プロローグ 異世界召喚？僕だけ別部屋？
異世界召喚。
よくある――いやよくあるわけではないけどアニメとかそういうので題材にされるあれ。
年若い学生がたくさん呼び出されて勇者になって世界を救う！みたいな感じ。
僕もアレを想像してたんだけどさ。
「よお」
目の前にはあからさまに神様って見た目の中性的な人がいた。
これまた玉座って風体の椅子に偉そうに腰掛けている。実際偉いんだよね。
周りの風景もなんかすごい。
ギリシャ神話的な建築風の柱とウユニ塩湖のような大理石の床。柱以外何もないけどめっちゃ綺麗な青空に大きな雲が流れている。
「なぁ」
神様チックな人もとても綺麗。
特に長い黒髪はとても綺麗で、ありきたりな表現だけれど高級なシルクみたいだ。
手に取って撫でてみればー――ほら、さらさら。
うーん、持って帰れないかな。
「おい」
ちょっとまってね。今はこの鴉色の魅惑に首ったけなんだ。
——っと現実逃避はほどほどにして視線を声の主に向けよう。
「あ、こんにちは？」
「はい、こんにちは。じゃない！お前！何勝手に人の髪をべたべた触ってるんだ！」
「綺麗な髪、好きなんです」
「ふん！まあ、この悪神ノーノリカ様の美貌は神界でも右に出るものはいないからなぁ。魅惑されても仕方がないか！ワハハハハハ」
なんだかご機嫌な悪神様。
僕——鳥田 賢生はこの神様に召喚されていた。
件の異世界召喚だ。
「ようし！チキン君よ、さっそく本題に入ろう！」
「唐突ですね……」
僕のあだ名を下卑た笑みで高らかに呼ぶ神様。
クラスメイトの皆みたいに意地悪な言い方だ。
「今回、君たちを召喚したのはとある王国のお姫様だ！その国がある大陸は4つの国があってね、万年戦争状態さ！」
「やっぱり、クラスの皆も呼ばれてるんですね」
今朝のHR中にいきなり教室が光りだして、クラス中が阿鼻叫喚だったのを覚えてる。柳先生もパニックになってたなあ。
「その通り！君たちを呼び出した国は異世界から次々と人を召喚して戦力にする政策でねぇ」
「はぁ、なんで僕らみたいな戦いの知識もない人を呼ぶんでしょう？？」
疑問だよね。僕なんか運動音痴だしケンカだってしたことないよ。
そんな人をたくさん呼んでも壁にもならない気がする。
「それがあるんだよ。メリットが。異世界人は【この世界】の制約に縛られるとき一定確率で超高水準の【ステータス】を割り当てられるんだ」
「すてーたす？ゲームみたいだ」
「そうそう、君の世界のゲームのように、この世界は能力が数値化される、そんな概念が存在するんだ」
HP、力、魔力とかそういうあれだ。
「それが一般の兵士よりも何倍も高くて、なおかつ成長する。そして極めつけが――強力な【スキル】が付与されることだ。しかも超ド級のチートスキルさ」
「えっと、つまり？」
なんとなく、そうなんだろうなって思った。
「その国は無作為無造作に人を召喚してはチートスキルを引くまでガチャを回してるってことさ」
「じゃあ、チートスキル持ってない人は、どうなるんですか？」
「まあ、相応の生活って感じだなあ。無能の烙印を押されなければ、の話だけど」
嫌な予感がした。
この神様が僕たちを呼んだのなら皆にこの話をしたらいいんだ。
でも、今ここにいるのは僕だけ。
なんとなくの疎外感？
呼び出したのは国の王女様だって言っていたし、それは皆はその人のところに居るってこと。
なのに僕だけ別部屋。
「もしかして……」
思わず漏れたつぶやき。不安とやっぱりそうなのかもって半ばの確信。
その声に悪神様はうんうん、と満足げにうなずいている。
「お察しの通り、君は【無能】だ。うん、賢いね」
「デスヨネー」
「まあ、だからこそ君をここへ連れてきたんだなぁ。」
椅子に座ったままの悪神様がパチンと掌を合わせた。
「君——私のパシリにならないか？」
掌を合わせて笑顔で言う悪神様。
無能の烙印を神様自ら押してくださったのに、その僕をパシリ――手ごまにしたいってどういうこと？
彼、ないし彼女が何を考えているのかはわからないけれど僕に選択肢はない。
「選択肢はない、んですよね？わざわざ僕をここに呼んだわけですから、そもそも」
「うんうん、君は賢い。賢いねえ。その通り、君はこの悪神に見初められたのだよ」
神様はその真っ白な足を下して立ち上がって、純白の大理石のような床をゆっくり歩いてくる。
「世界に真の【無能】はいない。それは、ただ可能性を見つけていないだけだ」
