第二話 あなた、冒険者になりなさいっ!
「あなた――冒険者になりなさいっ!」
ルーナリアにそういわれた僕は翌朝、冒険者ギルドを訪れていた。
ん?昨夜?もちろん僕は床で寝ましたよ。
彼女が言うには冒険者になれば国境を越えたり、街に入るときに制限が緩かったりと様々な特典があるらしい。
下から〈D級〉〈C級〉〈B級〉〈A級〉と階級が分けられていて、それによって特典や受けられる依頼が変わると言う。
〈C級〉になれば他国への越境がとても楽になるらしい。
つまりは目的を達するためにも、お姫様の魔手から逃れるためには別の国へ渡りやすい手段が必要だ。
それを用意するのが僕の役目になった。
ギルドの内装は想像通りの酒場風。
でも思っていたよりもアウトロー感というか、粗野な雰囲気はなく、ちょっと賑やかな量販店の一角みたいな感じだった。
僕くらいの年齢の人から父親くらいの人まで幅広く集まっている。
ちょっとした人垣をよけながら受け付けっぽいカウンターへと進んだ。
「えっと、冒険者の登録ってここでいいですか?」
「ええ!ええ!こちらでございますよ!初のご登録です??」
「はい。今回が初めてです」
登録を担当している受付の女性に促されて、ステータスの登録を行う。
黄ばんだ紙——羊皮紙というやつ。それに書いてある魔法陣に掌を当てることで登録するようだ。
もちろん【隠ぺい】のスキルを使って平均値より低めのステータスを偽装した。
ルーナリアの考えだ。
目立ちすぎても良くないし、かと言って低すぎれば認定が下りないか舐められて余計なトラブルに巻き込まれるかもしれないってことらしい。
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鳥田 賢生 年齢【17歳】 性別【男】 ※隠ぺい適用中
ジョブ 【スカウト】
ステータスレベル 12
筋力 20(平均値30)
体力 20 (平均値20)
魔力 40 (平均値60)
知性 30 (平均値20)
総魔法力量 100 (平均値100)
所持スキル 【合成】
※以下所持者のみ閲覧可能項目です
【スキル奪取】【隠ぺい】【解析】
【異世界召喚】【潜影】
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「はい。ええ、ええ。良いステータスですね!」
ジョブを斥候職にして、レベルを実際の数字よりも+10増やした。
ルーナリア曰く2レベルだけどステータスの数値的にはこのくらいらしい。
受付の人の様子を見るにこれで正しかったみたい。
「では、こちらをお持ちください。このカードが証明書になりますので」
そういって差し出されたのは1枚のカード。銅で作られたクレジットカードの様なものだ。
それを受け取って登録完了だ。
さっそく何かしらの依頼を受けてみようと思う。
「何か初心者にお勧めな依頼とかありますか?」
「はい、初めてならまずは薬草採取が定番ですね。地味な作業ですがそれなりにいい報酬がでますよ。薬草の買取はうちがやりますので」
やっぱり定番なんだ。異世界召喚の初クエストといえば薬草摘みだよね。
【解析】のスキルがあればきっと容易いはず。
「おいおい!そんななりで冒険者かよっ!」
「ぎゃはは!たよりねぇ格好だなあ!」
不意に背後から男二人の声が聞こえた。
どうやら僕に言っているらしい。声色はいつものいじめっ子三人組に似てる。
振り返って見てみれば、案の定厳つい男二人がニヤニヤとした笑みを浮かべながら僕を見下ろしていた。
左側の男はスキンヘッドに眼帯で筋骨隆々。右側の男は細いシルエットだけどすごく背が高い。
絵にかいたような荒くれものっていう感じだった。
「あ、ルドさん!ドーマクさんも戻ってらしたんですね」
受付の人が明るい笑みで二人に声をかけた。
えっと、そんなにフレンドリーな反応なの?
