第四話 ああ、力って素晴らしいね
右に振るえば木が飛んだ。
——左に振るえば岩が砕ける。
デカゴブリンが振り回す巨剣。
それが嵐のように森を薙いでいく。
「……ッ!」
目の前に迫る暴風を何とか躱しながら、打開策を練る。
解析のスキル——その進化した先、【精査:解析】を使用してデカゴブリンを見る。
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名称:無し 種族〈ゴブリンキング:エリート〉
Level50:特殊個体
筋力 12000
体力 18000
魔力 15000
知性 150
総魔法力量 3800
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わあ、50だってさ。
それにこのステータス。
どうなのこれ。勝てるやつ??
神様は言うにはやればできる、みたいなニュアンスだったけれど。
幸い相手の攻撃は単調で、避けるだけなら何とでもなりそうだった。
ただ、避けているだけではいつかは限界が来てしまう。
回避しながら自らのステータスを表示させる。
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鳥田 賢生 年齢【17歳】 性別【男】
適正ジョブ 【公正と均衡の神ノーノリカの使徒】
ステータスレベル 3→21
筋力 40→2800
体力 80→5600
魔力 80→11200
知性 80→120
総魔法力量 1200→8400
所持スキル
【合成】EX
【スキル奪取】G
【隠ぺい】S
【解析】EX→【精査:解析】 ※スキル進化——解析対象の更なる情報を表示可能。
【異世界召喚】W
【潜影】EX
新規取得スキル※多数所持しているため簡易表示しています
戦闘補助系アクションスキル
【投的】×12
【身体能力強化】×16
【筋力上昇】×8
【硬質化】×15
【魔力発気】×8
【槍術】×3
【基礎魔法術】×1
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明らかにこの上がり幅は異常だよね。
神様に感謝しなくちゃ。
このステータスがあるからこそ目の前の化け物から命を拾えているわけで。
ものすごい数のスキルも奪えているし、全部のスキルを目で追うのは今は無理だね。
ただ試したいことがあった。
スキルの合成。複数持っているスキル同士を掛け合わせて新たなスキルを生み出す。
今、レベルアップ以外に手っ取り早く強くなる方法はこれだけだ。
振り下ろされる巨剣を横に飛んで躱し転がる。
すぐさま起き上がり横薙ぎに振るわれた斬撃を跳躍で回避する。
すでに何度も繰り返している行動だ。
とにかく避けて、振りの大きな攻撃を待つ。
「グオオオオオオオオッ!」
ゴブリンキングが振り回す巨剣を屈んで躱し、念じながら手を合わせた。
(硬質化と身体能力強化、魔力発気、筋力上昇を1つを残して全統合!)
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特異スキルによるスキルの進化合成に成功しました———エクストラエンドスキル【金剛力】を取得しました。
【金剛力】——魔法力を一定割合担保にして、ステータス、表皮、骨格、筋肉、身体能力を著しく上昇させる。解除をするまで恒久的に効果を発揮する。
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これも神様の導きかな。大当たりだ。
即座にスキルを発動させると、体からごっそりと魔法力が抜けていくのがわかった。
それと引き換えに、先ほどとは比べ物にならないほどの力がみなぎる。
全ての魔法力の半分、4100を担保にした強化だ。
通常の強化スキルや魔法よりも高精度、高性能なスキルなのだろうとあたりをつけた。
現にステータスが大きく変わっている。
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鳥田 賢生 年齢【17歳】 性別【男】
適正ジョブ 【公正と均衡の神ノーノリカの使徒】
ステータスレベル 21
筋力 2800(+11200)
体力 5600 (+22400)
魔力 11200 (+44800)
知性 120 (+480)
総魔法力量 4300(8400(4100使用中))
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「わお、これなら……」
何とかなりそうだ。
元のステータスの四倍——デカゴブリンの能力にも追いついている。
とんでもない効果を持ったスキルを得てしまったようだ。
神様さまさまだね。
筋力以外のすべての数値が相手を超えたとなれば、後はぶつかり合うだけだ。
◇
今まで避けていた迫る巨剣を正面に見据えて、待ち構える。
「グオオオオオオオォオオオッ!」
大声を響かせながらゴブリンキングが巨剣を振り上げる。
唐竹を割るように振り下ろされるそれに、拳を振り上げた。
———ガキィン!
