドからの魔物討伐依頼を装っており、ギルド内で使っている符丁をちりばめたという。

 私にはよくわからないけれど。

 

 これからの事だけれど、依頼から戻ってくるであろうケンセイを伴ってローグウェン辺境伯統治の要塞都市〈ローグウェン〉へと向かうことになった。

 明日の朝いちばんでグイード氏が用意してくれる早馬で直行する手はずになっている。

 それまでは目立たないよう宿にこもっていることを推奨された。


 いくつかの串焼きと果実の飲み物、ニシンの包み焼きを買い込んで部屋に向かう。

 その道中——大通りから内側の道に入ったところでどうしても我慢が出来なかったから歩きながら串焼きをほおばった。


「ん、おいひ」


 焼きたてのお肉からあふれ出る油がたまらない!

 城での食事はいつも冷めたものだったし、効かないとはいえ毒が入った料理なんて気分的にも美味しいとは思えなかった。

 こんな食べ方してるところは人に見せられないわね。

 

「もし、お嬢さん」

「もひゃあ!?」


 心臓がはねた。んん、心臓が痛い。

 急に背後から声を掛けられて変な声が出ちゃった。


「ああ、驚かせてすまないねぇ」


 聞こえてきたのは少女の声だった。少し変わった口調だけれど。

 串焼きを咀嚼して飲み込んだ後、声の主に向きなおって返答する。


「むぐむぐ……っ。っと何か御用かしら?」

「うん、やはりね。数奇な運命もあったものさね」


 声を掛けてきた少女は長い灰金髪を垂らし、質素でゆったりとした服を着ていて、落ち着いた雰囲気を持っていた。

 幼さと老齢の風体が違和感を持たせる。


「すこし店によって行かんかね?」

「え……店?」

「ほれ、そこだよ」


 彼女が指さした先——私の背後、路地の一角に古ぼけた看板を下げた小さな建物があった。

 看板にはやや掠れた文字で『ローゼス魔法道具』と書かれていた。


 魔法道具——鉱石や薬草などを用いて作られた便利道具。

 ステータスとスキルを育て、強くなる世界において魔法道具はそれを補助するものである。

 スキルにも匹敵する特殊技能を付与された武具なども存在しているという。本で読んだのだけど。

 そういえば私が持っている首飾りも魔法道具なのだとか。


 初めて見る魔法道具の店に興味はあるのだけれど、今はあまり寄り道するのは良くないかもしれない。

 断る文言を考えていると——


「まあまあ、遠慮せずに」

「ちょっ、ちょっと!?」


 ぐいぐいと背中が圧されてお店の中に押し込まれた。

   

 ——バタンッ、と乾いた音が埃をともなって室内に響いた。

 中は薄暗く、照明は小さな魔法ランタンのみ。

 路地の中にあるからか日の光は入りづらいみたい。


「さあさ、いらっしゃい。お嬢ちゃんゆっくりとしていきなさいな」

「……はあ、じゃあ少しだけ」

「よしよし、ほれ。そこに座りなさいな」


 店主の彼女が店のカウンター近くに備えられた小さめのテーブルへと誘った。

 手にはどこから出したのか白磁色のポットとティーカップを持っている。

 柔らかな笑みを浮かべながら、手際よく卓上に彩を加えている。

 またまたどこから出したのか色とりどりクッキーが皿の上に並んでいた。 


「さあさ、さあさ」

「……ありがとう」


 普通に考えたら怪しさしかないけれど、私には毒は効かないし警戒しなくてもいい。

 思惑は不明だけれど目の前に据えられた温かいお茶とかわいらしいクッキーには代えられなわね。

 促されるまま椅子に腰かけ、紅茶が注がれたカップを手に取った。


「……おいしい紅茶ね」

「それはよかった」


 店主も対面に腰掛け紅茶をすする。

 この人は一体なんなのだろう?