「おう!今朝がたなぁ。それよりも、兄ちゃん!その服装で外出ようなんて甘いぞ!」
「そうそう!いっぱしの冒険をするならな、頼りになる装備ってもんが必要さ!」
二人が僕の肩を掴みながらそう言った。
ずいっと凄むような装いで言い寄られると正直怖い。
僕が反応できずにあたふたしていると──
「ほら!二人とも!新人さんが怖がってますよ!特にルドさんは顔が怖いんですからっ」
「んん?……おっとすまんなぁ!」
受付の人が助け船を出してくれた。その一声で二人は少し距離を放してくれた。
「ごめんなさいね。顔は怖いけどいい人たちなのよ?」
この二人はB級冒険者パーティー〈キマイラ〉の一員でここのギルドのOBらしい。
獅子頭のルドヴィッカさんと、蛇腹剣のドーマクさん。
普段は各地の危険な魔物やダンジョン攻略などをやっているけど、時折帰ってきては様子を見に来ているという。
見た目で人を判断しちゃあだめだよね。
でもスキンヘッドのルドヴィッカさんが獅子頭とは?
ともかく、二人は新人だと一目でわかった僕の姿を見て忠告しようとしたわけだ。
ここの冒険者ギルドでは一定のランクになるまで装備の貸し出しを行っているらしい。
先達たちの習慣みたいなものが定着した相互扶助というもので、これが新人たちの離職率を下げているという話。
それを僕に教えようと声をかけたみたい。
二人は脅かして悪いなぁ、と笑っていたけれど。
そんなこんなで受付の人から説明を受けて、必要な道具を見繕って指定の森に向かおう。
少しでも成長して自立しないとね。
◇ルヴィエッタ北部森林地帯
というわけでさっそく来ました、森!
街の北門から出てしばらく行った辻を山の方へ進むとこの森にたどり着く。
この街の冒険者ギルドが管理している森で、主に薬草栽培や駆け出し冒険者への低難度依頼を行うための場所として用意されているんだってさ。
無謀に僻地の魔境とかに行って死んでしまわないようにしているらしい。
ただそういった管理されたエリアも奥へと進みすぎれば危険なのは変わらない、と武具貸し出しカウンターで説明を受けた。
うん、新米冒険者には先輩のおさがりで武器や防具などの装備が貸し出されるんだよね。とてもやさしい。
これは魔物対策になる冒険者の頭数を無為に減らさないよう、と先達の冒険者が初めた伝統を取り入れたらしい。
いい取り組みだよね。
さっそく、視界の端々に【解析】スキルで表示された薬草が見えた。
この解析スキルはとんでもなく便利なんだ。
自分のスキルを読み解いたり、読めない古代文字も読めるし、視界に映る殆どのものを注釈付きで表示できたりする。
もちろん何を解析するかは選択できるしどこまでの情報を見るかも感覚で選択できる。
さすがは神様が与えたもうた神スキル!!!!
「薬草摘みのプロになれちゃうかもね!あ、あっちにも」
そこらかしこに生えている薬草を摘んでは籠に入れていく。
全部ちぎらないように気を付けながら根っこと新しい芽は残す。
これは受付の人に教えてもらった注意事項だ。
次々と見つかると夢中になっちゃうよね。昔よく河原でつくしとか集めてたなぁ……。
昔を思い出しながら拾い集めていると頭の中で電子音が鳴った。
≪チキン君のレベルが1上がった!ステータスが大幅アップ!スキルレベルが上昇したぞ!≫
「ん?」
聞き覚えのある声だった。
うん、どこかの黒髪か美しい神様の声だ。
≪ノーノリカちゃんの分霊だぞー!ワッハハハハ!≫
え、なに?干渉とか出来ちゃうの??
ならはじめっから導いてほしかったんですけど!!!