金属同士がぶつかり合う激しい衝突音が響く。
巨剣と拳が互いを弾き、間につぶれた空気の爆発が生じた。
身体が弾き飛ばされ数メートル吹き飛ぶが無理に体制を立て直し、次の一撃に備えた。
思いのほか一撃が軽く感じた。
これならもっと無理をしてもよさそうだね。
重力のまま空を断つ唐竹割——まるで鉱石を掘るつるはしのごとくゴブリンキングは何度も振り下ろす。
それをただ拳を振り上げ、はじき返す。
右手、左手を交互に一回——また一回と叩きつける。
何度も。何度も。
ゴブリンキングも意地になっているのか何度も同じ太刀筋で巨剣を振り下ろしてくる。
とても重たい衝撃が鋼鉄のように固くなった全身を震わせる。
痛みはない。
それでも打ち据えらえたという事実がわずかな恐怖心を煽る。
それでも、僕の拳はただ無心に巨剣をはじき続ける。
何度打ち付けられても揺らぐことはない。
高い体力のお陰だろうか、体幹もブレずに拳を振るえる。
慣れてきてしまえばリズムゲームのようなものだった。
相手はレベルが高くてもゴブリンでしかないってことかな?
それなりの回数をはじき返していると大体のパターンが読み取れた。
ゴブリンキングは玉のような汗をその体表に浮かべている。
振り下ろすたびにそれを散らし、足元の土をぬかるみに変えているほどだ。
血走った眼は狼狽えるように僅かに震え、食いしばった口元は唾液を滴らせている。
巨剣を握る手は小さく痙攣を起こしているようだった。
その姿を見て、胸がすく思いがした。
ああ——これが背徳者の力って奴なんだね。
ただ奪っただけでここまでの存在を圧倒できる力。
普段の僕だったら唾棄すべき力だけれど、今この世界においてはこれほど頼もしいことはない。
「これなら、願いをかなえることも、できそうだね」
そう。神様からもらえるご褒美。僕の願いだ。
それがかなえられるなら、それでいい。
■
魔の森が闇に沈みその頂点を月光が照らす頃。
木々の開けた夜空から静かな光が差し込む中——巨剣と拳の音撃はいまだに続いていた。
「そうとうにっ!タフ!だねっ!」
「ングウウウオオオッ!!」
あれから数時間くらい経った頃かな、良くわからないけれど。
このゴブリンとんでもなくタフなんだ。
体力も高く、自然治癒のスキルを持った僕は魔法力が尽きなければほぼ疲れない。
なおかつ、僕は一切動く必要がなく、来た剣檄をはじき返すだけ。
でもゴブリンは違う。
攻める方向を変え、振り下ろす速度を変え、角度を変えてを繰り返して攻撃をしていた。
その攻勢は剣をはじき返す度に激しさを増し、それを数時間続けた。
——その結果。
「グオッ……っグオッ……」
目の前に立つのは肩で息をしながら剣を振り上げている巨人。その姿はすでに疲労困憊その物だ。
「もう、終わりかな。僕はまだまだいけるよ」
軽口をゴブリンに投げかけてやる。挑発だ。
どうにもこのゴブリンキングは知能が高く、僕の言葉がある程度理解できるみたい。
先ほどからこのやり取りを繰り返して、できるだけ怒りを煽り攻撃をパターン化させた。
いくらはじき返すだけで疲れないと言っても精神はすり減る。早く終わらせたい。
だからこそ少しでも相手の手数を絞らせてやる必要があった。
「グウウウオオオッ!!!!」
怒り発破。腕も振るえるゴブリンキングの巨剣が振り下ろされる。
何度も繰り返した攻防——だけどそろそろ終わらせたいよね。
——アーツスキル【魔道拳】。
ゴブリンから奪っていた近接戦闘系のスキルを合成して作ったものだ。
消費魔法力が任意とあるスキルの特徴は、『魔法力を込めただけ強くなる』というものだ。