 急に声を掛けてきたかと思えば、室内に連れ込んでお茶をふるまう。

 人攫いにしては手が込みすぎてるし、暗殺者たちの手のものにしては手ぬるい。

 

 そんな私の疑問を察してか、彼女は柔らかい笑みを浮かべ口を開いた。


「……君は運命という言葉を信じるかな?」

「定められた人生、があるというのは知っているわ」


 生まれてからの私の人生がそうだった。だった。だけれど。

 

「……うーむ。何というのかな、偶然の重なり——意図しない現象の奇妙な一致とでもいうのか」


 難しい顔をしながら店主は言葉を紡ぐ。


「遠い昔なのだがな……こことは別の地で店を構えていた時のことだ」


 窓の外——どこか遠くを見ながら彼女は語り始めた。


 

 

 かつてロヴェルタースと呼ばれていた土地で今と同じように店を開いていたころ。

 何でもない一日の最後に1人の客が現れた。

 当時は戦時下であったし、傭兵として雇われている冒険者が魔法道具を調達に来たのだろうと思った。

 現れたのはやはり冒険者然とした女性だった。

 分厚いフードを外して、彼女はその長い髪を垂らした。

 その色は夕日の光のごとく輝く銀。赤みかかった特徴的な髪色だった。


 彼女は開口一番に『傷を治す薬をありったけ、あと言伝を頼みたいの』と軽々しく言いながら金貨がたっぷり詰まった革袋をカウンターへ置いた。

 傷薬は分かるが魔法道具屋に言伝を頼む人間は初めてだった。

 革袋の半分はその言伝の相手に渡してほしいと、残りは好きにしていいとのことだった。

 『これから先のいつかの日に私と同じ髪色の少女が必ず現れる。その彼女にこの包みを渡してほしい』

 占星術の心得があったという彼女が予言めいた言葉と小さな包みを残した。


 それから数十年がたち、ロヴェルタースという国が消えてセリト・アウフが生まれた。

 故郷を失い、移民となってルクスセプティムに移り住んだ。

 彼女から渡された金貨袋の半分を元手に店を建て、再び魔法道具を扱う店としてしがない毎日を過ごしてきた。

 

 時間のせいか、慌ただしい毎日がそうさせたのか彼女の言伝を忘れていた。

 歳をとって交流が億劫になってくると、店に一見が来ないように〈認識阻害〉の魔法を付与してひきこもるようになった。

 

 結果、何十年も出不精になりますます新たな知り合いなど生まれる環境から遠ざかった。

 

 そして今日———普段はギルドに届けさせていた薬酒をたまたま自分で買いに外へ出たら……

 

「お嬢ちゃんに会った——というわけ。ふと裏通りに向かう貴女の雰囲気があまりもあの時の冒険者に似ていたものだから声をかけたのさ」


 

 そう言って店主は一度話を区切った。

 彼女が語ったのは今から60年~100年ほど前の話だ。

 今の隣国《セリト・アウフ魔王国》はかつて《ロヴェルタース共和国》という名前だった。

 当時は共和国内での内戦が激化しており、その戦いにルクスセプティム王国も参戦していた。

 父が戦っていた時代もその戦乱の末期ごろだったはず。

 ほとんどは本で読んだ内容ではあるけれどよく覚えている。

  

 「えっと、つまり?」


 ただ彼女の話の本質がよく見えない。

  

 「つまりはね、その彼女の髪色と君の髪色がとても似ているんだよ」


 そう言って店主は小さな包みと古臭い革袋を卓上に乗せた。

 重たそうな音を立てたそれが、彼女か語った預かりものなのだろう。

 

「怪しいだろう? だけれど包みを開けてみなさいな。驚くぞ?」

 

 すごく怪しい話だし、怪しむなって言われても無理な話だった。

 占星術は運命を垣間見るすべとして使われると聞くけれど、その精度はとても低く、ずばりと言い当てるような予言はほとんどできない。

 そんなことができるのは伝説で謳われる『七人の賢者』の一人である——テルキウスくらいなものじゃないかしら。

 

 でも驚くようなものが入っている——と言われては好奇心の方がまさる。


「……じゃあ、遠慮なく」


 何かの生き物の皮で包まれたそれを開くと中からは———


「……ッ!これは、『王印』っ」


 古く、鉄さびたブローチが出てきた。

 私の持つ首飾りと同じ物——つまり〈王血の証明〉だ。

 希少で特殊な鉱石を用いているこの〈王印〉は世界に9つしかないものだ。

 資格を持たないものが持っても只の装飾でしかないけれど——血筋のものが持てば相応の力をもたらすもの、と本に書いてあった。

 

「その冒険者は、どこかの王族の誰か、だったということ?それも——」


 私の血縁者。きっと年代的にはすでに死んでしまった母上よりも前の世代だろう。

 それはつまり——私の血筋にある『王家』の肩書は母上が父に捕らえられるよりも前からのものだったということ。

 父上が母上を拾ってきて私を産んだから、私に王家の血筋があるというわけではなかった?