≪それは出来んのだな。こうやって話が出来るのはお前がレベルを上げた後の数分だけだ≫
なんですか、その制約。
≪まあ、一種のルールというやつだ。今後もこうしてお前に野次、ではなくヒントを与えよう≫
神様って暇なんですねー。
≪まあまあ、不貞腐れるな少年。それなりに良いスキルとステータスを与えたのだから、忌憚なく励んでスキルを手あたり次第奪ってくれたまえ!では!ばいちゃっ!≫
その声を最後に脳内の気配のようなものが消えた。
本当に神様は身勝手だ。
でも、とりあえずレベルを上げたら道筋を示してもらえるというのならそれはそれでいいかな?
「っとそうだ。ステータスオープン」
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鳥田 賢生 年齢【17歳】 性別【男】
適正ジョブ 【公正と均衡の神ノーノリカの使徒】
ステータスレベル 2→3
筋力 20→40
体力 40→80
魔力 20→80
知性 40→80
総魔法力量 600→1200
所持スキル
【合成】EX
【スキル奪取】G
【隠ぺい】S
【解析】S→EX ※同時に解析できる対象の数が増えました
【異世界召喚】W
【潜影】EX
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わあ、とんでもない上がり方してるけど??
既にこの世界の平均値とかを超えている気がする。これが――ー勇者補正か。
魔法力量なんて二倍だ。
もとより多かったけれど、これってすごいんじゃないかな?
帰ったらルーナリアに聞いてみよう。
現金なもので、僕もこういうレベリングとかで能力値を上げていくゲームとかが大好きだったから――なんとなく楽しくなってきた。
◇
しばらく薬草やキノコ、なんとなく役に立ちそうな根っことかを集めているとようよう日が暮れ始め、空が茜色に代わっていた。
夢中になりすぎてもう夕方だ。
内心噓でしょう??!の気持ちでいっぱいだ。僕ってこんなに集中力あったんだね。
そのおかげで薬草もたんまりあるから、それなりの金額になってくれそうだ。
これでルーナリアばかりにお金を工面させずに済みそうだ。
だけど、かなり森の奥に来てしまったようで周囲からの気配というか、生き物の息遣いというか――何かがいる感覚が凄く強く感じられた。
「結構まずい?これ」
思わず声に出してしまう。不安感がふつふつと湧き上がってくる。
がさがさと何者かが動いているような気配がたくさん、四方八方。
管理されている森だといっても、もちろん魔物や野生生物はいる。
冒険者の鍛錬にも使われるような場所なのだから当然だ。
特に森の奥地はあまり手を付けていない原生の環境が残っていたりすると説明を受けていた。
——がさっがさっ。
動きを止めて周囲を観察する。視界に映る【解析】スキルがポップアップを表示する。
ゴブリンだ。
自分を囲むように20以上のゴブリンが茂みや木陰に身を潜めていた。
(こ、これはやばいよね。数が、)
数時間前の自分を殴りたい。
調子に乗って警戒を怠った結果、ゴブリンたちの巣か群れの近くへ踏み入れてしまった。
ローハンとの戦闘はほとんど戦った実感がない。絶対に逃げないと、とかルーナリアを助けなきゃって思考がぐちゃぐちゃになってて逆に冷静だったように思う。
初めてのことでパニックになっていたのもあるかもしれない。それか恐怖か。
でも今の自分は冷静に状況を判断できる。
その上でやばいと確信できた。
ゴブリン――この世界で最も数が多い魔物で弱い。でもそれは数が増えることで最悪の魔物へと転ずる。
真の脅威は圧倒的な物量と、連携。そして傷に怯えないほどの獰猛性。
通常、20匹の群れは大隊クラス。冒険者のパーティーで言うならC級の4人で難なく勝てるくらい。
それ以下の級だとさらに人数が必要になるとギルドでそう聞いた。
つまるところ、今の僕の状況は絶望以外の何物でもなかった。
ふごふごと鼻を鳴らしながら子供の背丈ほどの緑肌の生き物が姿を現した。
濁った大きな瞳に、大きな耳と鼻。牙は鋭く獰猛な笑みを浮かべていた。
獲物を見つけた歓喜の声だろうかぎゃいぎゃいと笑い声をあげた。
呼応するように周りの森から同じような声がこだました。
(もう、やるしかないっ!少しでも数を減らして逃げるんだ)
先手必勝だ。
夕方の森ともなればほぼすべてが何かしらの影——つまりは。
(【潜影】っ!!)