だとすれば。
握りしめた右拳に魔力の光が灯る。青い、深い青色の光だ。
【金剛力】の担保魔法力を除けば残りの魔法力は2100残っている。
その内100を残して全てをこのスキルに込めてやる。
今まではじき返していた巨剣——それを半身引いて躱す。
思いっきり振り下ろされたそれは、衝撃音と共に地面に大きく食い込んで止まった。
それと同時に前へ踏み出して駆ける。
狙うは顔面だ。一撃で頭を吹き飛ばす。
距離は10メートルくらい。【金剛力】状態であれば一瞬だ。
そうゴブリンの目の前、間合いに踏み込んだ瞬間——
「うぐぅッ……!?」
——腹部に強烈な痛みと衝撃を感じた。そして浮遊感。
吹き飛ばされた。目の前には地面から伸びた『岩』。
(魔法……ッ!?こいつッ)
まさか奥の手を隠していて、このタイミングで切ってくるなんて。
でも、これがいい。これがいいんだよ。
そう、僕にだって奥の手はある。
打ち上げられた体は大きく宙に浮く。
背中側は空だ。そして、空には綺麗な月が光輝いている。
つまりは、僕の体が光を遮って大きなか陰を作り出していた。
ゴブリンキングの顔に影が落ちる。
それは今の僕にとって最善で最短のレールが出来上がったということだ。
「【潜影】ッ!!」
なけなしの魔法力を使い、あの暗殺者から奪ったスキルを使うと世界は一瞬で闇に染まった。
陰の中を移動し一瞬でゴブリンキングの眼前へ飛び出す。
拳に宿った魔法力の光がゴブリンキングの顔を照らす。大きな両目を見開くのがよく見える。
目と鼻の先、息がかかるくらいの距離にその大きな頭。
既に拳は握りしめ、腰は引き絞ってある。
「うおらああああああッ!!!!」
その左頬に目がけて【魔道拳】を伸ばし、当てた。瞬間——眩い青光が炎のごとく熱量と破壊をもってゴブリンキングの頭を焼き飛ばした。
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【スキル奪取】を発動——ワールドスキル【王権】を入手。王たる資格。血筋の承認。世界が選んだ使徒。
条件を達成。【王権】を規定外の方法で入手したため、対象スキルの強制置き換えを行います。
【スキル奪取】をワールドエンドスキル【スキル簒奪】へと強制進化します。
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≪やあ!やあ!賢生君がレベルアップ!!よくやったねぇ!まったくもって君の思い切りの良さは気持ちがいいっ!≫
神様の声と共に体中を覆っていた魔法力喪失の倦怠感が消えた。
レベルアップの時に発生する魔法力の強制回復だ。瞬時に【魔力回復】のスキルで体中の傷が癒される。
これで命的な危機は脱したということだ。
「はあああああああああああああああ……」
大きな息が漏れた。
足と腰の力がふわっと抜けてその場に尻もちをついた。
本当に疲れた。ブチっときたとはいえ、長時間その状態を維持するのにも精神力を使う。
常に【鎮静】のスキルで動揺や不安を押しとどめていたのだけれど、それでもあのデカ物の戦いは本当に怖かった。
≪怖かったという割に楽しんでいたようにも見えたがなぁ?≫
それはそれ。嫌なことでもやらなきゃいけないことってあるでしょ?
なら少しでも楽しめた方がいいんじゃないかな?
これが命のやり取りじゃなかったらもっと良かったんだけどね。
≪君のそういう少し破綻したところ嫌いじゃないよ。っとそろそろ時間か。君は今回の戦いを経て世界最速で最強への道を歩み始めた≫
神様の思し召しあってのことだけれどね?