  

「そうさね、お嬢ちゃんはもしかしたら『ロヴェルタースの直系』であるかもしれないのだ」

 


 ———————————

 

 机の上のティーカップはすでに底が乾いていた。

 しばらくの沈黙の後、紡ぎだせた言葉は———


「……そう、なのね」


 だけだった。

 あまりにも唐突で、衝撃的で理解が及ばなかった。

 それでも分かったことはある。


 私が本当に王血を継いでいるのならば、何かできる力が備わっているということだ。

 なぜなら、〈王血〉を持つということは特別なスキルを持っている可能性が高いということだから。

 知覚できてない、ステータスにも表示されていない——その『時』が来ないと発現しない世界から課せられた使命の力。


 ——ワールドスキルの権能が。


「驚いただろう? 正直言えば私の方が驚いておる。まさか本当に彼女の血筋が私の元へ現れるなんて思ってもいなかった——というか忘れていたし」

「ええ……ほんとうに」


 ああ、本当に驚きっぱなしね。

 あの狭い城の中では知ることができなかったこと、それがたった二日の内に立て続けてだ。

 

 ますます、彼との出会いというのが特別であったのだと自覚する。


「これは、貰ってもいいのよね?」

「もちろん。そのために彼女が残していったのだから——うまく役立てるといいさ」

 

 店主が置いた革袋とブローチさして問いかけると、店主はうなずいた。


「ありがとう……大切に使うわ」



 ——————コンコンッ!

 

 

 不意にノックの音が聞こえた。

 店の入り口からだ。来客かしら?

 

「はいはい、空いとるよ。入ってきな」

「おっす!お邪魔しまッ———————」 バコンッ!

 

 店主の言葉に続いて木のドアが勢いよく開いた。勢いが強すぎたのかドアが外れた。

 その向こうから現れたのは二人の男だった。


「あんたはいつも優しく開けなって言っているだろう!」


 厳つい風体から、追手の暗殺者かとも思ったけれど店主の様子からそれはないのだろう。

 

「ルド!ちゃんと直してから帰りなよ!——ドーマクは相変わらずおとなしいねぇ」

「あー、ばあちゃん久しぶり」

「すまんっ——力加減が……」


 うん。大丈夫そう。

 ルドと呼ばれた男は髪を剃った筋骨隆々な大男で、ドーマクと呼ばれた男は背が高く店の中で少し屈んでいる。

 

「ばあちゃん、今日はそこの嬢ちゃんに用があるんだよ。ドアはちゃんと直すからさ」

「だと思ったよ。ほれあんた達も席に着きな」


 促す店主を遮るように、ドーマクがつぎはやに言う。


「いや、急ぎなんだよ!嬢ちゃん! ローグウェンに今から向かうぞ!」


 

 ——————


 日が落ちて闇が落ちた街の中を走る。

 大通りは避けて人通りが少ない路地をひた走る。

 ルヴィエッタの北門側に用意されている馬車へと向かっているのだ。


 「一体、どうしたというの?!」

 

 並走するドーマクに問いかける。

 話半分で飛び出してきたから理由がわからない。本来なら翌朝にケンセイを伴ってローグウェンへ立つ予定だった。

 つい数刻前に取り決めた話だったのに、それを覆してまで急いでいるのにはよほどの理由があるはず。


「グイードさんのお達しでな、朝を待たずにローグウェンへ向かうようにってさ!」

「なんでもお姫様が国軍を動かしたらしいッ! ルヴィエッタの領主が治安維持の要請をしたらしくてな」


 ドーマクの言葉にルドヴィッカが補足を加えた。


 「おやっさんが言うには嬢ちゃんをを探す為だとか!」


 本当に——驚きっぱなしの一日ね。

 

 国軍を動かすほどということは、ルミネールシアも本気ということね。

 よほどケンセイにスキルを奪われたのが堪えているのだろう。

 私を仕留める事よりも、捕らえてケンセイを押さえるつもりなのだ。

 暗殺者を嗾けて秘密裏にことを済ませるよりも合法的に国軍で『救助』した方が早いと考えたのね。


 もしくはすでにもうケンセイを捕らえたからか———————胸が、痛い。


 その可能性を考えたら、どうしてもざわざわと不安が蠢く。

 ああ——どうしたら。どうしたら、いいの?


