まほろばのカフェ
カフェとは「コーヒー・紅茶などの飲物、菓子、果物や軽食を客に供する飲食店」(広辞苑)
「それでね、どうしようかと思って。」
お気に入りのソファ席に座りご機嫌なセキさんのおしゃべり。
ふむふむ、と相槌をうちながらセキさんが話しやすいよう、アイスティーをテーブルの中央にそっと寄せる。一見クールな雰囲気をもつセキさんだが、話しに熱中し始めると段々身振り手振りが大きくなることがあるんだ。いや、手振りじゃなくて尾振りかな。
アイスティーってね、癒やし効果があるのよ、と以前教えてくれたセキさんは思わず顔を埋めたくなるような見事な毛皮と、長くピンと張りのある尻尾が魅力的な黒豹さん。射干玉のもふもふに、しゃっきりとしたレモンの黄色が良く映える。
アイスティーが入ったコップには少々厚めにカットされたレモンが縁にかけられ、瑞々しく艶やかだ。
ホントはね、ストレートで飲む方が効果あるらしいんだけど、この映えは捨てがたいでしょ?と吹きガラスで作られたような分厚めなコップを頬の横に掲げ、うっとりと目を細める仕草は気品すら感じる。
以前、映えるなーと思わず漏れた心の言葉を聞き逃さず、なぁに?バエルって、おもしろい響きね、とノリノリで聞いてきた。人見知りの自分にとってこの人懐こさは有難い。
真新しくぱりっとした子供サイズのエプロンに研修中と書かれた大ぶりのボタンが鈍く輝くのを見て、あら、新人さんね、はじめまして、と声かけしてくれた。
こんな子供のような姿でも皆あたりまえに対等に接してくれることがうれしい。なにしろ小さいからといって子供扱いされる事も無ければ、大きいからといって大人扱いされる事もないのだ。
「こちらのひとたちは大様だなー。」
ここのカフェを手伝い始めてからというもの、こちらの世界の大様さにとにかく驚いている。いや、鷹揚かな?うーん、いい言葉が思いつかない。そういや昔、学校でダイバーシティなインクルージョンがなんたらとか習ったっけ?その時は何言ってんだかよくわからんとか思っちゃってたけど。
まず年齢を聞かれた事がない。
最初、こんなどこから見ても小学生にしか見えないような姿になってしまったのにカフェで働いて大丈夫なのかと心配していたんだけど、見事にスルーされた。それは拍子抜けするほど。
種族によって成人年齢も違えば成人しているかどうかの見た目も違うし、そもそも種族以前に個体差も大きいのだから見た目で為人を判断するような輩はいないんだそうだ。
大きくても小さくても長くても短くてももさもさでももふもふでもつやつやでもざらざらでもすべすべでもつるつるでも、自分と違ってても同じでも、なんでもありなんだ、この世界。それを受け入れている土壌は大したもんだなと心から尊敬する。そう尊敬…かな。ここでは全く違う姿形、主義主張でもお互い尊重しあっているのが肌で感じられる。いいよね。
驚いたことはまだある。このカフェでは誰でも自由に無料で飲食できる。ただし、各自一品。この一品は毎月自由に決める事ができるらしい。例えば先月オムライスだったから今月はプリンアラモードにしただとか、今月はココアを満喫したから来月は抹茶にしようだとか、皆それぞれだ。飲み物でも食べ物でも一品選べばそれだけは一ヶ月無料。これがこの世界の福利厚生?の一環らしい。
羨ましい限りだ。あちらにも導入できないもんだろうか。部活帰りに買う駄菓子にすらかかる消費税だって、こんな風に使われていると思えば支払い甲斐もあるのに。
セキさんは今月は紅茶なので来月はどうしようかと今悩んでいるところなんだそう。
一ヶ月ここで働くとその翌月選択する権利が貰えるというので、もし自分だったら何にしようかと思わず妄想していると、ばさりと羽を閉じる音。
あ、と気づいて入口に目を向けるとすっと開いたドアから端然とした鳥人が現れた。キナリさんだ。
「いらっしゃいませ。えっとキナリさんは…、」
「…しゃけおむすび」