僕の目の前で立ち止まって、指を額に当ててきた。
「それは、そいつが自分で見定めるものだ。誰かに与えられるものではない」
威圧か威厳かはわからないけど、僕の体は動かない。
「だとしても、そのきっかけを与えることはできよう」
きっと恐れもある。
「君にスキルと使命を与える――これから渡す力をもって、この世界【ミストレストレイヴ】に跋扈するチートスキルをすべて回収してくるのだ。全ての力を集めてきたのならそれを対価になんでも願いを1つ叶えよう」
その言葉と同時に頭に衝撃を感じた。
一瞬の立ち眩みの後瞬きをしたら神様はまた玉座に腰かけていた。
「スキルは与えた。詳しい説明は向こうで見るといい」
そういって神様は再びパチンと手を鳴らした。
途端に浮遊感を感じた。
嫌な予感しかないよね。
お約束ってやつ。
「それじゃあ、よろしく。チキン君！目的とかそういうのは分かりやすくクエスト一覧で見られるからさー！」
笑顔で手を振る神様。意地悪だ。
体が引っ張られる感覚。胃がぐっと上に引っ張られる感覚。
ひゅっとする心臓。
猛烈な風。
「ほんとに！！！おやくそく――――――――――――――！！」
空って広い！
◇蒼穹の丘 果ての空
さて、彼はどこまでやってくれるだろうか。
有史以来の災害。異界浸食。世界の改ざん――私の万華鏡。
先触れもすでにその姿を見せている。
さあ、抗うのだ。
■ルクスセプティム王国
「おお！勇者様がもう一人！！姫様！」
一目でわかるくらい豪奢な室内に声が響いた。歓喜に満ちた老人の声だ。
先ほどまで大空を自由落下していた僕は平衡感覚がぐらぐらだ。
あのまま地面まで落ちるのかと思ったけど、途中で魔法陣が出てきてくれてよかった。
悪神様め。次に会ったら小言の1つも言わせてもらうぞ。
「ようこそいらっしゃいました――勇者様」
腰が抜けて座り込んでいる僕の視界に影が落ちた。
綺麗な声色の少女が僕を見下ろしている。
顔を上げてよく見てみればその容姿も声色と同じく美しい。
僕を見つめる瞳は薄氷のような深い水色で、それを覆い隠すようにしな垂れた髪は絹のような金白色。
笑みの形に結ばれた唇は小さいながらも膨らみを感じさせ、かわいらしい。
誰が見ても美人であると答えるような美しさだった。
そんな彼女が軽く屈みながら僕を見下ろして手を差し出している。
いつまでも立ち上がらないことを心配してくれているのだろうか。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ」
早く立ち上がらないと、と彼女の手を取ろうとして触れた瞬間――バチッと静電気が走った。
お互いに反射で手をひっこめた。
いってええええ！すごい痛い！
手首が折れたかと思うくらいの衝撃に感じた。それとちょっと柔らかい感触。
お姫様も顔をしかめている。ん？今、舌打ちしなかった？
「ええっと、勇者様？大丈夫でしたか？僅かながら私の手に魔力が残っていたようですね……失礼いたしました」
「あーいや、ぼ、僕の方こそごめんなさいっ」
今の衝撃かはわからないけれど体が言うことを利くようになった。立ち上がって頭を下げる。
すると後ろの方からくすくす、けらけらと笑う声が聞こえた。
この声色には覚えがある。
「おお！チキン君のお出ましだぁ！さすがの無能ぶりだなぁｗ」
「異世界召喚ですら一番最後に遅刻してきてさぁ……」
「あまつさえ！姫様の手を払いのけるなんてなぁ。打ち首じゃね？？」
いつもの詰りだ。何をしても、どんな結果でもこいつらは僕を悪く言う。
クラスのヒエラルキーで言えば2番目くらいのいじめっ子集団だ。
いつも僕を【チキン君】と馬鹿にして呼ぶ源田君。
いちいちねちねち小言みたいな意地悪をしてくる篠田君。
けらけら鬱陶しい笑い声で茶化してくる大前田君。
この三人を中心にクラスメイト達は僕を笑うのだ。
悔しいし、腹も立つ。情けない気持ちになるし理不尽だって憤りたくなる。
それでも誰かを傷つけたいなんて思わないし、思いたくない。そうなりたくない。
その気持ちと母さんに迷惑をかけたくないって思いが今の僕を作っているんだ。
「ははは、みんなごめんね？遅れちゃって」
思ってもない謝罪の言葉をクラスメイトに投げかける。
「べっつに待ってないし」
「そうそう！むしろ来ない方がよかったんじゃない？？」