「だから先手を打って俺たちがローグウェンまで連れていく!向こうへの説明は——そん時考えるッ!」


 ルドヴィッカが自分の胸を打って笑う。

 任せとけ、とドーマクが不敵な笑みを浮かべた。


「ケンセイは!?私の仲間はどうするの!?」

「そっちはグイードさんが手配してくれているさ!」


 そう、信じたい。

 逆の状況でもきっと彼なら、助けようとしてくれるのかしら。


 …………う、まだ抜け切れてない。

 よほどケンセイの言葉と態度が、嬉しかったのね。

 たった二日も一緒にいないのに。


 ああ、本で読んだお姫様もこんな気分だったのかしら。


「とにかく!俺らの仕事は嬢ちゃんを無事に連れていくことだ!それが国の為だってな!」


 ルドヴィッカが一歩前へ飛び出すように速度を上げた。

 前方はすでに北門が見えていた。

 それと黒い特殊な様相の一団。


 ——国影の騎士団だ。


「ドーマク!抱えて全力で走れ!———あれは俺が止める」

「あいよ!」

「え、ちょっ……!」


 不意に抱えあげられた。背の高いドーマクに肩で担がれて視界が進行方向と逆になる。

 麦俵とか木材じゃないんだから!


「お嬢ちゃん!舌をかまないようになぁッ!」

「えッ......いや、こ、怖いのだけどッ!?何も見え————」

「風魔法【風影】——スキル【絶脚】ッ!!」


 瞬間——風になった。背後の景色が流れるように小さくなる。

 というかぶつかる風でお尻が痛いのだけどっ!?

 

 速度はどんどん上がり、地面や通り沿いの建物などを縦横無尽に駆ける。

 私の視界も縦横無尽。

 ———吐きそう。


「ハッハ――――ッ!!てめえらじゃあ追いつけるものかよッ!」


 耳元でドーマクが威勢のいい声を上げた。

 視線を上げてみれば既にルドヴィッカがはるか遠くにいた。

 彼の周りには5,6人の暗殺者が武器を構えている。その誰もがルドヴィッカへ集中しているようだった。

 おそらくは挑発系のスキルを使用しているのね。理性のある存在を挑発出来るのはかなり高位のスキルであるはずだ。

 

「って!風の防壁よッ!【凝固】!」

 

 咄嗟に壁を生成して銀に輝く光——投擲された短剣を弾いた。

 後ろからは3人の暗殺者が追ってきていた。挑発スキルから漏れたのだろうか、それともルドヴィッカよりも上手の手勢なのか。


「助かる!後ろは任せたぜっ!」

「うぷ……え、ええ。ま、任せ———うっ」

「お、おい!吐くなよ!もう少しで馬車だからよ!?」

「善処……するわ」

 

 追手は追いついてこれない、ドーマクの速度は王国の特殊な部隊よりも上ってことね。

 だとしたらグイード氏が私に掛ける期待——というか価値はそれなりに大きなものなのだろう。


「よし!!門を超えたぞ!」

「わっ!」

 

 短剣に魔力を付与して投擲をしてくる追手の攻撃を壁ではじき続けていると、ドーマクが声を上げた。

 それと同時に空中に身を投げられ———ふわりと風に受け止められた。

 危なげなく馬車の前に着地すると、御者から女性の声がかかった。


「ルーナリア王女殿下!急ぎ中へ!」

「……!え、ええ!」


 促されるまま中に乗り込む、その前に————

 

 「ドーマクさん!助かりました!この礼はいつか必ずっ!」


 届いたかは分からないけれど。

 誰かに助けられてばかりだから、必ずいつか。

 

 誰かを助けられるような私になりたい。


 

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