小声で声が揃ったことがうれしい。思わず目を合わせ、にへらと笑いながら空いている席へと誘導する。
「お茶とお味噌汁はどうしますか?」
「…あさりのお吸い物、頼みます。お茶は玄米茶で。」
「かしこまりました。」
重たそうな本と銀縁の丸い眼鏡をテーブルに置き腰掛けるのを見届け一礼してから注文を伝えにいく。見る角度によって色が変わる冠羽が今日も鮮やかだ。
地球のカンムリヅルに似ているキナリさんは電子ブックよりも紙の本派。タブレットは苦手なんだって。今日も古めかしいハードカバーの本をそっとめくっている。視力は良過ぎるほどだけど、むかし観た映画の主人公が本を読むとき、丸メガネをかけているのを見て眼鏡に憧れたんだそうだ。
憧れといえば、キナリさんのような翼で大空を自由に飛べることにだって憧れる。うん、アイノさんみたいに鱗を煌めかせて泳ぐのも憧れるし、そしてセキさんのようにしなやかな尻尾で優雅に子猫をじゃれつかせてみるのも有りよりの有り、素敵すぎるでしょ。そういや、今日はまだ三つ子ちゃん、来ていないな。
アイノさんが海辺で見つけた迷子の三つ子ちゃん。地球から運悪く何かに巻き込まれてこちらに来てしまったらしく、すっかり弱っているところを保護された子猫たちだ。
実はこのカフェ、そんな地球からの迷子を保護する目的も兼ねていたりする。迷子は多くもないが、少なくもないらしい。
子猫たちの愛らしさにすっかり魅了されたアイノさんが目下面倒を見ているが、魅了されたのはアイノさんだけではない。すっかりこの店のアイドルと化している。
アイノさんは朝が苦手だから来るとしたらもう少し後かな。そうだ、昨日貰った貝殻、磨いてカウンターに飾っておこう。
ここに入っておよそ二週間。フロア担当を任され、ガチンガチンに緊張していた当初に比べれば大分慣れてきたところだ。心の中で鼻歌をうたいながら貝殻を磨きつつ店内に目を配る。
えーと、三番テーブルのお二人は食事が終わりそうだから様子を見て食器を下げつつ飲み物の確認。
カウンター席の親子は絵本の追加いるかな。いや、その前におしぼりを持っていったほうが良さそう。あとは…。
交替の時間まであとしばらく。引き継ぎすべき点を頭でまとめていくという作業にも慣れてきた。
今日は早番だったから午後からは図書館に行けるかな。調べ物もしたいしどんな本があるか見るだけでも楽しいし、一応、不本意ではあるけれど勉強もやらなきゃだし。
すでに交替後の予定に思いを馳せて片付けていたところ、キナリさんから声をかけられた。ふだん静かに本を読み、注文の時くらいしか声を聞いたことがないのでレアだなと思っていたら一緒に来て欲しいと言う。
思わぬお誘いに思わず瞬きを数回。
「確認するのでお待ちくださいっ。」とあわててとうさんに連絡し、キナリさんとのおでかけの許可をもらう。
ぱぱっと40秒ほどで荷物をまとめて店の外に出ると、店を出てすぐのところにキナリさんが待っていた。座って本を読む姿もいいけど立っているだけでも様になる姿に惚れ惚れしながらお待たせしました、と声をかける。
「今は客ではないのでそんなに丁寧に話さなくてもいいですよ。」
「いやー、クセみたいなもんなんで、気にしないで頂けると嬉しいです。」
「では、そのように。荷物はそれだけですか。」
「あっ、はい。何か必要なものとかあるんでしょうか?」
「寒いといけないので上着を。」
カバンに突っ込んでおいたウインドブレーカーを出す。携帯に便利なポケッタブルだ。小さい頃から出かける時は必ず持ち歩くようかあさんに言われていたもんだから、こちらに来てからも習慣のように持ち歩いている。
「ああ、丁度良い。」
キナリさんに褒められたようでくすぐったい。心の中で、かあさんありがとうと叫ぶ。ふふ、帰ったら報告しちゃおう。かあさんの得意げな顔が目に浮かぶようだ。
「ではどうぞ。」
あたりまえのように背中を向けられて、ぽかんとした後、瞬きをくり返す。
キナリさん、おでかけ、寒い、背中…?