「それな！グズの【チキン君】には異世界生活は無理っしょｗｗ」
それは僕もそう思う。というか向いてる人っているの？異世界に。
「まあまあ。皆様、あまり揶揄うのは感心しませんよ？」
かわいらしい声でピシャリと手を合わせて姫様がほほ笑んだ。
彼女からしたらいきなり内輪もめ始められても困るだろうね。
その言葉1つで、僕をなじる言葉が止んだ。ばつの悪い空気感が漂っている。
「とにかく、まずはこちらへ。えーと、皆さんが呼んでいるそれは蔑称ですよね？」
手招きをした姫様が言葉尻を濁した。気を使ってくれているのがわかる。
「あ、鳥田です。鳥田賢生っていいます」
「はい、ではケンセー様とお呼びしますね。こちらの水晶の前まで来ていただいていいですか？」
恨めしそうな視線を背中に感じながら、姫様に促されるまま水晶玉の前へ。
これあれだね、鑑定する系の水晶玉だ。
「今からこれで貴方の【ステータス】と【スキル】を鑑定します。手を触れてしばらくそのままで待っていてくださいね」
「わ、わかりました」
悪神様はスキルを与えたって言っていたけど、どんなスキルなんだろう？
とんでもないチートスキルだったり？だとしたらすごく目立ちそうだなぁ。
ふう、と一呼吸を置いて水晶玉に手を触れた。ひんやりして気持ちがいいかも。
淡い光がぽわぽわと集まってきて、水晶玉が輝き始める。
ものすごい光がビカッと炸裂するところを幻視したのだけれど現実は現実。
光はそのまま線香花火みたいにぷつりと消えた。
「……姫様。スカです」
「ええ、そのようね」
空中にでかでかと表示された僕のステータスはそれはもういろいろひどかった。
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鳥田 賢生 年齢【17歳】 性別【男】
適正ジョブ 【遣いパシリ】
ステータスレベル １（平均値8）
筋力 １２（平均値30）
体力 ２０ （平均値20）
魔力 １２ （平均値60）
知性 ２０ （平均値20）
総魔法力量 ３０ （平均値100）
所持スキル 【合成】
※以下所持者のみ閲覧可能項目です
【スキル奪取】【隠ぺい】【解析】
【異世界召喚】new
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本当にひどい。あの神様。
ステータスは弄らないくせにとんでもないスキルを付与しやがった。
そりゃ、スキルを回収してこいって使命だったけどさ。
まさか触るだけで奪えるなんて思ってないよね？？？
あのお姫様のスキルだった奴だよね、この【異世界召喚】って。
きっとあの静電気を伴う触れ合いが条件だったんだろうけど。
本人も気づいている様子がないし、確認しないと知覚もできないなんてチート過ぎない？？
というかこれ、みんなに見えてないよね？？
「これは、こほん。鳥田様、ありがとうございました」
姫様がさっきよりも平坦な声で言った。明らかな態度の変化。憤りっていうより落胆と無関心。
先ほど触れたてをハンカチで拭ってる。ショックだ。
背後からげらげらと笑い声。
「ジョブやばｗｗｗｗパシリはやばいｗｗ」
「ないよりいいんじゃないっ？ぷぷ」
「つーか、俺たちが使っててやったからもらえたんじゃね？？？恩人じゃーん！」
あーあー！聞こえなーい！胃に穴が開きそうだよ。ほんとに。
早くこの場を去りたい。
こいつらがうるさいからじゃなくてね。
お姫様から奪ってしまった【異世界召喚】のことがばれる前に逃げたいんだ。
間違いなくとんでもないことになる。
神様から聞いた『勇者を戦力にする政策』を軸にしている国からそのスキルを奪ってしまったってことはどう考えても国敵だよね。
ああ神様——なぜステータスを人類最強にしてくださらなかったのですか？？
「さあ！勇者の皆様！今夜は歓迎の晩さん会をご用意いたしておりますわ。今日はゆっくり羽を伸ばしていただいて、詳しいことは明日お話いたしましょう」
お姫様はもう僕のことに関心はないみたいで、クラスの皆のところへ行っている。
放置された僕はどうしたらいいんだろうね。と思っていたら初老の男性が近づいてきた。
「君はこちらへ。部屋を用意しているのでそこでおとなしく明日を待つように」
威圧感がある声で圧されたらさ、はいって答えるしかないよね。
☾
召喚された直後、僕は衛兵に案内されて離れの一室に閉じ込められていた。