≪まあ、多少運命を操作したのは事実だが、どちらかというと焚きつけただけさ。あとは君とその他もろもろの頑張り。だけれど、それもここまでだ。
これ以上の支援は私にはできない。当然、訳があるのだよ。まだ語らないけれどね≫
なるほど。ここまではチュートリアルのようなものだったんだね。
僕が召喚された時にお姫様から【異世界召喚】のスキルを奪えるように、そのあとの行動を縛られないようにステータスを隠ぺいしてくれた。
そして僕の性格からきっと逃げ出すつもりだと踏んで、同じような立場の人と出会える〈運命の巡り〉を操作してくれたということなんだ。
そこまでして僕を成長させる必要があるくらい、この先の相手が強く、危険な敵ってことなんだろう。
≪そういうことだ。と、言うわけで次なる試練だ——賢生君。ぜひ乗り越えたまえよ?≫
ああ。この神様はとてもスパルタだね。
——不意に近くに気配が現れた。
それも複数。座り込んだ僕の真後ろ、すぐ近くだ。
「よもや、よもやでさぁ……盗人勇者殿。そのゴブリンは災害級のバケモンですぜ?それを単身で、なおかつ素手で仕留めるなんざぁ……とても人間業には見えませんや」
その声には聞き覚えがあった。
つい先日聞いたばかりの、男の声。
「あ、あの時の暗殺者……」
『影』のローハンだ。
とっさに体を動かして距離を取ろうとしたけれど、首の後ろから日本の長い刃が交差するように視界に映った。
それと同時に腕や腰、足に影の弦のようなものが巻き付いて縛り上げてきた。
地面から僕を縫い付けるように強く縛り付けていた。
「おおっと!動かんでくださいよ?あんたみたいなバケモンとまともにやりあうつもりもないんで」
「化け物?僕が?」
首筋に当てられた刃物は何の変哲もない長剣だ。
【金剛力】を発動したままでいる今は一切脅威に感じない。
意を決して縛り付けている蔓を引き継ぎるように力を込める。
———ぎゃりぎゃり、と金属が擦れる不快な音を響かせ首筋から火花が散る。
「おいおいおいおい!本当に化け物だなっ!あんた。動くなって言っただろう?」
「かん、けいないねッ!」
「関係あるんだなぁ!これがッ!俺が動くなって言ったらそうなんだよ。勇者殿?」
力任せに体を起こそうとするとダメ押しとばかりに周囲から更なる蔓が手足にまとわりつく。
冷たく滑ついた不快な感触の蔦がさらに力を込めて僕を地面に縫い付けようとする。
「動きなさんな、第二王女殿下にご迷惑をお掛けしたくはないだろう??」
第二王女殿下ときいて心臓がはねた。
身体が強張る。
「彼女に、何をした」
思わず声が出た。
「何をしたもなにも、予定通りご足労いただいただけでさあ。こちらも仕事なんでねぇ?」
ルーナリアを売り飛ばす、というあの時の話だ。
ああ、その線を全く考えていなかった。
正直なところこんなにすぐ追いかけてきて行動に起こしてくるなんて思わなかったんだ。
あの城から逃げ出してからまだ一日、いや二日くらいなのに、もう追手が来てこんな状況になっている。
まさか、すでに補足されていて一人づつ確保されてしまうなんて。
「ルーナリアさんは、」
「無事でさあ。もちろんお前次第、だけどな?」
ローハンの薄ら笑いが恨めしい。
「あくまでも、目標はお前さんということでさぁ。麗しの第一王女殿下はお前さんが盗んだスキルを取り戻すのに躍起なんで、勇者殿さえ手中にあればルーナリア様は捨て置いても良いとのことでさあ」
つまりは。交換条件だ。
「お前さんがおとなしく捕まってくれさえすれば、我々はルーナリア様を無事に解放することを約束しよう」
暗殺者が約束??信用なんてできないし、信じるほどお人よしでもない。
「信用できると思うの?」
「思いませんなぁ。でもお前さんは従うしかないと思うがねぇ。どのみちルーナリア様の殺生与奪の権は俺らにあるってこった、わかるだろう?」
こいつは僕がルーナリアを見限れないお人よしだって理解しているんだ。
それは正しい。僕には彼女を巻き込んだ自責がある。彼女はそうじゃないと言っていたけれど、少なからず僕にも罪悪感や使命感がある。
だからこそここで彼女の安否を無視してこいつらとことを構える事なんでできない。
「考える時間はありませんや。今——抗うか、従うか決めろ」
答えは1つだった。
「わかった。僕を連れて行って」
「交渉成立、だな。……お前ら、移送用の拘束に切り替えろ。意識は飛ばせ、あとこいつの手には絶対に触れるな——スキルを奪われるぞ」
「了解」
その言葉を聞いてローハンはにたりと嗤い、ため息のような安堵の息を吐いたのがわかった。
周りの闇に溶け込んだ暗殺者たちが近づいてくる。
僕が暴れまわる事態こそ一番厄介な状況だったんだろう。それを回避したこいつらの内心は穏やかなものなのかな。
悔しい——悔しい気持ちが心臓あたりを締め付ける。
結局力を得ても、考えの足らなさが誰かに抑圧される結果を導いている。
でも、【鎮静】のスキルと1つの事実が僕の感情を抑え込んでくれていた。
(これも、これも——神様が言う〈運命たる試練〉なんだろうか。だとしたら本当に神様がスパルタだね)