ローハンから奪った影移動のスキルで一気に距離を詰めてゴブリンの顔面に拳を叩き込む。
めきりっとめり込む音とともに右手に強い衝撃と痛みが走る。骨がぶつかり合う痛みだ。
≪【スキル奪取】を発動。アクティブスキル【投てき】を入手——投的行動時に速度、命中、威力に補正≫
よし!顎に直撃した!右手は痛いけれどとりあえず一匹——
直後衝撃を感じた。次に背中に固く冷たい固い感覚。
お腹が熱い。殴られたんだ。
頭を起こしてみると目の前に先ほど殴り飛ばしたゴブリンが立っていた。手にこん棒を持っている。
顔から血を流して、目がつぶれているけれど怒りの形相でにじり寄ってくる。
「……っ!」
お腹を強く殴られたせいか呼吸がうまくできない。
ぎゃいぎゃいと鳴く声が一つ、二つと近づいてくる。
にじり寄ってきていた一匹が僕の足にこん棒を振り下ろした。
ばきっと折れた音がした。
そして次は腕を別のゴブリンが、次々と集まってきてこん棒を振り下ろす。
手で庇い、体を丸めて硬めてその殴打を少しでも和らげる。
痛い、痛い痛い。
全身を次々に殴りつけ、蹴り上げるゴブリン。
完全に袋叩き状態だった。それでも何とか致命傷を避けようと耐える。
耐え続けるしかなかった。
ああ、やっぱりいつも通りだ。
いつもどおり。
中学のころのあの時からだ。
不当に殴られ蹴られ、大切なものを壊されて捨てられて初めて人を殴った。
母さんのお弁当を踏みにじられて腹が立った。
だから上級生を殴った。何度も、何度も、何度も。
あの時は真っ白で、覚えていないけど、絶対に許せない、泣いても許さないと言っていたのは覚えている。
でも本当に悔しかったのはその日の夜だ。
その日初めて、初めて——母さんが泣いているのをみた。
僕のせいだ。僕が我慢できなかったから、母さんは泣いてしまった。
その日から僕は耐えることを心に誓った。抗ったとしても、決して激情を押し殺すと。
二度と母さんにあんな顔をさせたくなかった。
でもさ、今はここに——母さんはいない。泣かせてしまう人なんていないんだ。
だからさ、我慢しなくていいよね?
≪スキルを奪取しました。【身体能力強化】【硬質化】【発声】【魔力壁】【興奮】【狂化】【棒術】【魔力再生】を取得。≫
脳内に聞こえた取得アナウンス。
手でやたらめったら触って取得したゴブリンたちのスキル。
その中でも今必要なスキルを全力で発動させた。
【身体能力強化】消費した魔法力に応じて全身の能力を強化。
【硬質化】消費した魔法力に応じて皮膚の硬度を上げる。
【魔力再生】消費した魔法力に応じて負った外傷をある程度再生させる。
ばちり、と魔法力が空気を擦って摩擦を起こした。
今の僕の魔法力は1200だ。平均の上昇値を見る限りかなり高い部類だ。
現にほら、ゴブリンたちの動きが変わった。後ずさりだ。
ゆっくりと体を起こす。傷はほとんど回復した。便利だねこれ。
体中に力がみなぎるというか、これは、たぶん僕の心の問題かな。
――――――すごくすがすがしい気分。
「悪いね、ゴブリン。我慢すんの辞めるわ」
さあ、お返しするね。