滂沱の涙
私だって、本当は判っている。彼が帰ってこないことには、とっくに気づいている。それでも、1%の可能性に縋ってしまうのは一体何故だろうか。私が、彼を本気で愛すなどしてしまったからだろうか。
暗く狭いワンルームのボロアパートの中で一人考える。止みそうもないドアを叩く音を聞きながら、それでも尚「彼」のことを考えて眠りにつく。決して安眠はできないが、それでも明日からのことを考えれば眠ったほうがいい。
・・・ああ、今日も朝が来てしまった。彼の居ない生活なんていらないのに。もう、何のために働いているのかわからない。
彼のために働けなくなった今、いっそ死んでしまおうかなどと考えている。
しかし、そうしたらそうしたで彼に多大な迷惑をかけてしまうことになるのだ。それだけはなんとしても避けなければならない。
重い体を起こし、支度をする。真っ赤な口紅と香水。それから、明るく染めた髪をきつく巻く。ドアスコープを覗き、外に誰も居ないことを確認してから部屋を出る。なるべく人通りの多い道を歩き、店の前に着くと、時刻は遅刻ギリギリの時間だった。
遅刻しなかったことに安堵しつつ店の裏口から入ると、すでに嬢はみな出勤していた。私もロッカーに荷物を入れ、控室で待機する。
夜の仕事を始めてから、どの位経っただろうか。最初は抵抗があったものの、仕事を頑張れば頑張るほど増えていく給料と、それに伴って増える彼からの褒め言葉が嬉しくて、がむしゃらに頑張ってきた。
だが、こうなってしまった今、続ける意味はない。今日を最後の出勤とすることを、私は固く心に誓っていた。