秋の華
式部は辟易としていた。自身の仕える中宮の父に対して…。
紫式部。物書きとして、また中宮に仕える女房として宮中に住まう者。
そんな式部は先程までこの場に居た中宮の父に対して、呆れるばかりであった。
「女房をはじめ、中宮に仕える者達の唯一の楽しみであるお茶の席に座すとは、いくら何でも図々しい…」
中宮の父に対してこの様な物言いは決して許される事ではない。
けれど言わずにはいられない。
もどかしさを覚え、小さく呟いた。
煌びやかな世界と世の人々は言う。
宮中とは決してその様な場所ではない。
常に気を張り、堂々としていなければならず、また淑女として己を律する事も怠れず、気疲れするばかりである。
中宮を支え、また中宮に気を遣い、話の相手や世話もする。
そんな毎日の繰り返しの中、唯一の楽しみが皆との茶会である。
珍しい菓子や、お茶、果実等を気楽に食べるのは、疲れを癒すのに欠かせない。
それなのに…。
急に姿を現した殿上人。
茶会の席に入って来て、菓子を食べ、茶を飲み…。
自慢話やら何やらを披露して帰って行った。
本当に呆れるばかりである。
そもそも、女の世界に入り込む等
失礼過ぎる。
しかし誰も何も言えない。ただ笑い、誉めそやし、菓子を差し出す。
誰かは茶を差し出す。
中宮の父。今やその権力者には逆らう者も居ない。
いっその事、中宮に話そうか…。
いや、その様な事ができようか。
ただただ、我慢するしかない。
雅な世界、淑やかにしなければ。
しかし今日の菓子も中々美味であった。
初秋の甘栗や珍しい唐菓子。お茶と一緒に頂き、日々思う事を皆で話す。
甘栗は丹波のもの。石で焼き甘味を加えたと言う。
唐菓子も、米の粉を練って作った物と聞く。
どれもこれも、皆で食べるから美味であり、話の花が広がる物だ。
しかし今日は。
思い出してため息をこぼす。
確かにあの方には日頃世話になっている。だから厄介なのだ。
物書きの自分に上質な紙をくださる。
出来上がった物語を読み、感想を述べてもくれる。
しかも的確に…。
女の世界は嫉妬も多い。誰それが何かを言った。
誰それの着物は時代にそぐわない。
息の詰まる世界。
式部の住まう世界は、常に疲れる世界なのだ。
だからこそ、気遣いない者達と食べる菓子や果実は格別で、皆で飲む茶も格別なのだ。
「紫殿。今日の菓子は如何致しましょう…。聞くに今日も甘味の物との事。確か…団子の様なものだと」
仲間の一人が話しかけてくる。
「団子の様なもの。なんでしょう。
ですがきっと今日も美味な物なのでしょう。庭の紅葉を見ながら頂きたいですわ」
「すっかり葉が色付いて、まこと美しいですもの。今日の菓子に合いましょう」
季節の移ろいを見ながら、また花を咲かせる様に菓子を戴く。
「紅葉を見ながらであれば…。また栗を戴きたくもなります」
「紅葉を見て、栗を思うとは…。紫殿は感性が豊かでありますわね」
笑い合い、お茶の支度を待つ。
この様な時間もまた楽しい。
少し冷たい風を身に受け、菓子に思いを馳せるとは。何とも贅沢な事。
宮中であれこれ働く上で欠かせない。
楽しみは糧にもなる。
中宮様とも秋の楽しみのお話でもしようか。
甘づらやひら栗をご一緒に戴きながら。
ふと庭を見て、茶会の場に向かった。