第一話 旅は道連れ、二人旅
青い空が眩しい昼下がり。
穏やかな風を感じながらそこそこ舗装された街道を僕は歩いていた。
先を歩くのはフードをかぶった少女——ルーナリア。
正式な名称をルーナリア・シエラ・ルクスセプティム。
このルクスセプティム王国の第二王女であると彼女はそういった。
不遇の生活を強いられていたところで、僕が来たことで救われたとかなんとか。
僕からすれば巻き込んだのはこちらだし、救われたのもこっち。だと思うんだけどな。
あの海へ落ちてからその後、海岸沿いに身を隠しながら移動していたところで運よく辻馬車を見つけた。
ルーナリアがうまく話を通してくれて街近くの街道まで運んでもらえた。
それで、そこからこの国のことや世界の事を教えてもらいながら歩いてきた。
このルクスセプティム王国がある冠大陸はこの国を含めて4つの国で構成されている。
この国と長年停戦状態を維持してきた西方の共和国——セリト・アウフ魔王国。
魔族たちの王が納める多種族の共和国家。
魔王国のさらに西、この国からは内海を挟んだ先にある大国——シャァーリン・ツァイ聖王国。
耳長族の神官たちが納める、自然と文明の国。
この国から北方のにある大山脈——それを跨いだ鉄と軍旗の大帝国——ガインハルト。
軍事力と技術力を持った強大な大国だという。
そして僕たちがいるこの国——ルクスセプティム王国は権能と異世界を支配する国と言われていた。
言われていた、過去形になってしまったのだ。僕のせいで。
本気でこれはまずい話だった。
ただ一度触れただけで1つの国の国政を潰してしまったのだ。
その話をしたときのルーナリアの表情といえば何というか間の抜けた感じがした。
その後すっごい笑っていたけれど。
「ここが交易と流通の要——ルヴィエッタよ。どうかしら?」
先頭を切って歩くルーナリアが腰に手を当てながら得意げに言った。
なんで君がどや顔なのさ。ただまあ、そう自慢したくなるのもわかるかも。
「……すごいね、これは」
少し小高い丘になっている道を上ってみれば、目の前には壮観な光景が広がっていた。
まずとんでもなく広い海ー――確か内海だったっけ? が広がっていた。
そしてどれくらいの広さだろうか、漠然としかわからないけれど大きな鐘楼付きの建物を中心に大きな通りが港まで続いている。
建物は総じて赤色のレンガを中心に建てられており、ヨーロッパの昔の街並みを彷彿とさせた。
海側の建物は倉庫群だろうか、沢山の同じ大きさの建物と大きな船が並んでいる。
交易を司る都市と称されているのも納得できるものだった。
「でしょう!私も初めて見るのだけど本に書いてあった通りの美しさね」
あの庭園で初めて見た時よりも心なしか明るく見える。抑圧されていたと聞いたし解放感を感じているのだろう。
フードを抑えながら街を見つめるその後ろ姿からでもわくわくしているのが何となくわかる。
「うん、いいね。異世界」
こんな状況だけど僕も少し――ワクワクしている。きっと明け方の戦いの興奮が抜けてないんだ。
僕って意外と肝が据わってるのかもね?
「それは、よかったわ。……ケンセイ、行きましょうか」
ルーナリアがほほ笑んで道を指し示す。
僕も、彼女も初めての世界だ。
どうしたらいいかもまだ決まってない二人旅、うん。ワクワクするよね。
◇第一話 旅は道づれ、二人旅
街道を歩くこと数時間(体感的にだけど)僕たちは《交易都市 ルヴィエッタ》の西門をくぐっていた。
既に日も傾きかけ周囲の人々も皆帰宅ムード。ここ、西門は宿や食事処、酒場などが並ぶいわば宿場通りという区画になっていた。
ルーナリアと道中話していたけど、今後のことを決めるにもまずはしばらく身を隠せる拠点が必要だった。
「さすがに、お腹すいたなぁ」
思わず声が漏れる、と同時にお腹の音が2つ。
「……そ、そうね!一日歩きっぱなしだったものね。さ!先ずはお金を作らないといけないわね!」
ルーナリアがごまかすようにつぎはやに言って、つかつかと歩きながら視線を方々に飛ばす。
彼女も街のつくり自体に詳しい訳ではないから、お店を探しているのだろう。
でもお金を作るって?