キーワードを頭の中で羅列してはっと気づく。
もしや。
「あの、もしかして、違ったら申し訳ないんですが、もしかして、その、背中に、乗せて、頂いたりしちゃっても、よろしいんですか?」
ややおかしな言葉づかいに対してなのか、その内容に対してなのか、心なしか微笑みながら「ええ、どうぞ。」と答えてくれた。
こたえてくれた。
え、飛べるの?
キナリさんに背中に乗せてもらって?
え、最高じゃん。
うわ、最高じゃん。
ファンタジーとはこのことか。いや自分、絶賛ファンタジーの進行形ですね。
今、まさに、飛行中。
飛行機にも乗ったことないのにこんなふうに空を飛ぶことができるなんて、思いもよらなかった。
キナリさんに背負われ飛べるとは。
今、まさに、感動中。
感情の嵐をなんとか抑え、平静を装いながら眼下に広がる景色に瞬きをしながら目を凝らす。
きっと抑えて飛んでくれているのだろう。寒すぎることも向かい風で目を開けていられないなんてこともなく、景色に感動できる余裕がある。探しものをする余裕も。
そう、空を飛べた、という感動でうっかり頭の隅に追いやられそうになっていたが、本来は探しものをしていたんだった。あぶないあぶない。
探しものといっても、漠然としていて申し訳ないのですが、と前置きして話し始めたキナリさん曰く、ここ数日どこか違和感があるのだという。
「違和感?」
「ええ。何でもいい、何か違和感を感じたら合図を。」
なんでもいいって何気に一番難しいよね。
うーん、違和感、違和感。違和感さん、いらっしゃいます?
当然のことながら、地球で見たことのある航空写真的な景色とは一味も二味も違うし。壮観だとしか今のところ感じられない。
もうこれ、すごく性能の良い3D映画館のスペクタルでパノラマな大画面―とりあえずものすごい映像美だと表現したいんだけど、このくらいしか知っている単語が出てこない。自分の語彙力を猛省していると、
「あれ?」
「何か?」
「いや、あの上手く言えないんですけど…」
「どの辺です?」
すぐに察したキナリさんが更に速度を落とし転回する。
ざわざわする。これが違和感?
なんだろう、とにかく気になる。ライトをうっかり直に見てしまい残像がまとわりつくような、目のまわりがチリチリするようなムズムズするような。
「あ、あそこ。」
首にしがみついてキナリさんにも見えるように思いきり腕を伸ばして指を指す。
「念の為、離れて降ります。」
地上からでは絶対に辿り着けないような険しい崖のような山。そして立ち込めるのは霧だろうか。
「白鳥?あ、違う、ヒト?」
霧のようなもやがかかっているせいでぼんやりと白く光っているように見えたが、よく見ると白っぽい服を着た人が倒れていた。腰あたりまで伸びた白く長い髪が印象的だ。
「迷子のようですね。」
そう言うと素早く首に掛けていたペンダントのようなものに向かって何事か発する。
「通信機?」
「ええ、保護受け入れ要請しました。これから送るので手伝いを…」
「もちろんです!何したらいいかわからないので指示してくださいっ。」
食い気味に言いながらキナリさんの背中から降りて顔を見上げた。
すると、何処からか出した布の端を持つよう言われ二人で四隅を持って広げる。それはバスタオルくらいの大きさで中央に模様が、あのオルゴールのマークが付いていた。
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