あの豪奢な部屋からみたらここは物置のようなもので、埃もすごいし蜘蛛の巣も張っている。
ここに来るまでの道中もかなりボロボロで、この建物自体とても古いものなのがわかった。
新校舎と旧校舎？みたいな雰囲気の差を感じる。
うーん。暇だ。
もう時間は夜だけど僕は晩さん会に呼ばれていない。そんなことだろうと思っていたけど。
「ステータスオープン」
そう唱えれば目の前の空間にウィンドウが現れる。
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[隠ぺいスキル適応中につき一部表示が改変されています※この表記は本人のみ閲覧できます]
鳥田 賢生 年齢【17歳】 性別【男】
適正ジョブ 【遣いパシリ】
ステータスレベル １（平均値8）
筋力 １２（平均値30）
体力 ２０ （平均値20）
魔力 １２ （平均値60）
知性 ２０ （平均値20）
総魔法力量 ３０ （平均値100）
所持スキル 【合成】
※以下所持者のみ閲覧可能項目です
【スキル奪取】【隠ぺい】【解析】
【異世界召喚】new
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あの場にいた全員に見られた僕のステータス。
それは【隠ぺい】のスキルで改変されたものだった。神様が見られることを想定して発動しておいてくれたんだろう。
これがなかったらあの場で異世界召喚とスキル奪取がバレて即打ち首だったかも。
「【隠ぺい】解除」
そう呟けば一瞬の間をおいてステータス画面が書き換わった。
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鳥田 賢生 年齢【17歳】 性別【男】
適正ジョブ 【公正と均衡の神ノーノリカの使徒】
ステータスレベル １
筋力 １２（平均値30）
体力 ２０ （平均値20）
魔力 １２ （平均値60）
知性 ２０ （平均値20）
総魔法力量 ３００ （平均値100）
所持スキル
【合成】
【スキル奪取】
【隠ぺい】
【解析】
【異世界召喚】new
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うん。まずはジョブだよね。
あの神様、公正を司る人だったんだね。悪神じゃないじゃん。
ある意味では悪神ともいわれたりするんかな？
あと【使徒】ってパシリのかっこいい呼び方だったりする？？
そして何で総魔法力だけ300なの？
それなら他のも上げてくれてよくない？？バランス的な？？神様の矜持？
なんにせよ、このステータスはおいそれと見せられないよね。
特にスキル。これは本当にやばい。
【解析】のスキルを使って、それぞれのスキルを見てみると。
【スキル奪取】 手で触れた相手が所持するスキルをランダムで1つ奪取する。素肌と素肌でなくてはならず、一度奪った相手から6時間は奪えない。
【隠ぺい】 あらゆるものを隠すことができる。ステータスや自身から放たれるものは念じるだけで発動できるが、それ以外のものは触れる必要がある。
【解析】 視界に映るモノの詳細を解析する。効能や所有者などを確認できる。隠ぺい看破が可能。
【合成】 合成ができる。魔法やスキル、薬品などを掛け合わせることができる。もとになった素材は成否に関わらず消失する。
【異世界召喚】 魔法力に応じて所縁のある異世界から生命や物質を呼び出すことができる。呼び出すものはある程度まで絞り込むことが可能。
うんうん。チートだね。かゆいところに手が届かないくらいのチートだ。
大器晩成って感じの構成だよ、ほんと。
あの神様はきっと僕自身も楽せず強くなって使命を全うしなさいって言いたいんだよね。
そしてその下地をくれたわけだ。
隠れて奪って、強くなりなさいと。
無能となじられ続けた僕の劣等感を≪使って≫力を持っている人を超えなさいと。
「はぁ……いやになる」
だから僕を選んだんだなってよくわかるよ。
そういう気持ちがくすぶっている僕を選んだ神様は正しいね。
現に僕はやる気がふつふつと湧き上がってきている。
これで自尊心もあるし虚栄心だってもちろんある。承認欲求だってあるし、英雄願望もあるんだ。
だからやってやろうじゃん！って気持ちも出てくるさ。
でも、まずはー―
「ここ、生きてでなくちゃなぁ」
再編集版!です!