彼女に置いて行かれないように後ろをついて歩く。
そこらから美味しそうな香りが漂ってくる。これはお肉かな?香草焼きぽい。
あっ、こっちからは焼き魚だ。
駄目だ、お腹が……。
「ここよ。ちょっと行ってくるわ、あなたはここで待ってて」
ルーナリアはそう言うと店の前の植木を飾るレンガを指さして――ーそこよ、そこと念を押した。
正直限界が近いからおとなしく言うとおりに座って待つことにしよう。
ホントはね、いや僕も行くよ!とか僕に任せて!なんて見栄を張ってカッコつけたいんだけど。
きっと彼女も今の状況を早く何とかしたいって思ってるはずだから、異世界素人である僕には今できることはない。
空を見上げれば星がぽつぽつと浮かんでいた。
元の世界だと18時くらいかな。などとボーとしながらしばらく待っていると、店の中からルーナリアが出てきた。
その表情は少々不機嫌そうだった。
店に入る前の服装と打って変わって質素になった彼女がため息を1つ吐いてこちらへ戻ってきた。
「待たせたわね。ふぅ……あの店主、足元を見られたわ」
いままで着ていた黒のドレスは麻色のワンピースに代わり、今までつけていたストールやケープ、長手袋、ブーツまでもがそのあたりを歩いている民と変わらない姿になっていた。
着ていたものの殆どを売ってお金に換えたのだ。ただ、道中で拾ったボロボロの外衣は真新しいものに変わっていた。
「はい、これ。あなたの分。綺麗な方と着替えなさいな」
そう言って自分が羽織っているものと同じデザインの外衣を手渡してきた。
ずっしりとした重みを感じる。丈夫そうだ。
「ありがとう!」
「どういたしまして。さて、次はとりあえず宿で部屋を取るわよ」
お礼を言うとルーナリアはちょっと照れ臭そうな感じで顔をそらして言った。
そして――ーほら。早く!と急かして僕の腕を掴んで歩き始めた。
◇ルヴィエッタ西門宿場通り 宿屋《シルバの憩い》
いくつかの宿を梯子してようやく見つけた宿の一室で、僕たちは漸くの休息を味わっていた。
表通りはどこの宿もいっぱいで1つ中道に入った、ちょっと言い方は悪いけど――古めの宿をようやくの思い出見つけたんだ。
チェックインはルーナリアがやってくれた。正直情けない気持ちになってくる。
僕も何かやれるようにならないとね。
案内された部屋は割と広くてしばらく生活するのに申し分ない。とれたのは一室なんだけどね。
ルーナリアと同じ部屋でしばらく生活するってこと。精神がいろんな意味でやばいよね。
なんてこと、部屋を用意してくれた彼女に言えるわけもなく今に至る。
「これからの事、なのだけど。ケンセイ、あなたはどうしたい?」
ルーナリアはベッドに腰かけ、問いを投げかけた。
どうしたいか、と言われたらやることは1つなのだけど。
あの悪神様——公正を司る神様に与えられた使命を全うする。
今の僕にはこれしか目標はない。このために呼ばれたってことだし。
ただ彼女にそれを告げるべきなのか迷っていた。
成り行きで一緒に逃げる事になっただけだし、って考えてそこで思った。
どのみち彼女はあの城で命を狙われていた。
このままこの先別々に進むとしても、今このあとにサヨナラって言うのは無責任だよね。
僕が言ったんだ。一緒に逃げようって。
ならまずは彼女が安全な場所に逃げられるように僕も努力しないと。
「神様に課せられた使命も大事だけど、まずは追われている状況を何とかしたいな。きっと追ってくるよね?」
「ええ、間違いなく追ってくるわね。あの子がお抱えの暗殺ギルドを動かしたのなら面子があるもの、何らかの手段で仕掛けてくるわ」
だよね。あれでおしまいってことは絶対にないって思っていた。それは今後も続くということ。
「それに、あなたの【スキル奪取】ね。それで奪った【異世界召喚】は彼女のよりどころよ。それを持っている限り狙われ続けるわね」
「うーん。どうしようね」
「その神様のご神託とか、ないの?」
そう問われてふと思い出した。
————『「それじゃあ、よろしく。チキン君!目的とかそういうのは分かりやすくクエスト一覧で見られるからさー!」』
クエスト一覧!そういえばそんなこと言っていたや。
あの時はすでに体が落ち始めていたから、意識がすぐどっかにいっちゃってたんだ。
「えっと、ステータスオープン」
つぶやけば目の前にステータスウィンドウが開いた。
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鳥田 賢生 年齢【17歳】 性別【男】
適正ジョブ 【公正と均衡の神ノーノリカの使徒】
ステータスレベル 1→2
筋力 12→20(平均値30)
体力 20→40 (平均値20)
魔力 12→20 (平均値60)
知性 20→40 (平均値20)
総魔法力量 300→600 (平均値100)
所持スキル
【合成】EX
【スキル奪取】G
【隠ぺい】S
【解析】S
【異世界召喚】W
【潜影】EX
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ん?レベルが上がって成長してる??
ローハンと戦って経験を得たからかな。
この画面で……
「クエスト一覧」
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『ワールドクエスト』
☆ノーノリカの試練:【スキル奪取】を用いて以下のスキルを回収せよ
Ⅰ ワールドスキル【万華鏡】
Ⅱ ワールドスキル【死の拒絶】
Ⅲ ワールドスキル【大英雄】
Ⅳ ワールドスキル【異世界召喚】※達成済み
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おお。出てきた。
4つ目の異世界召喚は意図せず達成できたけど後の3つはさっぱりだなぁ。
というかどのスキルもやばそうなんだけど。
これ、僕でなんとかできるやつなの??
特に大英雄とかさ。僕に想像できないほどの強さでしょ。
「ねえ、あなた」
「あ!はい!」
不意に声をかけられて思わず声がはねた。
視線を向ければそこにはこちらを見つめるルーナリア。心なしかじっとりした目だ。
思わず画面に見入ってしまっていた。
「あのね、あなた。ステータスの開示魔法なんて人目のあるところで使っちゃだめよ」
「え、でもルーナリアさんしかいないし」
「私も他人でしょう。言いふらしたりしたらどうするのよ。あなた、とんでもないステータスしてるんだからね?」
僕は彼女がそんなことするとは思えないけれど、でも言わんとすることは分かる。
気を使ってくれたわけだ。やっぱり彼女はいい子だ。
「ありがとう。でも、君には一緒に見てほしいんだ。ほら、僕の知識じゃどうしていいのかわからないし」
「ふうん、まあ。それはそうね、ちょっとよく見せなさい」
そう言って彼女は僕の隣に座って、ステータスウィンドウを覗き込んだ。
ってこれでも一般的な男子高校生なんですけど??思春期の男の子なんだけど???
「うげ、このくえすと?って言うのが公正神様(※ノーノリカを呼ぶ際の呼称)のご神託なのよね」
「う、うん。1つは終わってるけど後はさっぱり」
うーん、と唸りながらルーナリアが考える。
しばらくして彼女は1つため息をついて口を開いた。
「これね、今のあなたじゃ無理よ」
「だよねー」
「説明——してほしい?」
よいしょっと僕の隣から立ち上がって対面に椅子を持ってきて座る。
ちょっと得意げな顔をする彼女に僕はただうなずいた。
まず、このすべてのスキルはこの大陸にある各国家の主柱といえる立場の人間が持っているという。
【万華鏡】はシャァーリン・ツァイ聖王国の聖主。
【死の拒絶】はセリト・アウフ魔王国の魔王。
【大英雄】はガインハルト帝国の皇帝。
それを聞いただけで今は無理だというのがわかった。
そしてその誰もが街中でばったり会えるような相手ではない。
つまりは潜入なりなんなりで近づいて奪い取る必要があるわけだ。うん、無理だよね。
「というわけで現状はご神託の通りに行動することは無理ってわけ。ここまではいい?」
「うん」
指を立てよし、と腕を組むルーナリア。
「そしてこれからの事なのだけど――まずは身の回りを固めることに専念した方がいいって思う。私はここで身を隠しつつ後ろ盾になってくれそうな貴族の伝手を探すわ」
まずは準備ってことだね。あのお姫様からの追手のこともあるけれど、それに備えるためにも準備が必要だ。
ルーナリアは王族でもあるわけだし、密かに彼女の信奉者や手を組みたい貴族、権力者もいるかもしれない。
そういう人に手を貸してもらえたら身の回りが安全になるかもしれない。
でも――
「じゃあ僕は……」
結局彼女に、任せっきりにしちゃうことにならないかな?
そんな僕の心情を知ってかはわからないが、ルーナリアが僕に指さしながら不敵な笑みを浮かべた。
「あなた――冒険者になりなさいっ!」